第252話 罠にかけました

 漁村を荒らしている魔物を討伐するにあたって、最初の難関になったのは魔物を見つけ出すことである。

 広い海。海底に潜っているかもしれない魔物を探し出すのは至難の業だ。

 いかに魔物が巨大であるとはいえ、いかにレストに気配を感知する魔法があるとはいえ……魔物を探し出すのは容易ではない。


 そこでレストが考えたのは、魔物が漁村に近づいてきたところを迎え撃つということである。

 幸いにもヒントはあった。破壊された牡蠣の養殖場だ。

 あの魔物は驚くべきことに、人間の感情の機微を理解していた。

 養殖場が漁村の人々にとって大切な場所であることを理解したからこそ、そこを攻撃してきたのだ。


 魔物がそういう性格であるとわかれば、魔物が次に狙う場所は予想できる。

 村にあるもう一つの養殖場……真珠の養殖場だった。

 残念ながら、そこはまだ試行錯誤している段階で養殖は上手くいっていないとのことだが、そんなことは魔物にはわからないはず。

 そこで……レストは真珠の養殖場の傍に身を潜めて、待ち伏せをすることにした。


(だけど……絶対にここを攻撃してくる保証はない。だから、攻撃してくるように神経を逆撫でする)


 砂浜で……あえて海から見える位置で、宴を開いてどんちゃん騒ぎをしてもらう。

 性格の悪いその魔物にとって、人間が楽しそうに騒いでいるのはさぞや目障りに映ったに違いない。

 案の定、嫌がらせのために襲撃を仕掛けてきた。漁村の村人が築いた養殖場を鬱憤晴らしに破壊しようとしてきたのだ。


(懸念があるとすれば、宴会場となった砂浜を直接攻撃してくる可能性もあったが……)


 その時は、【気配察知】によって事前察知して、村人に退避の合図を出す予定だった。

 宴会場をそのまま攻撃することなく、わざわざ人がいない養殖場を狙ったということは……この魔物は性格が悪いだけでなく臆病でもあるのだろう。


(自分よりも弱い奴をいたぶることはできても、反撃を喰らうリスクは冒したくない……典型的な嫌な奴じゃないか!)


「四本目だ!」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 尖った銛を尾に撃ち込むと、甲高い悲鳴が上がった。

 魔物に撃ち込んでいるのはかつて伝説の漁師が使っていた神の銛……などではなく、漁村の村人から借り受けたものである。

 王太后が村人のために自費で買い与えた物らしいのだが、良い品ではあるが特別な物ではない。

 特別であるとすれば……それはレストが魔法をかけて強化していること。そして、魔法によって生成した毒を縫っていることである。

 たっぷりと毒を塗りたくった銛を風の魔法によって弾丸のような速度で射出し、魔物の尻尾に撃ち込んでいるのだ。


「ギャア! ギャア!」


「おっと、逃がさないぞ」


 危険を感じた途端に魔物が逃げ出そうとする。

 だが……銛に付けられたロープによって引っ張られて、上手く逃げ出せない。

 ロープの先は木の幹に結ばれている。こちらも魔法で強化しているため、簡単には引きちぎられないだろう。


「今のうちに逃げ道を閉じさせてもらおう」


 レストが魔法で浮き上がり、魔物の上を飛び越える。


「【土壁】」


 そして……空中から水の中に向かって魔法を放つ。

 海の底にある地面が盛り上がってきて、小さな壁を形成する。

 もちろん……こんな小さな壁に巨大な魔物を食い止めることはできないだろう。


「【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】【土壁】」


 ゆえに、ここから先は力押しである。

 レストは無限の魔力によってひたすらひたすら魔法を連続発動させ、海の一部を埋め立てていく。

 幸いにも、養殖場があるのはそれほど水深が深くない場所である。こうして強引に土で囲んでしまうのも不可能ではなかった。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 魔物がバシバシと尾を振って、ようやく尾に刺さっている銛を引っこ抜いた。

 毒に冒されているはずなのだが……それほど効いた様子もなく、怒り狂う鳴き声は元気満々である。


「だけど……時間稼ぎにはなったみたいだな。こっちは工事完了だよ」


 しかし、すでにレストの作業は終わっている。

 養殖場の周りを扇形に囲うようにして土の山が築かれていて、魔物の逃げ道を塞いでしまっていた。


「さあ、どうする? 今度は丘にでも逃げるかい?」


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 魔物が一際巨大な声で吠えて、海面から頭を飛び出させてくる。

 蛇によく似た長いフォルム。青に近い色の鱗に覆われており、裂けた口には鮫のような獰猛な牙が生えていた。


「やはり……シーサーペントか!」


 敵は予想通りの相手だった。

 シーサーペント……海の暴君。

 ドラゴンにも近い巨体の怪物がレストめがけて襲いかかってきた。






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限定近況ノートに続きのエピソードを投稿しています。

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