第312話 公爵令嬢の悪戯

「なんちゃって、冗談ですわ」


 たっぷりと下着を見せつけてレストの度肝を抜いてから、セレスティーヌが悪戯っぽく微笑んだ。

 要するに……これはレストに対するドッキリだったらしい。

 二人のメイドがやけに強引に屋敷の奥に連れ込んだのも、あえてセレスティーヌの着替えシーンを見せつけるためだ。


「いや……着替え見ちゃってるからね? 冗談で済んでないからね?」


 レストは鼻を押さえて、どうにかそれだけ絞りだした。


(竜肝を食べた直後じゃなくて良かった……絶対に鼻血を噴いていた……)


「どうして、こんな悪戯を? らしくないと思うんだけど……」


 いや……そんなことも無いかもしれない。

 セレスティーヌは以前、レストの入浴中に突入してきたことがあった。

 やんごとなき令嬢のくせに、もしかするとそうであるからこそ、妙に大胆なところがあるのだ。


「いずれ夫になるのです。下着姿くらい構いませんよ」


 セレスティーヌは恥じることもなく、平然と言ってのけた。


「それに……ちょっとだけ意地悪をしてみたくなったのです。レストさん、私にちっとも会いに来てくれなかったので」


「会いにって……」


「ヴィオラさんやプリムラさん、ユーリさんと一緒に過ごしている時間よりも、私と会う時間の方が格段に短いですよね? ですから、ちょっとした仕返しをしたくなりまして」


「それは……」


 仕方がないではないか。

 ローズマリー姉妹とは同居しているし、ユーリも家出して居候となっている。

 レストは領地開拓に従事しており、基本的に王都を中心に活動しているセレスティーヌと会えないのは無理もないことだ。


「もちろん、レストさんの事情は把握しておりますわ。ただ……手紙や贈り物をするなど、婚約者としてできることもあるのではないでしょうか?」


「う……」


「ああ、催促しているわけではありませんわ。レストさんが貴族としての生活やマナーに慣れていないのも把握しておりますもの。だから、ちょっとした遊びです」


「……すいませんでした」


 レストは肩を落として謝罪する。

 セレスティーヌは決して、怒っている様子はない。

 むしろ、レストが忙しい理由なども全てわかっているからこその悪戯なのだろう。

 この程度のことで婚約者として必要な礼節を欠いたことを見逃してくれるのだから、菩薩のように寛大だと思うべきである。


「さて……それでは、冗談はここまでにしておいて。本題に移りましょうか」


 紫色のドレスに着替えたセレスティーヌが優雅な所作で椅子に座り、細い首を傾げた。

 視線だけでテーブルを挟んで対面にある椅子に座るよう促してくる。

 レストが座ると、メイドが直ちに紅茶のカップとお茶請けの菓子を置いた。


「まずは御礼を。ワイバーンの肉などという珍しい物を送っていただき、感謝いたしますわ」


「……どういたしまして」


「こちらは南部山脈で獲れた物ですよね? この時期にそこまで赴くということは、もしかしてクローバー伯爵家でパーティーでも開く予定があるのでしょうか?」


「……御名答。その通りだよ」


「ああ、やはり。メインディッシュの材料としてワイバーンを獲りに行ったのですね。竜の肉は『長寿』の象徴。空を飛ぶ魔物も『飛躍』を示していて、一族繁栄の縁起物ですから。貴族家のパーティーにはピッタリですわ。ということは、我が家にいらしたのもその関係……もしかして、お酒の都合を聞きにいらしたのかしら?」


「…………」


 当たっている。

 完全に、完璧に的の中央を射貫かれた。

 説明するまでもなく目的を言い当てられて、レストは言葉を失ってしまう。


「その顔を見るに、正解のようですわね」


「ああ……百点満点だ。文句なしだよ……」


「それは良かったですわ。的外れでしたら恥をかくところでした」


 レストの驚き顔を見つめながら、セレスティーヌが愉快そうに笑う。

 もしかすると、まだ悪戯タイムが続いているのだろうか。一方的にペースを握られっぱなしである。


「わかっているのなら話が早い……何か、パーティーに出すのに良い酒を知らないかな?」


「実を言うと……ちょうど、レストさんに報告したいことがあったんです。まさにお酒について」


 セレスティーヌが穏やかな表情のままティーカップを手に取り、そっと唇をつける。

 エレガントな……いかにも絵になる所作で紅茶を飲んでから、音を立てることなくカップを置いた。


「サナダ・ショーコ……王太后陛下が漁村で行っていた蒸留酒の生産に目途が立ったのです。新種の酒の開発に成功したので、是非とも試飲にと誘おうと思っていたのですわ」


「新種の酒……あの村の酒か?」


 かつて、王太后が晩年を過ごした村。

 そこではサナダ・ショーコを名乗っていた彼女が私費で建てた蒸留酒の酒蔵があった。

 まだまだ開発途中で販売できるような品ではなかったはずだが、レストが村を領有し、セレスティーヌにその後のことを任せたことで形になったようだ。


「新種の酒であれば、新興貴族であるクローバー伯爵家の始まりを飾るパーティーにはピッタリだと思いますわ。よろしければ、一緒に村に行きませんこと?」


 渡りに船の提案である。

 レストは迷うことなく、セレスティーヌの提案を受け入れた。

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