第311話 サプライズを喰らいました

 ワイバーン肉を手に入れたことにより、レストはパーティーのメインディッシュを獲得した。

 しかし……必要な食材は肉だけではない。

 別にそれが目的というわけではないのだが、究極のフルコースを完成させるためにはまだまだ食材が必要である。


「王都に行くのだろう? だったら、ワイバーンは私が運んでおくぞ」


 酒について情報を得るべくセレスティーヌに会いに行くことを決めたレストに、ユーリが笑顔で提案をしてきた。

 いつもと同じく自信満々の表情で、同年代の女子よりも大きめの胸をグッと張ってくる。


「親切な村の人達が馬車を手配してくれたからな。食材はしっかり凍らせてあるし、私一人でも問題はないぞ!」


「あー、うん。そっか……そうだなあ……」


 ユーリの提案は有り難い。

 ワイバーンをクローバー伯爵領まで運び、それから王都を目指すのでは二度手間だ。

 ユーリだって子供ではない。方向音痴ではあるが馬車の御者が道を知っていれば問題はないし、この程度のおつかいは問題なくできるはず。


「だから、ワイバーンは任せていってくるといいぞ…………ジュルリ」


「いや……すごい不安になってきたんだけど?」


 むしろ……不安なのはユーリがワイバーン肉を盗み食いしないかである。

 このヨダレを垂れ流している食いしん坊ちゃんに貴重な食材を任せて良いものだろうか。

 クローバー伯爵領に到着した時には肉が無くなっていて、また山登りをする羽目になるのではないか。


「だ、大丈夫だぞっ! 私だってちゃんとレストの役に立つところを見せるからな! いつも迷惑ばかりかけているから、ちゃんとレストの奥さんに相応しいところを披露しないとっ!」


「ああ、そんなことを気にしてたのか……」


 意外である。

 ユーリはユーリなりに、日頃から面倒をかけていることを気にしていたらしい。

 ユーリはただでさえ、父親やら兄やらを蹴り倒しての家出中という身の上である。

 レストに嫁入りを拒否されたら、厄介者として実家に送り返されてしまうとか考えているのかもしれない。


「そんなこと気にしなくて良いのにな……というか、もっと気にするべきことが山ほどあるだろうに」


 女性としての振る舞いとか。男性との適切な距離感とか。


 ともあれ……レストはユーリをカトレイア侯爵家に返品するつもりなどない。

 成り行きで婚約者になった相手なので『愛している』などとは断言できないが、好きか嫌いかと問われれば好きだと即答できる。

 ユーリが他の男のものになると考えたらモヤッとすることだし、これからも傍にいて欲しいという気持ちはあった。


「まあ、役に立ちたいっていうのは素直に嬉しいよ。せっかくだから、任せるとしようかな」


「ああ、任せてくれ! 絶対につまみ食いせずに届けてみせるぞ!」


「つまみ食いだけじゃなくて、盗難とかにも気をつけてくれよ……頼んだ」


 そんなやり取りを経て、レストはユーリにワイバーン肉を任せて王都に向かった。

 魔法を使って王都まで飛んでいき、とりあえずローズマリー侯爵家のタウンハウスへ。

 いきなり訪問も失礼になるかもしれないので、クロッカス公爵家に先触れを送って返事を待っていたのだが……即日、すぐにでも会いに来て欲しいとの答えが返ってきた。


(セレスティーヌはかなり忙しくしていると聞いたけど……やけに簡単にアポイントメントが取れたな……?)


 レストは不思議に思いながらも、さっそくクロッカス公爵家の屋敷に向かった。


「お待ちしていました」


「セレスティーヌお嬢様がお待ちです」


 屋敷に到着したレストを二人組のメイドが出迎えた。

 公爵家の使用人らしく完璧に整った所作で頭を下げてくる。


「えっと……いきなりの訪問で申し訳ない。一応、お土産を……」


「それでは、こちらへどうぞ」


「どうぞどうぞ」


 土産として持参したワイバーン肉のブロックを差し出そうとするレストを、メイド二人がグイグイと屋敷の中に連れ込んだ。

 完璧な礼儀作法を身に着けたメイドらしからぬ強引さである。


「あ、ああ……?」


 レストは困惑しつつも、メイドに従って屋敷の廊下を進んでいく。

 絨毯が敷かれた廊下には嫌味にならない程度に華美な絵画や芸術品が置かれており、まるで美術館の中を歩いているようだ。


「この部屋です」


「さあさあ、どうぞ。扉を開けてください」


「は、はい……?」


 屋敷の奥にある一室に到着した。

 メイドに背中を押されて、困惑しつつも扉をノックする。


「どうぞ」


「失礼します?」


 入室の許可を得て、レストが扉を開いた。


「は……?」


 そして……固まる。

 まるで氷の魔法でもかけられたかのように。


「ああ、いらっしゃいませ。申し訳ございません……このような不躾な格好で」


 一歩足を踏み入れた部屋にいたのはセレスティーヌ・クロッカス。

 顔見知りの友人にして婚約者でもある女性だったのだが……彼女は着替えの真っ最中。

 黒いレース地の下着姿のセレスティーヌに、レストは顎が外れたように口を全開にしたのであった。






――――――――――

限定近況ノートに続きのエピソードを投稿しています。

よろしければ、読んでみてください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る