第167話 朝の空気に包まれます

 そして、朝がやってきた。

 テントの中で最初に目を覚ましたのはレストである。


「……ようやく、朝か」


 ベッドから起き上がり、レストは深く溜息を吐く。

 どうにか寝ることはできたのだが……女子三人の気配と感触、温もりのせいで眠りが浅くなってしまった。

 身体が少しだけ、重い気がする。

 上質な睡眠がとれなかったようだった。


「…………」


 レストがベッドの上で上半身を起こして、そっと左右に視線を向けると……そこに咲き誇る三本の花。

 ヴィオラとプリムラ、ユーリの三人が寝息を立てていた。


「クー、クー……」


「スウスウ……」


「すやすや……」


 三者三様の寝息を立てる美少女達。

 三人とも寝間着のネグリジェ姿だったのだが……乱れた衣類の裾からまぶしい太股が見えてしまっている。


「すやー……」


 特に酷いのはユーリだった。

 ユーリのネグリジェが大きくまくれ上がっており、母なる二つの惑星の南半球が見えてしまっている。

 わりとボーイッシュな性格からわかりづらいが、改めて身体つきの女らしさを意識させられてしまう。


「…………ハッ!?」


 寝ぼけていたため、思わずユーリの下乳に魅入ってしまっていた。

 とんでもなく綺麗だったから。とんでもなく大きかったから……!


「いかん、いかん……落ち着け、俺。冷静になれ……!」


 ユーリの下乳から意識を逸らして、レストは自分の頭を小突いた。

 ここにいては、いつまで経っても朝の生理現象が収まらない。

 レストは三人に気づかれないようにそっとベッドから抜け出して、上着を羽織ってテントから出た。


「……少し冷えるな」


 季節は夏が終わり、秋に入ろうかという時期である。

 この国の四季は日本とあまり変わらない。当然のように夏は暑くて冬は寒い。

 まだ早朝で日が昇っていない。

 空はだんだんと白くなっているが……朝日はいまだに山の向こう側である。


「『マジックアワー』か……」


 明るくなり、星が消えていく空を見上げて……レストがつぶやいた。

 日が出ていないが、空がうっすらと明るくなっている空を『マジックアワー』というらしい。


(直訳で『魔法の時間』か……魔法使いになった自分には、お似合いの空かもしれないな……)


 レストはそっと魔法を発動させ、空に浮かび上がった。

 浮遊して、風を操り……上空数十メートル、開拓団のキャンプ地を見下ろすことができる高度まで飛翔する。

 眼下ではちらほらと人が動いているのが見えた。

 魔物を警戒している見張りの姿もあれば、朝食の準備をして煮炊きをしている姿も見える。

 遠くに視線を向ければ、平原を駆けている魔物も見えた。


「スー……ハー……」


 レストは空に立って両手を広げた。

 早朝の澄んだ空気に包まれながら……大きく深呼吸をする。

 四季の移ろいこそ日本と同じだったが……空気はまるで別物。

 大気汚染されていない空気は不純物がなく、爽やかな冷気と一緒に肺の中に吸い込まれていく。


「空気が美味いな……」


 それに……美しい景色である。

 山の向こうからゆっくりと日が顔を出して、平原が端から黄金色に染まっていく。

 日本ではまず、見られない光景だ。

 手つかずの大自然の景色。まるでここから世界の創造が始まるのではないかと、誇大妄想じみた考えすら浮かんでくる。


(だけど……そんな平原をこれから開拓して、町を築いていくんだよな……)


 手つかずの自然に開拓のメスを入れることに、わずかな罪悪感が生じてしまう。

 もしもレストが魔獣サブノックを討伐しなければ、この平原はずっとありのままの姿でいたはずなのに。


「……悪いな。許してくれ」


 大自然を人間の都合で切り拓くことには罪悪感を覚えた。

 だけど……魔境を開拓することで多くの人の生活が楽になり、魔物の脅威からも逃れることができる。


(俺は人間だから、どうしても人間を優先させてしまうけど……自然を踏みにじるのではなく、上手く共存していく方法を考えていった方が良いのかもしれないな)


 少なくとも、前世の……地球のような環境問題は起こさないようにしなくては。

 レストはしみじみと思いながら、ゆっくりと地面に向けて降りていくのであった。

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