第81話 生徒会長は王子様です
アンドリュー・アイウッド。
アイウッド王国第二王子にして、騎士科三年の特待生。
彼は王家の三兄弟の中では、あまり名前を聞かない人物だった。
三兄弟の中でもっとも注目を集めやすいのは、当然ながら第一王子にして次期国王でもあるリチャード・アイウッドである。
公式の場に立つ機会も多く、国王が不在の際には代理を任せられる立場の人間。
王家と関わりのないレストでさえ、祭典で人々の前に立って話しているリチャードの顔を知っていた。
次に目立っているのは、第三王子のローデル・アイウッド。
こちらは悪目立ちという意味合いであり、様々な問題を起こす馬鹿王子として周知されていた。
ローデルは王宮や学園で問題児として扱われているが……市井でも評判が悪く、平民の間ですらろくでもない人間であると噂されている。
そして……その間に挟まれている第二王子のアンドリュー・アイウッド。
この人物は悪い噂は聞かないが、だからといって目立つようなポジションでもない。
良くも悪くも地味な人間であり、貴族であっても面識がない人間は多い。
王太子のスペアとして王家に残されてはいるものの……七歳も年上の兄が次期国王としてほぼ確定。
高い確率で臣籍降下するか、政略結婚として婿入りするだろうと目されていた。
(この人がアンドリュー殿下……第二王子か)
「セレスティーヌに頼んで、君達を呼び出させてもらった。急なことですまないね、レスト君、それにヴィオラ嬢とプリムラ嬢も」
「……始めまして、レストです。アンドリュー殿下」
「ごきげんよう、アンドリュー殿下」
「ご、ごきげんよう……」
レストが頭を下げて、ローズマリー姉妹も後に続く。
貴族としての作法で頭を下げる三人に、アンドリューは鷹揚に手を振った。
「そんなに畏まらないでくれ。今日は王族としてではなく、生徒会長として君達を招いたんだ」
アンドリューが生徒会室に置かれたソファを手で示す。
「とりあえず、そこに掛けてくれ。話をしようか」
「…………」
レストとローズマリー姉妹が並んで座った。
対面のソファにアンドリューが座り、その隣にセレスティーヌが。ソファの後ろには先ほどの男女が立った。
「お茶をどうぞ」
「わっ!」
「「ひゃっ!」」
急に声をかけられて、レスト達は思わず声を上げてしまった。
いつの間にか横に小柄な女子生徒が立っていて、ソファの前のテーブルに紅茶のカップを置いてきたのだ。
小柄な黒髪ショートカットの女子生徒……おそらく、一年生なのだろうが、声をかけられるまでまったく気配を感じなかった。
(嘘だろ……【気配察知】の魔法は使ってたぞ……!?)
レストは無限の魔力があるおかげで、常時、周囲の気配を探る魔法を使用することができていた。
そんなレストの感知魔法をすり抜けて、この小柄な少女は間合いの内側まで踏み込んできたのだ。
「アン……客人を驚かせるようなことは控えなさい」
「申し訳ございません。セレスティーヌお嬢様」
セレスティーヌが窘めると、黒髪の少女が丁寧に頭を下げてきた。
どうやら、セレスティーヌの知り合いのようだ。彼女のことを「お嬢様」などと呼んでいた。
「セレスティーヌさん、その娘はいったい……」
「彼女も生徒会役員だよ」
答えたのはセレスティーヌではなく、隣に座ったアンドリューだった。
「順番に紹介させてもらおう。改めて、俺が生徒会長のアンドリュー・アイウッド。後ろの二人がそれぞれ書記と会計のユースゴスとリランダ」
「ユースゴス・ベトラスだ。騎士科の三年で書記をしている」
「リランダ・マーカーです。騎士科二年で会計を勤めています」
アンドリューの後ろにいる男子生徒と女子生徒が自己紹介をする。やはり、この二人も生徒会役員だったようだ。
「そして、庶務をしているセレスティーヌとアン。二人とも一年生だが、先日、生徒会役員になってもらった」
「…………」
「アンです。セレスティーヌ様の従者をしています」
セレスティーヌが軽く会釈をして、アンと呼ばれた黒髪ショートカットの女子生徒も自己紹介をしてくる。
「アンは平民ですが、私の従者をしています。魔法科でBクラスに在籍しています」
「……本当はAクラスに入りたかったのですが、残念ながら逃してしまいました」
アンは表情が乏しく、まるで人形のような顔つきをしているが……不思議と恨めしそうな視線を感じる。
「えっと……俺は彼女に何かしただろうか?」
「逆恨みですから気になさらないでください」
「逆恨みなのか!?」
アンの返答にレストが顔を引きつらせる。
面識はなかったと思うのだが……いったい、どこで恨まれるようなことをしたのだろうか。
「やめなさい、アン。失礼よ」
なおもレストのことを睨んでくるアンをセレスティーヌが窘める。
「ごめんなさいね、レストさん。この子はBクラスでトップの成績なのだけど……あと一人、誰かが欠けていたら、私と同じクラスになれたと思っているみたいなのよ」
「なるほど、確かに逆恨みだな……」
もしもレストがAクラスでなかったのであれば、代わりにアンがAクラス入りをしていたはず。
ヴィオラとプリムラは侯爵令嬢だから除外するとして、同じ平民でありながらAクラスに入ったレストには恨みがましい感情があるようだ。
(自分で逆恨みと口に出しているあたり、俺を恨むことが理不尽であることはわかっているようだな……初日で殴り込んできたローデルに比べると、遥かにマシだな……)
「……もしも私がAクラスに入っていれば、お嬢様があのゲスに絡まれて暴力を振るわれそうになることはなかったというのに」
アンがブツブツとつぶやきながら、悔しそうに自分の親指の爪を噛んでいる。
入学式初日にローデルがレストに絡んで、セレスティーヌが間に入った時のことを言っているようだ。
従者でありながら主人の危機に立ち会うことができなかったことを恥じているらしい。
「話を続けさせてもらっても良いかな?」
手を叩いて、アンドリューが話を再開させる。
「ここにいるメンバーに不在にしている副会長を併せて、現在の生徒会役員は六人。ここに『執行部』を加えた人間が『生徒会』ということになる」
執行部というのは生徒会のサテライトメンバー。
役員のような決定権は持っていないものの、生徒を指導する立場にあり、有事の際には素行不良の生徒を取り押さえるときもある。
基本的に学園内での魔法使用は禁止されているが、生徒会役員と執行部のみは魔法の使用を許可されていた。
「君達……というかレスト君への話なんだが、単刀直入にお願いしよう。生徒会執行部に入ってくれないかい?」
アンドリューがテーブルの上で手を組んで、そんなことを言ってきた。
「自分が執行部に……?」
「ああ、君なら資格はあると思っている」
アンドリューは肩をすくめて、皮肉そうな笑顔で提案する。
「執行部に入れば大義名分を持って、問題を起こした生徒を鎮圧することができるだろう。例えば……我が愚弟とかね」
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