第82話 生徒会からの誘い

 生徒会長にして第二王子であるアンドリュー・アイウッドの提案。

 生徒会執行部に入って、他の生徒を取り締まる立場になること。


「それはつまり……自分に貴方の弟を取り締まれということですか?」


「別に愚弟に限った話じゃないさ。魔法科一年の執行部はまだいなかったから、純粋に人材が欲しかったというのが大きいな」


 レストの言葉にアンドリューが答えた。


「これは毎年のことなのだけど……生徒会役員と執行部は会長と同じ学科になることが多い。俺が騎士科の生徒だから、生徒会メンバーはほぼ騎士科生ばかりになっている。まあ、バランスをとるために副会長はあえて魔法科の人間を任命したし、セレスティーヌにも入ってもらったがね」


「ああ……そうらしいですね」


 それは以前、聞いたことがある情報だった

 生徒会長は選挙によって選抜されるが……多くの場合、魔法科か騎士科のどちらかの生徒がなるらしい。

 別にそういう決まりがあるわけではない。

 王族や高位貴族の子弟は魔法科か騎士科のどちらかに入ることが多く、票が集まりやすいのだ。

 いかに学園内では身分は関係ないという名目になっているとはいえ……誰だって上位者に逆らいたくはないし、恩を売っておきたいと思うもの。

 王族や高位貴族が生徒会長に立候補した場合には、積極的に票集めをする協力者が集まってきて、さらに対抗馬が辞退して勝手に消えていく。


 アンドリューのような王族がいる場合には特にわかりやすい。

 王族が生徒会長に立候補した場合、対抗馬となる他の候補者はよほど空気の読めない人間以外は辞退するものだ。

 アンドリューの場合も、彼以外の候補者が全員辞退してしまったため、選挙にならずに自動的に生徒会長に就任したという。


(ローデルのような馬鹿王子が立候補した場合には、話が違うんだろうけどな……アンドリュー殿下が騎士科の生徒のため、自然と生徒会メンバーも騎士科の生徒が多くなってしまう。魔法科と騎士科の軋轢もあるし、単純に同じ校舎にいる生徒の方が声をかけやすいからな)


「できれば、生徒会メンバーは様々な学科から集めたいと思っていたんだけど……そう上手くはいかないな。やはり学科の間の溝は大きいらしい」


「それで……どうして、自分なんですか? 殿下が会長をしているんですから、生徒会に入りたい人間は他にいるのでは?」


「まあ、いるな。立候補者はそれなりに。ただ……使えない人間ばかりで水増ししても仕方がないだろう?」


 アンドリューが肩をすくめた。

 皮肉そうな笑みはデフォルトなのだろうか。


「生徒会執行部は他の生徒の風紀を取り締まる立場にある。『コイツがいたら悪さができない』と周りの生徒に思わせるだけの実力と影響力が必要なんだ……その点、君ならば申し分ないよな」


「…………」


「魔法科Aクラスの生徒であり、宮廷魔術師長官であるローズマリー家の入り婿。おまけに騎士科一年の序列二位であるダニーラ君に『剣術』という相手のフィールドで勝利した、話題の新入生。君が執行部に入ってくれれば、魔法科一年に睨みが利かせられる……ウチの愚弟は別としてね」


「あー……兄弟仲、悪いんですか?」


「悪い。すこぶる悪い」


 アンドリューが目を細め、唇を吊り上げた。

 顔は笑顔だが……瞳は少しも笑っていない。

 左右に座っているヴィオラとプリムラがわずかに怯える気配がしたが、すぐに剣呑な雰囲気は消えてしまった。


「アレは稀代の大馬鹿者だからな。権力や血筋に恵まれた人間の中には時折、周りを顧みない輩が現れるんだが……奴は特に酷い。婚約者であり公爵令嬢でもあるセレスティーヌのことすら見下しているし、兄である俺に対しても『魔法の才能がなくて騎士科に入った』などと侮辱してくるくらいだ。何度、首を斬り落としてやろうかと思ったかわからない」


「それはそれは……」


 斬り落としてくれたら、レストの手間も減っていただろうに。

 以前、セレスティーヌから聞いたように、単純に罰して終わりとはいかない事情があるのだろう。


「執行部のメンバーになれば、不正をした生徒に対して魔法を放つことも許される。煙幕を使うなんて婉曲な方法をとる必要もなくなるだろう」


「…………」


「どうかな? 内申点も良くなるし、卒業後の就職にも有利になるんだが……これはまあ、君にとっては関係ないか」


 もう一度、大きく肩をすくめるアンドリュー。

 ローズマリー侯爵家に婿入り予定のレストにとって、内申点はあまり必要ない。

 宮廷魔術師になることも実力で可能だろう。ついでに、ローズマリー侯爵のコネもある。

 教師からの評価を目当てに生徒会に入る理由はない。


(それでも……公然とやり返すことができるのは魅力的かな? 学園内では授業以外に攻撃魔法は御法度……意外と面倒な縛りだからな)


「そうですね……」


 レストがさりげなく左右を窺った。


「「…………」」


 ヴィオラとプリムラはレストを無言で見返してくれる。

 レストの判断に任せてくれるという構えだ。


「……少し、考える時間を頂けますか?」


「ああ、もちろんだ。答えが決まったら聞かせてくれ」


 レストは保留という消極的な答えを出したのであった。

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