第134話 馬鹿王子をざまあします
(やっぱり、あれじゃあ倒せないか……)
第三王子ローデルと魔法を撃ち合いながら、レストが内心で溜息を吐いた。
本陣に向けて突進してくるローデルと反乱軍の兵士……彼らに【天照】を放ったものの、倒すことはできなかった。
ローデルは石で壁を作って防御して、背後に続く兵士にはダメージを与えることができたが倒しきれない。
【天照】は強力な魔法ではあるものの……十分な『溜め』がなければ、威力を発揮しきることができないという欠点があった。
先ほどのように軍隊を蹴散らす規模で発動させるためには、最低でも一分以上は太陽光を集めなくてはいけない。
(時間もなかったし、この状況で戦場を真っ暗にするわけにもいかなかった。集められた日の光が少なすぎて、せいぜい上級魔法くらいの威力しか出せなかったみたいだな)
【天照】の弱点である。
今後、改善の余地ありというところだ。
「【炎砲】!」
「【水壁】」
ローデルが魔法を撃ち、レストが防御する。
一対一の戦い。一騎討ちである。
周囲には王国軍の兵士もいるが……手を出してくることはない。
貴族や王族にとって、タイマンでの戦い……決闘というのは神聖なものである。
レストが助力を求めない限り、彼らが介入してくることはないだろう。
「【火球】【増幅】【圧縮】【加速】!」
「【超加速】!」
四重奏での魔法を放つが……ローデルは身体能力を大幅に強化させて回避する。
レストの背後に回り込んで、首を刈ろうとしてくるが……レストもまた、【超加速】を発動して攻撃を避ける。
「強いな……本当に、何者だ……!」
「それはこっちのセリフだよ……正直、セドリックの同類と思って舐めていたよ」
ローデルから距離を取り、レストが嘆息する。
実際、ローデルの実力はかなりのものだった。十分に称賛に値する。
傲慢で身勝手で、セドリックの同類だと思っていたが……こうして、直に戦ってみると普通に強い。
学園ではDクラスに属していたが、筆記試験の勉強さえちゃんとしていたら、学年でも上位に入ることができたに違いなかった。
(魔力量もかなり多いし、出力に関してはアッチが上だな……上位魔法を当たり前みたいに撃ってくる。コイツ……人間性さえ狂っていなければ、普通に英雄になれたんじゃないか?)
「驚いたよ。口だけじゃなくて、ちゃんと強かったんだな」
「……貴様こそ、ただの子爵にしては強い。いったい、どれほどの魔力量を持っているのだ?」
一方で、ローデルもまたレストの実力に気がついているようで警戒を深めている。
「先ほどの光の魔法。軍を薙ぎ払うほどの力を使っておきながら、まだ魔力切れを起こす様子がない。悔しいが……魔力量に関しては、貴様の方が上だな」
「素直にそれを認められるくらいにはマシになったみたいだな……もっと早く、まともな人間になっていれば良かったのにな」
「…………」
挑発するように言ってやるが、ローデルは自嘲するように笑っただけである。挑発に乗ってくることはなかった。
「【超加速】!」
「【超加速】!」
レストとローデルが同時に身体能力を強化させ、戦場を蹴ってぶつかり合う。
身体能力と格闘センスにかけてはレストが上。魔法出力に関してはローデルが上である。
結果的にスピードは互角になっていた。
「フンッ! ハアッ! ヤアッ!」
(やっぱり、普通にしっかり強いな……)
レストが放った蹴撃を頭を低くして回避して、ローデルがカウンターの拳を放ってくる。
レストはローデルの腕を取ってそのまま投げ飛ばそうとするが……すんでのところで腕を引っ込め、バックステップで距離を取る。
先ほどから上位魔法を何度も使用しているにもかかわらず、ローデルの魔力はいまだ尽きる様子はない。
格闘センスに関しては間違いなくレストが上のはずなのに……攻めきれない。
ローデルはどうやら、素の運動神経も良いようだ。反射神経もかなり鋭いし、まともに訓練をしていれば魔術師としてはもちろん、剣士や戦士としても大成したことだろう。
(宝の持ち腐れがすごいな……本当にもったいない……)
道を間違えなければ、ローデルはレストと共に次世代を担う人材として活躍したことだろう。
そんな人物が大成することなく、反逆者として消えていってしまうのは心から惜しいことだった。
「セドリックといい、あのセロリといい……せっかくの未来をどうして、自分で潰してしまうんだろうな。もっとマシな選択をすれば良かったのに」
「アアアアアアアアアアアアアッ!」
ローデルが絶叫しながら、レストめがけて襲いかかってくる。
魔法によって加速された拳、蹴り、体当たり……それを紙一重で捌きながら、レストは魔法を発動させる。
「【雷嵐】」
「なっ……!」
レストは自分を中心として、広範囲魔法を発動させる。
雷が雨となって荒れ狂い、レストごとローデルの身体を打ち抜いた。
「相討ち、狙いだと……馬鹿な……!」
「馬鹿なと思うだろうな。お前には」
レストは雷の熱と衝撃を堪えながら、歯を食いしばる。
身体強化系統の魔法を発動させることによって耐えているが……痛いものは痛い。
だが……それでも、間違った判断だとは思っていない。
(認めてやる……ローデル・アイウッド。お前は強いよ)
強い。かなり強い。
無傷で勝利することが困難だと思えるほど、普通に強い。
(だけど……経験値が圧倒的に足りていないんだよ!)
ローデルは総合的な才能だけみれば、もしかするとレストよりも上かもしれない。
だが……幼少時から魔物と戦い、ローズマリー侯爵家の世話になってからはディーブルや侯爵夫人から揉まれているレストと比べて、実戦経験が足りなさ過ぎる。
自分もろともまとめて魔法で攻撃してくるなんて泥臭い戦い方、思いつきもしなかったことだろう。
(もしも五年後、十年後に戦ったら違う結果になっていたかもしれないけど……その未来はもう来ない)
「クッ……!」
雷に打たれながらも、ローデルは咄嗟に後方に下がって射程距離から出る。
魔法による高速移動の離脱。土壇場であるにもかかわらず、捕らえるのは困難な早業である。
「【天照】」
しかし、レストも逃がさない。
極小の暗黒星を生み出して、一瞬だけの光の吸引。
そこから放たれた細いレーザーがローデルの腹部を貫いた。
いかにローデルが魔法で超加速していても、光の速度を超えられるわけもない。
十分に光を吸引していない【天照】ではローデルを焼き尽くせる威力はないが、限界まで収束させればボールペンほどの太さの穴を開けることくらいはできる。
「カハッ……!?」
肝臓を正確に貫かれて、ローデルが血を吐いた。
慌てた様子で治癒魔法を発動させるが……あまりにも遅い。
「フッ!」
今度はレストが加速して、ローデルに肉薄する。
そこで初めて腰の剣を抜いて、ローデルの胸から首下にかけてを斬り裂いた。
「あ、がッ……!?」
「傷を治すのには慣れていないようだな……他の魔法と比べて、あまりにも稚拙だぞ」
ローデルの治癒魔法には他の魔法のような冴えがない。
もしも熟達した治癒魔法を身に着けていたのであれば、もう少し粘ることができたものを。
「終わりだ。ローデル・アイウッド」
「ッ……!」
もう一撃、斬撃を振り下ろす。
胸部に×印の傷を受けて、鮮血を散らしながらローデルが倒れた。
「敵将、討ち取ったり……」
なんて、それっぽいことを口にすると……周囲から喝さいが上がる。
取り囲んでいた味方が勝者に祝福の声をかけてきた。
いつの間にか、戦場の大部分で戦いは終わっている。反乱軍は鎮圧されたようだ。
予想外の苦戦はあったが……王国軍と反乱軍の戦いは終結した。
王国軍の死者は四百人。怪我人は八百五十人。
反乱軍の死者は一万二千五百人。怪我人は三万人超。離散した兵士は数え切れず。
ローデルの予想外の反抗による被害は多かったものの……結果的に見れば、半日で王国軍が圧勝したのである。
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