第103話 騎士団長と宮廷魔術師長官の憂鬱
「何事だ!?」
「救難信号があちこちから……
サブノック平原の入口。
魔猟祭運営のテントでは、右往左往の大騒ぎが生じていた。
突如として、平原のあちこちから上がった救難信号。
避難してきた生徒、救助隊や監督の教員らの報告から、断片的ではあるが平原の奥地から魔物が押し寄せてきたという情報が寄せられていた。
サブノック平原は魔物が
奥地にある魔境の主……サブノックのナワバリにさえ踏み込まなければ、安全に狩りができる場所のはずだった。
だからこそ、魔猟祭の開催場所として選ばれたのだが……そんな平原がまさに地獄と化そうとしていた。
「魔境からスタンピードが……二十年前を思い出すな」
苦々しくつぶやいたのは、運営のテントで椅子に座った中年男性。
巌のような身体つきをした大柄な男性である。暗闇で遭遇したら、ゴリラやオラウータンと間違えてしまいそうなほどに。
アイウッド王国騎士団長……イルジャス・カトレイア侯爵である。
「もしや、魔境の主が出てきてしまったのか? あの時のように……」
二十年前。まだ暴君と呼ばれた先王が君臨していた時代。
魔物の巣窟であるサブノック平原に大規模な開拓団が結成され、魔物の掃討が行われた。
『魔境』と呼ばれる土地の土壌には豊富な魔力が含まれており、強い魔物を産む代わりに作物がとても育ちやすい。
開拓に成功すれば、そこだけで王国中の民を食わせることができるほどの穀倉地帯が手に入るはずだった。
もっとも……開拓団を指揮した暴君の目的は民を豊かにすることではなく、歴代の国王が成し遂げられなかった平原開拓を成し遂げて名声を得ることだったが。
そして、その結果は惨敗。
平原の奥地に踏み出した兵士達は『主』であるサブノックという魔物とその眷属により、ことごとく殺されることになった。
開拓団の兵士を蹂躙したサブノックは逃げる
若かりし頃のイルジャスもまたその戦いに参加していた。数少ない生き残りの一人である。
まだ新兵だったイルジャスはその戦いで多くの仲間を失い、苦い思い出をバネにして騎士団長の地位まで上り詰めた。
「……誰かが平原の奥地に踏み入り、サブノックを刺激してしまったのか。そんな愚かな生徒がいるとは思えないが」
「…………」
「どうした、アルバート。先ほどから黙り込んで」
イルジャスが隣の椅子に座っているもう一人の来賓……宮廷魔術師長官であるアルバート・ローズマリーに話しかけた。
宮廷魔術師と騎士団。魔法と武術という相反した力を有した両者は犬猿の仲であったが、イルジャスとアルバートは個人的に親交のある友人だった。
学生時代の友であり、どちらもかつて生徒会執行部に所属していた。
「いえ……それがな。少々問題が発生したようだ」
イルジャスの問いを受けて、アルバートは沈痛な面持ちで口を開く。
「ローデル第三王子殿下に張りつけていた宮廷魔術師と連絡が取れなくなっている。あの馬鹿……ではなく、無謀なところがある王子が暴走しないよう、陛下の命令で見張らせていたのだが……」
「何だと……?」
アルバートの返答にイルジャスが眉をひそめる。
ローデルは王子ではあるものの、王太后から甘やかされつくしたことで、傲慢で愚かな性格に育っていた。
先日も学園内で問題を起こしたローデルの監視のため、アルバートが国王の命令により部下を付けていた。
魔猟祭の最中も定時的に『通信』の魔法を使って報告を受けていたのだが……その報告が途絶えている。
「こちらから【送信】の魔法を使用しても返事がないな……何かが起こったとしか思えない」
「まさかとは思うが……」
「ムウ……」
イルジャスとアルバートは同じことを考えたのだろう。渋面になって黙り込む。
もしかすると……ローデルが平原奥地に足を踏み入れて、サブノックを刺激してしまったのではないか?
「もしもサブノックが出てきてしまったのであれば……最悪、王都も危ういな。二十年前の繰り返しだ」
イルジャスが椅子から立ち上がった。
「もはや学園の教員だけには任せられん。私は騎士団を指揮して、迎え撃つ準備をしよう」
「私は情報収集と生徒の避難をいたしましょう。まったく、ここには娘もいるというのに……」
顔を見合わせて溜息を吐いて、騎士団長と宮廷魔術師長官は動き出した。
そうしているうちにも、平原からは怪我をした生徒がどんどん逃げ込んできている。
彼らを追いかけて、平原の中から魔物が飛び出してきており、教員や生徒会の人間が迎撃に当たっていた。
騒ぎはどんどん大きくなっていく。
野火が燃え広がるように、人々に混乱が広がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます