第204話 ワームを食べました

 そこには白い大地が広がっていた。

 どこまでも広がっている不毛の荒野。

 草も木も生えていない、水もない大地で視界が覆われる。


「ここは……いったい……?」


 レストは首を傾げた。

 直前までの記憶がない。自分はどこで何をしていただろうか。

 何のために生まれて、何のために死ぬのだろう。

 そもそも……自分は本当にレストなのだろうか。別の誰かだったような気もする。


「…………?」


 途方に暮れたように周囲を注意深く観察すると、白い大地は平坦ではない。あちこちに丘があり、穴があり、凹凸に富んでいる。

 そこに訪れるのは初めてだ。間違いないと確信できた。

 だが……レストはその場所を知っていた。


「ここはまさか……『月』なのか?」


 そう……クレーターがいくつも開いたその場所は、日本にいた頃に写真で見た月の景色と酷似していた。

 かつてアポロ11号が降り立ち、宇宙飛行士が踏みしめたその場所にレストは立っている。

 あり得ない……そう思うレストであったが、頭上を見上げるとそこには青い惑星があった。

 地球だ。地球はやはり青かったのだ。


「お……?」


 しかし、そんな月の景色に異変が生じる。

 クレーターの穴の中から、白い巨体の生き物が這いだしてきたのだ。

 熊ほどの巨体。白いヌラヌラとした肌。目も鼻もなく、顔があるべき場所にはピンクの触手がうねっている。


「魔物か……!」


「GYSHAAAAAAA!」


 魔物は奇怪な音声を放って、レストめがけて襲いかかってくる。

 短い手に握られた槍がレストに向けられた。



     ○     ○     ○



「レスト、レスト!」


「ハッ……!」


 自分の名前を強く呼ばれて、レストは目を見開いた。

 何をやっていたんだったか……レストの脳裏を疑問が占める。


「どうしたんだ、肉を片手に? もしかして、口に合わなかったのか?」


 目の前にいるユーリが不安そうに訊ねてくる。

 その顔に、声に飛んでいた記憶が戻ってきた。


(そうだ……俺は確か、ユーリ達が作った夕食を食べていたんだ……)


 レストの右手には肉串が握られている。

 香ばしい匂いがする肉串はまだ温かく、意識が飛んでいた時間はそれほど長くはないはず。

 また異世界転生していたような気がするが……気のせいだと思うことにする。


「……何でもない。ちょっと白昼夢を見ていたような……?」


「ふうん? やっぱり、美味しくなかったのか?」


「いや……美味くない、こともない……?」


 もう一度、肉串を齧った。

 弾力のあるコリコリの食感。まるで軟骨のようである。

 臭みはあるのだが、ソースによって上手く中和されている。

 生姜醤油で味付けした、鰹のような味わいだ。

 その味は……思いの他に悪くない。


「最初の一口は脳が処理できずに意識が宇宙まで飛んでいたが……何だろうな、意外とやみつきになる味だ……」


 ご機嫌とりの嘘ではない。

 本当に美味いのだ。

 形容しがたい風味こそあるものの、一口食べたら次の一口が食べたくなる……そんな中毒性のある味なのだ。


(美味いが……美味いと感じてしまうのが逆に怖いな。何なんだ、この肉は?)


「コレ……ワームの肉で合ってるよな?」


「ああ、そうだぞ。さすがは竜種の肉だな。美味ではないか」


「竜種……そうか、ワームはドラゴンの仲間だったな……」


 ドラゴンの肉は超高級食材である。

 その亜種なのだから、ワームだって美味しくてもおかしくはない。


「こっちのスープも悪くないな……深みのある味わいだ」


「ああ、それはワームの骨で出汁を取ったんだ。何故か緑色になってしまったのだが……」


「そ、そうか……」


 レストは深くは考えないようにしつつ、スープを口に運んだ。

 そんなレストを見つめて……ウルラが無表情ながら頬を朱色に染めている。


「……うれし」


 どうやら、レストが料理を美味しいと言ってくれたのが嬉しいようだ。

 表情が乏しく、人形のような少女が歓喜に小さな身体を震わせている。


「おつきさま、きれい」


 そんなウルラの横では、オストレーが肉串を片手にトリップしていたのであった。

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