第203話 ワームを食べます

 レストは魔物避けの結界を張り、キャンプ地の安全を確保した。

 しかし……それで本日のミッションが終了したわけではない。

 まだ、大きな難関が残っている。

 すなわち……ユーリとウルラが作った夕飯の実食である。


「ああ、レスト。晩御飯ができたぞ? そっちに運んだ方がいいのか?」


 ユーリが結界に魔力を供給しているレストを呼びにきた。


(来た……来てしまった……!)


 レストは「ゴクリ……」と固唾を飲んだ。

 ユーリ達は料理を作っていた。倒したワームを材料にして。

 できるだけ耳に入れないようにしていたが……怪しいクッキングの声はレストがいるところまで届いていた。


(正直……食べたくない。怖い……)


 経験はないが……生まれて初めてシュールストレミングを食べる人間の心境である。

 補足しておくと……シュールストレミングとは世界一臭い食べ物といわれている、ニシンの塩漬けの缶詰だ。


(ニシンは良いよ。食べ物だもの……だけど、ワームは絶対に食い物じゃない。食べた奴なんて有史以来、一人もいないかもしれない……)


 あの泥にまみれた巨体、身体から流れる不気味な体液を見て、食欲が湧く人間がいるものか。

 許されるならば……今すぐにでも、この場から飛び去りたい気分である。


「レスト?」


「ああ……すぐに行くよ」


 ユーリに再度呼びかけられて、レストは仕方がなしに立ち上がった。

 足下の魔法陣に多めに魔力を注いでおき、レストが離れてもしばらく結界を維持できるようにしておく。


「こっちだ。来てくれ」


「ああ……」


 レストは重い足を引きずるようにして、食卓へと連れて行かれた。


 地面に置かれたテーブルと椅子。

 そこにはウルラがいて、従者のアーリーがいて。

 そして……まるで処刑を待つ罪人のような顔をしたオストレーの姿があった。


「クローバー伯爵……」


「オストレー殿……」


 今日、出会ったばかりの二人であったが……何故だろう。

 心が通じ合えているような気がする。

 時間や立場を超えた絆で結ばれている……そんな確信があった。


(俺達は同志だ……共に戦い、生き残ろう!)


(はい……御武運を祈ります……!)


 二人はテレパシーによってそんな会話を交わして、一緒に食卓についた。


「さあ、みんな。遠慮なく食べてくれ!」


「ごちそう」


 全員が食卓に集まったのを見て……ユーリとウルラが料理を運んでくる。

 最初にテーブルに置かれたのは串焼きの肉。火が通って茶色く色づいた肉には香ばしいソースがかけられており、食欲を誘う匂いがする。

 続いて、緑色に染まったスープ。グリーンカレーのような液体が注がれた皿には野菜と肉が入っているのがわかった。


「美味そう……なのか?」


 見た目は……意外とまともである。

 食べられなくはない、少なくとも外観だけは。


「デザートもあるから、楽しみにしていてくれ」


「デザート……」


 希望を奪うのはやめてもらいたい。

 目の前の敵を片づけても、まだボスが残っているだなんて知りたくなかった。


(い、いや……デザートとワームは関係ないはずだ。あんな肉塊がスイーツに化けるわけがない……!)


(つまり、目の前の料理さえ食べてしまえば良いということですな。クローバー伯爵!)


(ああ、そうだ。そうだと信じよう……自ら希望を手放すようなことはしてはいけない……!)


「どうした、二人とも? 食べないのか?」


 ナチュラルにテレパシーを使っている二人に、ユーリが首を傾げる。


「早く食べないと、冷めてしまうぞ?」


「めしあげれ?」


 ウルラまで早く食べろと促してきた。

『召す』という言葉が違う意味に聞こえる。天に召されることだけは勘弁して欲しいものである。


「大丈夫だ……毒は魔法で消せる。火を通してあるから、寄生虫とかもいないはず……」


 レストは自分に言い聞かせるようにつぶやいて、さらに並んだ串焼きを手に取った。


「南無三……!」


 そして……意を決して、香ばしい匂いのする肉に食らいついた。

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