第202話 キャンプ地の守りを固めます

「よし……テントの設営はこんなもので良いだろう」


 暗黒魔術のようなクッキングから目を逸らして、レストはオストレーと一緒にテントの設営を終えた。

 完成したテントの数は三つである。

 オストレーの物、ユーリの物、ウルラとアーリーの物といった内訳。とある事情からレストのテントは作っていない。

 夜の見張りは必要なかった。オストレーの部下のラベンダー辺境伯家の兵士が合流することになっているため、彼らが夜番をしてくれていることになっているのだ。


「できましたな。クローバー伯爵」


 オストレーが肩を回しながら、レストのことを労ってくる。


「お手伝いいただき、感謝いたします。おかげで予定よりも早く終わりました」


「ああ、構わない……それじゃあ、貴方は休んでいてくれ。俺はもう一仕事やってくる」


「何かやることがあるのですかな? お手伝いいたしますよ?」


「いや……これは俺にしかできないことだ。適当に身体を休めていてくれ」


 立ち上がろうとするオストレーに手を振って、レストはテントから移動する。

 野営地の真ん中にまでやってきて、精神を集中させて魔力を練った。


「結界」


 そして……覚えたばかりの魔法を発動させる。

 展開させたのはジャラナ・メイティスから教わった『魔物避け』の結界だった。

 レストの頭上に白い線が走って、空中に幾何学模様が描かれる。


「そして……【転写トランスクリプション】」


 空中に広がった模様が地面に転写されて、魔方陣が完成する。

 魔方陣を中心に不可視の結界が展開されて、野営地を中心に百メートルほどの範囲内にいる魔物を追い払う。


「これで地中からワームが出てくる……何てこともないはずだ。見張りはいるし、湿地帯の外だから心配しすぎかもしれないけどな」


 それでも……ここはかつて魔境であった場所。魔物の巣窟だ。

 ユーリやウルラもいることだし、命がかかっている状況なのだから警戒し過ぎるくらいでちょうど良い。


「おお、レスト。結界を張ったのか?」


「きれい……」


 レストが何をしているのかに気がついて、クッキング中のユーリとウルラがやってくる。

 二人は料理の最中だったはずなのだが……彼女達のエプロンには緑やら黒やら赤やらの液体がベットリと染みついていた。


「……それは?」


「ああ、実はワームを切った際に虫……」


「いや、やっぱり言わなくていい」


 余計なことを耳にしてしまいそうになり、レストは慌てて会話を中断させる。

 咳払いをしてから、改めて結界について説明を始めた。


「これは『魔物避け』の効果がある結界だ。コレの効果が消えるまでは魔物が近づかないはず」


「ほほう、すごいじゃないか!」


「ん、レストはきれい」


「結界術も使えるのですね。器用なことです」


 ユーリとウルラに続いて、アーリーまでもがレストのことを褒めてくれる。


「しかし……この結界ですけど、持続時間はどれくらいなのでしょう? 結界術はかなり魔力を消耗すると聞きましたが?」


「永続だよ……俺がここにいればな」


「はい?」


「よっと……」


 レストが結界の中心に座った。

 魔力を吸い取られる感覚があったが……無限の魔力を持ったレストであれば、特に問題はない。


「この結界は魔方陣の中心にいる人間から魔力を吸い上げるんだ。だから、俺がここにいる限りは結界は消えない」


「レスト様は大丈夫なのでしょうか? 明日も調査はあるのですよ?」


 アーリーが疑わしそうに訊ねてくるが、レストは肩をすくめた。


「心配せずとも、余力は残しておくさ。迷惑はかけないから気にしなくていい」


「……さようでございます。お嬢様に危険がないのでしたら、私としましては結構です。余計なことを申しました」


「別に良いさ。主人の心配をするのは当然だろう。


 レストが魔力切れを起こせば、一緒にいるウルラも危険にさらされる。

 アーリーが心配しているのもそういうわけだろう。


(まあ、俺には魔力切れはないから心配はいらないんだけどな……)


「俺はここにテントを張って眠るから、みんなはアッチで野営してくれ。魔方陣の中に入ると魔力を吸われるから入らないように」


 今日は久しぶりに一人の夜である。

 ヴィオラとプリムラはいないし、ユーリとも別だ。

 安心したような、ガッカリしたような……男としては複雑な心境である。


「わかった……それじゃあ、レストが結界を張り続けられるように腕によりをかけて料理を作ろう!」


 ユーリが胸をポヨンと叩いて、堂々と宣言する。


「魔力が回復するように、栄養のある料理をいっぱい作るぞ!」


「ん……栄養満点」


「本当は捨てる予定だったのだが……精がつきそうだから、あの睾丸も使うことにしようか。臭みを取るのに苦労しそうだな」


「がんばる」


「こうがんって……ええっ? ちょっと待て! お前ら、俺に何を食わせるつもりだ!?」


 女性陣がウキウキとした足取りで料理場に戻っていってしまった。

 とんでもなく恐ろしい単語が聞こえたような気がするが……レストは魔方陣から動くことができず、女三人を見送ったのである。

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