第109話 地味にピンチです
「危なっ……!」
【超加速】の魔法を使用して、咄嗟にサブノックの舌による攻撃を回避した。
あとわずかでも避けるのが遅ければ、あの巨大な舌によって潰されていたかもしれない。
(魔法の壁で受け切れるような攻撃じゃない。暗黒星であれば吸い込めるが、完全に吸い込むまでに殺られるサイズと勢いだ……!)
「【治癒】」
咆哮によって破られた鼓膜を回復させる。
周囲からの音が戻ってきて、静寂の世界が消え去った。
「よし……とはいえ、本気で厄介だな……」
ただ思いきり吠えられただけで鼓膜が破れて、気を失ってしまうかと思った。
さすがは魔境の主というところか。簡単に倒せるとは思っていなかったが……やはり強い。
「GYAAAAAAAAAAAA!」
「GYAAAAAAAAAAAA!」
レストめがけて、数体の腐食獣が唾液の水鉄砲を放ってくる。
撃ち放たれた腐食の唾液を土の壁で防御した。唾液によって壁が溶解するが、直後魔法で攻撃する。
「【
「GYAO!」
雷の上級魔法が炸裂する。
強烈な雷撃が腐食獣を薙ぎ倒すが……すぐに起き上がって、唸り声を上げた。
「普通の上級魔法では致命傷にはならないか……」
「GYAAAAAAAAAAAA!」
「チッ……!」
腐食獣が舌と唾液の水鉄砲を放ってくる。
【超加速】を使用して回避。そのまま相手の懐に飛び込んで……ゼロ距離からの【星喰】。
腐食獣が暗黒星に吸い込まれて、体毛の一筋も残さずに消滅した。
「GYAAAAAAAAAAAA!」
「GYAAAAAAAAAAAA!」
しかし、続けて四方八方から敵の攻撃が浴びせられた。
腐食獣は一カ所に固まることなく、散開して距離を取りつつ攻撃してくる。
一箇所にまとまってくれるのならばまとめて消し去ることができるのだが……散っているため、それも許されない。
「……接近戦への警戒。俺の逃げ場を無くすつもりかよ!」
レストが奥歯を噛んで、表情を歪める。
暗黒星で唾液の水鉄砲を受け止めるが……別方向から放たれた攻撃が腕をかすめてくる。
「痛ッッッ……!」
腐食の唾液が体内に入ってしまった。
レストはとっさに風の刃によって腕を切断する。
身体を加速させてその場を離脱して、治癒魔法を発動。腕を治療する。
「厄介だ……」
腕を切り落としたのは苦肉の策である。
ああしなければ、体内に入った腐食の唾液が血管を通じて心臓や脳に達して、レストは命を落としていたことだろう。
敵の攻撃を回避しながら治療に専念すると……切断した腕がゆっくりと復元されていく。
「治らなかったら、どうしようかと思ったぞ……本気で焦った」
欠損した肉体の再生は治癒魔法において奥義とされているが、レストはそれを行うことができる。
何故なら、怪我の治癒も欠損の再生もどちらも【治癒】で可能だからだ。
学園の授業で学んで知ったことだが……部位欠損を治すうえで問題なのは魔力量の問題であり、【治癒】に費やす魔力を増やすだけで条件をクリアできる。
(無限の魔力が無かったら不可能だったんだろうな……もしも宮廷魔術師になれなかったら、神官や治癒師として生きていこうか?)
冗談めかして思っているうちに、切断した腕が完全に再生する。軽く手を振って確認するが、特に異変はない。
ダメージは無くなったが……ピンチであることに変わりはなかった。
手下の腐食獣が邪魔でサブノックに集中できない。腐食獣は少なくとも、この場に二十匹はいる。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「…………!」
おまけに……ここぞとばかりにサブノックが咆哮をぶつけてくる。
先ほどの経験から【
今度は鼓膜が破れることなく耐えることができた。
「【煙幕】【増幅】【風操】」
三重奏での魔法発動。
白い煙幕を大量に撒き散らして、風魔法で吹き飛ばされて散ってしまわないように制御する。
視界が完全に閉ざされるが……さらに魔法を重複発動。【気配察知】によって敵の位置を把握する。
「【加速】」
「GYA……」
そして、距離を詰めての【星喰】。敵の数を減らしていく。
相手に位置を悟られることなく、このまま文字通りに煙に巻いて敵を減らそうとするが……。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「やっぱりそうなるか……!」
やはりというか、予想通り。
サブノックが咆哮によって煙幕を消し飛ばす。
【風操】で煙幕を操作するが、音波の大砲が容赦なく白煙を散らしてしまう。
「こっちが手段を巡らせても、次々と打開してきやがる……!」
レストが持てる魔法を次々と使用するが、ことごとくを破ってきた。
巨大な体躯や腐食の唾液も危険ではあるが……知恵が回ることも非常に面倒である。
むしろ、そっちの方が厄介といえるかもしれない。
(人間は知恵と結束によって獣に勝っているはずだが……知恵比べとチームワークで魔物が上回ってくるとか反則じゃないか?)
孤軍奮闘。
せめて信頼できる仲間とチームを組んで戦っていたらもっと楽だったかもしれないが、レストの周囲に援護してくれる共はいない。
ダニーラ程度では足手まといになるだけだろうから、最初から連れてこなかった。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「GYAAAAAAAAAAAA!」
「GYAAAAAAAAAAAA!」
「GYAAAAAAAAAAAA!」
「うっわ……本気で面倒臭え……」
レストは戦況が徐々に悪くなっていることを知りながら、どうにか頭を巡らせる。
この場を打開するための手段をどうにか考案しようとするが……もちろん、敵は待ってくれない。
レストめがけて、容赦ない攻撃を浴びせかけてきた。
「アルマカイン舞刀術……『断章』」
「…………!」
しかし、そこで予想外の事態が発生した。
空を切るようにして飛び込んできた影が腐食獣の一匹を両断したのである。
その影は白い刃を手にしていた。長く、反りの入った剣……日本刀とよく似た形状の刀剣である。
「これはなかなか、斬り甲斐のあるものが集まっているじゃないか」
整ってはいるが、陰鬱そうな顔。
目元を髪で覆っており、何を思っているのか窺い知れない表情。
「リュベース……?」
騎士科一年生筆頭。女嫌いの剣聖。
ヴィルヘルム・リュベースが立っていた。
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