第108話 腐食の邪獅子サブノック
「……出たな。アレが魔境の主『サブノック』か」
魔境の奥地に向かって進んできたレストは、とうとう異常の原因である巨大な魔獣の姿を肉眼に収めた。
腐食の邪獅子……『サブノック』。
シロナガスクジラにも匹敵する、見上げるほどの巨体。六本脚で複眼を有したライオンの化物である。
青白い体毛が燃えるように逆立っていた。口からは腐敗の唾液を垂れ流しており、まだ十分な距離があるというのに激しい異臭が鼻を突いてくる。
魔境の平原の主。先代国王も含めて多くの権力者が討伐を試みて、失敗している巨大な魔獣だった。
サブノックの周囲には同種の魔物の姿もあった。サブノックの子供なのか、手下なのか……三回り以上は小柄な『腐食獣』が悪臭を撒き散らしながら接近してくる。
「あんなものが平原の外に出たら、どれほどの被害が出るんだろうな……」
大勢の人間が命を落とすことだろう。
その中には、レストの大切な人間も含まれているかもしれない。
「……やらせるものかよ」
どれだけ無謀であっても、どれだけ蛮勇であったとしても……男にはやらなければならない時がある。
レストにとって、それが今であると確信した。
逃げるわけにはいかない。戦う以外の選択肢はなかった。
(ヴィオラやプリムラがいる平原の入口にコイツを通さない。倒す……最低でも、追い返してやる……!)
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「GYAAAAAAAAAAA!」
「GYAAAAAAAAAAA!」
「GYAAAAAAAAAAA!」
サブノックと周囲にいる腐食獣が咆哮を上げた。
背筋が凍るような叫びを放ち、こちらに向かってくる。
「【
レストはオリジナル魔法を発動させた。
レストの眼前に、決して光を反射することのない黒い球体が出現する。
漆黒の星。レストがイメージした全てを喰らい、無に帰することができる『暗黒星』である。
「…………!」
魔法発動と同時に膨大量の魔力が吸い上げられるのを感じる。
無限の魔力を保有しているレストでなければ、一秒で枯渇してしまうような魔力量だ。
「……相変わらず、不細工で洗練さの欠片もない魔法だな」
無限の魔力がなければ使うことができない魔法なんて、編み出したところで誰も褒めてはくれないだろう。
しかし、この敵を倒すには必要である。
「悪いが……最初から容赦をする気はない。恨みはないが消えてくれ」
この魔物に罪はない。
ただナワバリで生きてきただけ。何者かに突かれて驚いて外に出てきてしまっただけ。
それでも……殺す。一片の容赦もなく殺し尽くす。
「星よ、廻れ。光をも喰らう暗黒星よ」
暗黒星の大きさは半径一メートルほど。
レストの身体から離せる距離は腕一本分。それよりも遠くに離してしまうと、魔力の供給ができずに消滅してしまう。
「GYAAAAAAAAAAAA!」
レストの姿を認めて、サブノック配下の腐食獣が数匹ほど群れから飛び出してきた。
サブノックと同じような青い毛皮、六本脚で複眼。口から腐敗の唾液を垂れ流している。
大きさは一般的なライオンの二倍という程度。恐ろしくはあるが、親玉に比べると可愛らしいくらいである。
「死ね」
飛び出してきた腐食獣に向けて、暗黒星を振るう。
レストに噛みつこうとしてきた腐食獣が暗黒星に吸い込まれ、実態を無くして消滅した。
この腐食獣は魔物としてはかなり強い部類にある。物質を腐らせる唾液は剣や鎧を溶かし、体内に入れば内側から体細胞を腐らせて死滅させる。
おまけに青白い体毛は物理耐性・魔法耐性ともに高い。近衛騎士や宮廷魔術師であっても楽には勝てない敵だった。
「喰らえ、暗黒星」
そんな強力な怪物を一匹、二匹、三匹……レストは次々と瞬殺していく。
いかに強靭な毛皮を持っていたとしても、暗黒星に触れたら一瞬で消滅させることができる。相手の強さなんて関係なかった。
「GYAAAAAAAAAAAA!」
「おっと……!」
腐食獣が唾液を水鉄砲のように飛ばしてきた。
レストは暗黒星を盾のようにかざして、腐食の唾液による攻撃を防御する。
「お、おおおおおっ?」
他の腐食獣も唾液を飛ばしてくる。
レストから一定の距離を取って、暗黒星の射程外から。
「まさか……学習したのか!?」
暗黒星で唾液を受け止めて防ぎながら……レストは驚いて目を剥いた。
数体の仲間が殺られたのを見て、それだけで暗黒星に触れたらやられてしまうということに気がついたようだ。
(近づいたら危険と判断して、距離を取っての間接攻撃に切り替えた……! コイツら、知恵が回りやがる!)
思いのほかに学習能力が高い。
レミングスの自殺のように突っ込んでくるだけならば、どうとでも始末できるというのに。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「ッ……!」
絶叫が空気を震わせる。
まるで地鳴りのような音の大砲に鼓膜が破れて、周囲の音が消えてしまう。
両耳から伝わる鋭い痛みと一緒に、レストの世界に静寂が訪れる。
「クウッ……!」
直後、絶叫を放った張本人……サブノックが大木のように太い舌をレストに向けて叩きつけてくる。
爆発するような音を響かせて、砕けた地面が砂塵のカーテンとなって巻き上げられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます