第3話 魔法の的にされています

 レストとセドリックの父親であるルーカス・エベルンは宮廷魔術師である。

 国内屈指の魔法の使い手であり、その才能は唯一の・・・息子であるセドリックにも受け継がれていた。

 しかし、受け継がれているのは才能だけではない。

 性根の悪さ、人格の歪みもまた、セドリックはあますところなく継承していたのである。


「アハハハハハハッ! それ、逃げろ逃げろ!」


「クッ……!」


 エベルン名誉子爵家の屋敷にて、セドリックが次々と魔法を撃ち放つ。

 拳ほどの大きさの火球が逃げ回るレストを追いかけて、服と肌を焼いていった。


「ほら、どうしたどうした! もうバテたのかよ! 立ち止まったら当たっちゃうぞ!? アハハハハハハハッ!」


 セドリックは耳障りな哄笑を上げながら、庭を走るレストに火球をぶつける。

 宮廷魔術師の息子であり、いずれは父親と同じ職業に就くことを目指しているセドリックであったが……日常的にレストを魔法の的にしていた。

 子供は親の背中を見て育つ。

 父親がレストをさげすんでいるのを見て、母親がレストを虐待しているのを見て……自分も同じように腹違いの弟を苛めることに楽しみを見出したのである。

 両親を含めて誰も止めることがないため、殺人未遂のような訓練はどんどんエスカレートしていた。


「お許しください……どうか、どうか御慈悲を……!」


(本当に飽きないよな……あの両親あっての息子か。絶対にろくな大人に育たないよね)


 哀れっぽく命乞いをしながら逃げ回りつつ、レストは脳内で侮蔑の言葉を吐く。


(貴族っていうのは、こんなクズばっかりなのか? 母親を犯した父親といい、嫉妬から俺を虐げている義母といい、本当にろくでもない連中しかいないな)


「ハハハハハッ! トドメだ、新しく覚えた魔法を受けてみろ……【雷球サンダーボール】!」


「うわあああああああああああああっ!」


 雷の球がレストの背中に命中した。

 ズタズタと斬りつけるような電流が身体を襲い、レストは倒れて動かなくなった。


「なんだ、もう終わりか。やっぱり魔力無しの平民の子供はダメだな!」


 セドリックは満足そうに胸を張って、倒れたレストをつま先で蹴った。


「庭を掃除しておけよな。さぼったら承知しないぞ!」


「…………」


「ハハハ、本当にゴミみたいだ! こんなのが弟だなんて信じられないな!」


 最後まで侮蔑の言葉を口にして、セドリックはズンズンと庭から去っていった。


「…………」


 レストはしばし気絶したふりをしていたが……やがて、完全に気配が消えたのを見計らって身体を起こす。


「やれやれ……ようやく、終わりか」


 立ち上がって、すぐに魔法を発動させる。

【治癒】の魔法によって傷を癒して、【清浄】で身体についていた砂や泥を残さず消し去って綺麗にする。


 一方的に魔法を浴びせられていたように見えただろうが、実際には見た目ほどのダメージはない。

 あえてオーバーに逃げ回り、痛がっていただけである。

 実際には、身体の表面に魔力を纏わせることでダメージを最小限に抑えていた。


(今度は雷の魔法か……なかなか器用だよな。アイツも)


 セドリックは新しい魔法を修得すると、必ずレストの身体を実験台にする。

 宮廷魔術師の息子だけあって、性格はともかく魔法の実力は本物なのだろう。かなり多彩な魔法を使うことができていた。


(アイツ以外に同年代の魔法使いを知らないけど……優秀なんだろうな。きっと)


 これで性格も良ければ、兄として尊敬できたものを。

 天は二物を与えずというが、神様はセドリックに魔法の才能だけを与えて、それを正しく使うための善性を与えなかったようである。


「【雷球】」


 魔力を練り、身体の外側に放出させる。

 掌の上にバチバチと紫電を放った雷球が出現した。

 先ほど、セドリックが使っていたのと同じ魔法。けれど、セドリックのものよりも一回り大きなものである。


「……いつもながら、覚えた魔法をいちいち披露してくれるから助かるよな。勉強になるよ」


 レストが逃げることなく、セドリックの訓練に付き合っている理由がそれである。

 これも転生特典なのだろうが……レストは尽きることのない底無しの魔力を持っており、さらに一度見た魔法を再現する能力まで持っていたのだ。

 平民の子供として差別されているレストには本を読んだり、家庭教師に習ったりと魔法を学ぶ機会は与えられていない。

 しかし、セドリックが魔法の実験台にしてくれるおかげで、こうして多くの魔法を修得することができているのだ。


(……見下している弟の成長に貢献していると知ったら、愚かな兄はどんな顔をするだろうね)


 セドリックは魔法の天才なのかもしれない。

 だが、才能だけならば自分の方がずっと上だとレストは確信していた。

 この才能を父親に見せつけてやれば扱いも変わるのかもしれないが……正直、あの男に認められたいとは思っていない。


「まだだ……まだ早い。成人するまでの辛抱だ……」


 レストは拳を握りしめ、自分自身に言い聞かせる。


 レストはまだ十二歳。

 この国における成人は十五歳であり、まだ三年もある。

 いくら魔法が使えたとしても、未成年ではまともな職に就くことはできない。

 むしろ、汚い大人に魔法の力を利用されて、ほとんど金も貰えないとか普通にありそうである。


 だから、今はまだ牙を見せない。

 自分を迫害してくる義母やセドリックを殺すことは容易くとも、一方的にやられながら魔法の腕を磨いていた。


(いつか絶対に出し抜いてやる。父親よりも、セドリックよりも、ずっとずっと高みに上り詰めてやる……!)


 金、地位、権力。

 全てにおいて、彼らを上回ってみせる。

 このエベルン名誉子爵家の人間を見下し、踏み潰せるような立場になってみせる!


(そのためなら、魔法の実験台だろうが犬扱いだろうが耐えてみせるさ)


 今は雌伏の時。

 臥薪嘗胆。隙間風で冷える馬小屋で眠り、犬のように残飯を喰らう我慢の時だ。


 レストは決意を込めて拳を握りしめて、庭の片付けを始めるのであった。

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