第93話 また剣術の授業です


「オラア! 喰らいやがれ!」


「はいはい……喰らいませんよ、と」


 目の前に迫りくる斬撃を避けて、レストは返す刀で木剣を振るった。

 繰り出された刺突が対戦相手の腹を打つ。


「ウッ……!」


 体勢が崩れたところで追い打ちをかける。

 腕、肩、足を順番に木剣で叩かれ、対戦相手が地面に倒れた。


「クソッ……ああ、また負けた! 降参だよ!」


 悔しそうに吠えたのはダニーラ・ベトラス。騎士科一年生で序列二位の実力者と目されている男子生徒だった。

 今は『剣術』の授業の最中。

 レストは再びダニーラと対戦して、勝利したところである。


「また、俺の勝ち。これで四勝目かな?」


 実のところ、ダニーラと戦うのはこれで四度目だった。

『剣術』の授業のたびに勝負を挑まれており、目下のところ全勝中である。


 以前、この授業の最初に受講している全生徒で模擬戦が行われた。

 勝利した生徒のみが剣技を学ぶことを許され、敗北した生徒はランニングと筋トレのみで木剣の素振りすら許されなくなっている。

 ただし、二回目以降の授業ではここに救済措置が付け足されていた。

 授業中に勝者側の生徒に模擬戦を挑んで、勝利した場合には入れ替わる形で授業への参加が認められるようになったのだ。


『こうやって積極的に競い合わせた方が、生徒達のやる気を引き出すことができるからな!』


 などと口にしたのは『剣術』の担当教員であるベイック・オッドマンである。

 オッドマンは大の魔法使い嫌いとして知られており、魔法科の生徒に対しても授業を利用して嫌がらせをするような、歪んだ人格の持ち主だった。

 こうして後から救済措置が設けられたのも、思いのほかに他学科の生徒が奮闘して、敗者側になってしまった騎士科の生徒を救済するためだろう。


(何たって、騎士科一年生の序列一位と二位がそろって沈んじまったわけだからな……)


「……お前もしつこいよな。ダニーラ。俺じゃなくて他の生徒に挑んだらどうなんだ?」


 レストは今しがた模擬戦で打ち倒したばかりの生徒……ダニーラに声をかけた。

 ダニーラは初日の授業で敗北して以来、事あるごとにレストに戦いを挑んでいる。

 今日もノルマとして課せられている筋トレとランニングを終えるや、木剣の素振りをしていたレストに勝負を仕掛けてきた。


「お前の実力だったら、他の奴らをすぐに倒せるだろうが。どうして、わざわざ俺を狙うんだよ」


「ハッ……あったりめえだろうが。リベンジだよ、リベンジ」


 木剣で打たれた箇所を手で抑えながら、ダニーラが立ち上がる。

 悔しそうに表情を歪めながらも、真っ向からレストの目を睨み返してきた。


「俺様がやられっぱなしで終わるわけねえだろうが! お前以外を相手にして、授業に復帰する気はねえよ! 絶対にぶちのめして地べたを舐めさせてやるから覚悟しておけ!」


 メラメラと闘志を燃やして吠えるダニーラ。

 確実に勝てそうな格下の相手を狙わないあたり、態度ほど悪い奴でもないのだろう。


「負けず嫌いだよな……まあ、そういうのは嫌いじゃないけどな」


 レストとしても、ダニーラとの模擬戦は勉強になる部分が大きい。

 ダニーラは口調や性格こそ粗雑で乱暴ではあるが、剣術は基礎にのっとった綺麗なものである。

 戦っているだけで、学べることは多い。


(オッドマンは明らかに、魔法科の生徒に対しては指導が雑だからな……ダニーラと対戦していた方が、ずっとためになりそうだ)


 模擬戦に勝利した生徒は木剣を振り、教員から指導を受ける権利を獲得するが……オッドマンは明らかに魔法科の生徒に教える気がない。

 質問をしても、雑な指導ばかりでまともに学ばせるつもりがなさそうだ。


(ス〇イプ先生だって、もっとまじめに教えてくれるぞ……露骨に差別しやがって)


 全ての騎士科の教員がそうというわけではないらしいが……オッドマンは悪い方に突き抜けている。

 これが学園物のマンガであったのならば、最終的に絶対に酷い目に遭ってざまあされるタイプの教師だった。


 もっとも、不真面目な教員であるオッドマンに文句を言う生徒は意外と少ない。

 それというのも……魔法科の生徒で『剣術』の授業を選択しているのは、貴族としての嗜みとして剣を学んでいる人間である。

 積極的に剣術を修めようとしているわけではなく、『剣を学んだ』という既成事実だけを求めていた。

 つまり、『剣術』の授業を選択した時点で「自分は剣を学んでいます」と口に出せるので、あえて教員に盾突くことはしなかった。


(オッドマンもそれがわかっているから、指導の手を抜いているんだろうな……どうせ真面目に学ぶつもりはないだろうから、単位だけ与えておけばそれで良いと思ってるんだろうな……)


「そうだ……お前、今日は生徒会室に行くのかあ?」


 ふと、思い出したようにダニーラが訊ねてきた。


「今日は大事なミーティングがあるから参加するようにって、兄貴が言ってたぜ。お前も聞いてるだろ?」


「ああ、聞いている。俺もいくよ」


 あれから、生徒会長であるアンドリュー第二王子に生徒会執行部に入ることを伝えていた。

 そして、驚くべきことにここにいるダニーラも同じく、執行部のメンバーだった。

 生徒会役員の一人であるユースゴス・ベトラスがダニーラの実兄らしく、その縁でメンバー入りしたらしい。

 ダニーラは一応、騎士科一年生で二番手の実力者であるとされている。

 ただのコネというわけではなく、相応の実力者であると認められているのだろう。


(もっとも……序列一位は入っていないんだけどな)


「待ってくれ、私ともう一度勝負をしてもらいたい!」


「来るな寄るな触るな近づくなっ! 女が僕に関わるな!」


 グラウンドの少し離れた場所では、騎士科一年生のトップであるはずの男が喚き散らしていた。

 ヴィルヘルム・リュベース。

 入学試験で騎士科のトップを取ったという生徒である。

 リュベースの後ろにはユーリの姿があり、何故か彼のことを追い回していた。


「以前の戦いでは不完全燃焼だったからな! 今日こそは決着をつけてもらうぞ!」


「僕に構うな! お前みたいな痴女と二度と戦うものか!」


 早々に勝者側の生徒を模擬戦で倒して授業に復帰したリュベースであったが……あれから、ユーリに追いかけられている。

 前にユーリとリュベースが戦い、ユーリが勝利したのだが……その結果に勝者であるはずのユーリが満足しておらず、再戦を挑んでいるのだ。

 どうやら、女性嫌いらしいリュベースはそれが嫌で逃げ回っていた。


「……ある意味、仲が良いんだろうな」


「チッ……リュベースの奴、女とイチャつきやがって……アイツもいずれ叩きのめしてやるからな」


「イチャついているという雰囲気じゃなさそうだけどな……」


 忌々しそうに舌打ちしているダニーラに肩をすくめて、レストは手にしていた木剣を軽く振った。

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