第195話 推している子は受け入れる

 レストがユーリを相手に謎の敗北を味わっている一方。

 二人が宿泊している宿屋から少しだけ離れた場所、東の開拓村の中心にある建物の一室にて、一人の少女が溜息を吐いている。


「はふう……」


 紅潮させた頬に手を添えて、瞳を潤ませながら溜息を吐いているのはウルラ・ラベンダー。

 ラベンダー辺境伯家の嫡女であり、開拓に着手しているラベンダー家の人間の責任者である人物だった。

 ウルラがいるテーブルにはレースの付いた布が敷かれており、そこには透明の水晶玉が置かれている。

 水晶玉に映し出されているのはレストの姿。

 朝っぱらから、ユーリとイチャイチャと朝食を食べていた。


「はうふ……今日もきれい……」


「…………」


 そんなウルラの後ろに一人の女性が控えている。

 二十代半ばほどの年齢の彼女はウルラの従者をしており、幼い頃から甲斐甲斐しく面倒を見ていた。

 これまで、名前が出ることはなかった彼女はアーリー・パープル。ラベンダー辺境伯家に仕えている陪臣である家の出身。

 ウルラの父親……ラベンダー辺境伯家の次期当主になるはずだった男の幼友達。

 彼が行方不明になり、母親である女性が逃げ出して……復讐の鬼である祖父以外に肉親がいなくなったウルラにとっては、実の姉にも近い存在である。


「お嬢様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「はあん……」


「慕っている男性が他の女性と一緒にいるのを見て、何が楽しいのでしょうか?」


 返事が来ないのを承知の上で、アーリーが訊ねる。


 少し前から……ウルラはレストという男性に執心していた。

 それは祖父の支配的な教育によって人形のようだったウルラにとって、初めての執着。初めての激情。

 ウルラを案じているアーリーとしては、基本的にその変化を好ましく思っている。

 問題があるとすれば……相手の男性に婚約者がいること。

 さらに、婚約者以外にも親しくしている女性がいるようだ。

 いまだにレストと顔見知り以上の関係を築いておらず、年齢的にも離れているウルラにとっては大きなアドバンテージを取られている。


「ない……受け入れる、推し」


「はい」


「全て。受容……きれいだから」


「なるほど、そういうことですか」


 ウルラが水晶玉から顔を上げることなく、告げる。

 説明とはとても思えないような単語の羅列であったが……アーリーはそれに容易に理解を示した。


「つまり……推しである人間のあるべきままを受け入れることが愛情であると。自分がこうあって欲しいという在り方を押しつけるものではない。大切なのは彼が幸福であることであり、そのために祈ることが信者であると仰りたいのですね?」


「そう」


 アーリーの言葉にウルラが短く答えた。

 ある意味では通じ合っている二人に、長々とした説明など不要なようである。


「きれい……とてもきれい。広がっている……」


「さようでございますか。それはよろしいかと」


「良い……とても、よい……」


 水晶玉の中では、レストとユーリが一緒に食事を摂っている。

 レストは何故か渋面であったが……二人の間には付き合いは長くなくとも、確かな絆か感じられた。


「……好き…………」


「……それは良いですね。素敵なことにございます」


 不毛な恋をしているようにも見えるのだが……それを否定することはしない。

 もしも『不毛』という言葉を使うのであれば、これまでのウルラの生活がそうだ。

 ウルラの祖父であるルーザー・ラベンダー六世は『敗北者ルーザー』の名前と共に、東の帝国に対する憎悪を継承している。

 彼にとって、子供や孫は復讐の道具に過ぎない。

 ルーザーによって良いように扱われて使い潰されるよりも、現在のように病的な恋をしている方がまだマシだった。


「お嬢様、朝食を用意いたしました」


「ン……!」


 アーリーが運んできたのは、レストが食べているのと同じメニューの朝食である。ご丁寧に、紅茶の銘柄も一緒だった。


「……一緒、食べる」


「はい。同じメニューの料理を食べれば、彼と一緒に食事を摂っているような疑似体験ができる。喜んでいただき光栄です」


「ん……えらい」


 ウルラがパクパクと食事を口に運んだ。


「…………」


 レストと同じ順番、同じタイミングで料理を食べているウルラを見て、アーリーは無言で目頭を押さえたのであった。

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