第84話 侯爵家のお仕事です

 その日、レストは学園の授業を休んで王国北部にあるバレリー伯爵領へとやってきていた。

 目的は義父(予定)であるアルバート・ローズマリーの仕事の手伝い。

 バレリー伯爵領を中心に毎年のように出現する『ローカスト・インプ』という名前の魔物を退治することである。


 ローカスト・インプは畑を荒らす農家の敵だ。食物の収穫前に現れては作物を食い荒らし、大きな被害をもたらしていた。

 広大な穀倉地帯を有しているバレリー伯爵領では毎年、この魔物が大量発生している。

 そのため、領地が近くて多くの魔術師を擁しているローズマリー侯爵家に救援を求めているのだ。


『ローカスト・インプを退治する見返りに、安値で穀物を仕入れさせてもらっている。持ちつ持たれつという奴だな』


 ……というのが、ここに来るまでにアルバートから受けた説明である。

 そのため、レストは学園に申請して公休を取り、アルバートやディーブルらと一緒にバレリー伯爵領へとやってきたのだ。


 ちなみに……貴族の子弟が大勢通っている学園において、領地や家の都合で公休を取ることは珍しくない。

 教員もその辺りのことはわかっているので、事前申請しておけば出席扱いにされ、親切な教員であれば授業内容をまとめたプリントを渡してくれる。


「撃て!」


 アルバートの指示を受けて、茂みに隠れていた魔術師達が一斉に魔法を撃つ。

 人数は二十人弱。魔法使いの名門であるローズマリー侯爵家が有している私兵だった。

 普段は領地にいるのだが、有事の際にはアルバートの指揮の下で駆り出されている。


「ギャギャーッ!」


「よし、その調子だ! このまま殲滅するぞ!」


「「「「「ハッ!」」」」」


 アルバートの指示を受けて、茂みに隠れていた魔術師が飛び出した。

 魔術師達が次々と魔法を放っていき、畑を荒らしていたローカスト・インプを倒していく。

 群れを成して畑を食い荒らしていたローカスト・インプであったが……魔法による襲撃を受けて、散り散りになって逃げようとする。


「レスト君! 先に行け!」


「わかりました……【身体強化】、【加速】!」


 レストが魔法で肉体を強化させ、飛び込んだ。

 二つの強化魔法の重ね掛けによって飛躍的に上昇した脚力で地面を蹴り、一気にローカスト・インプとの距離を詰める。


「ギャ……」


「【風装ウィンドウェア】!」


 ローカスト・インプの一体が断末魔の叫びを上げる間もなく、レストの手刀によって首を斬り落とされる。

 風を纏い切断力を得た手刀は切れ味抜群のナイフのような攻撃力を持っていた。一瞬でローカスト・インプを絶命させる。


「フッ! ヤアッ!」


 二匹、三匹、四匹と次々にローカスト・インプを仕留めていく。

 そこで遅れてやってきた味方が到着してきて、敵味方が入り混じる乱戦となった。


「【風刃】!」


「【土槍】!」


 広大な畑のあちこちで、逃げまどうローカスト・インプとローズマリー侯爵家の魔術師達との戦いが生じていた。

 ローカスト・インプは戦闘能力は低いので返り討ちにされる心配はないだろうが、代わりに繁殖力が強い。

 ここで逃がせば、また大量発生を許してしまいかねない。


「【気配察知】、【増幅】」


 レストは周囲の気配を探る魔法を強化させ、半径三百メートル近くまで感知範囲を広げる。

 脳が処理できる情報量ギリギリまで広げた感知範囲の中から、味方の目を逃れて逃げようとしているローカスト・インプを見つけ出す。


「こっちか……!」


「ギャギャッ!?」


 姿勢を低くして隠れていたローカスト・インプを見つけ出し、頭部を切断した。

 同じように隠れ潜んで逃げている敵を補足して、次々と狩っていく。

 一時間もしないうちに戦闘は終了した。ローカスト・インプの大部分が駆逐されて、広大な畑に静けさが戻ってくる。


「よし……戦闘終了だ。みんな、お疲れ様!」


 アルバートが両手を叩いて、味方の魔術師を労った。

 周囲から安堵の声が上がり、アルバートの周囲に魔術師達が集まっていく。


「フウ……終わりましたな」


「今年は量が多いからどうなることかと思いましたが……意外と簡単でした」


「逃がさずに狩ることができたのは婿殿のおかげでは? さすがはディーブルさんの弟子だ」


 魔術師の何人かがレストに歩み寄ってきて、肩を叩いてくる。


「お嬢様達が急に相手を見初めたから、どんな相手かと思ったが……やるではないか。見事だ」


「ありがとうございます」


 称賛してくる年配の魔術師に、レストは素直に礼を言った。


 レストがこの場に駆り出された理由の一つは、彼らとの顔合わせもある。

 ローズマリー侯爵家は王都と領地にそれぞれ屋敷を持っていた。ヴィオラとプリムラが暮らし、レストが執事見習いとして雇われていたのは王都にある屋敷である。

 領地の方は基本的に代官に任されており、時折、アルバートや妻のアイリーシュが戻って管理していた。

 この場にいる魔術師はいずれも領地に置かれている私兵であり、レストとはこれまで会う機会はほとんどなかったのだ。


「フン……平民のくせに」


 多くの魔術師がレストの魔法を称賛する中、一部、不機嫌そうな顔をしている者もいた。

 その多くは年齢の近い男の魔術師である。

 彼らはレストの活躍を面白く思っていないようで、不服そうに舌打ちをしていた。


「さて……皆、ご苦労だったな。これで今年のローカスト・インプの討伐は完了だ。おかげで盟友であるバレリー伯爵家との義理を果たすことができた。礼を言う」


 アルバートが再び手を叩いて、配下の魔術師らに言う。

 その傍らには、いつの間にか執事服の壮年男性……ディーブルが控えていた。


「私はここにいるディーブルと一緒にバレリー伯爵に挨拶をしてから、ローズマリー侯爵領に帰還する。皆は先に戻っていて欲しい。褒美は後で渡すので安心してくれ。もちろん、帰りの馬車代も支払うが……金が惜しいのなら身体強化で走って帰っても良いぞ?」


 魔術師の間から笑いが生じた。

 アルバートは入り婿という立場ではあるものの、配下の魔術師からは慕われているようだ。


「それじゃあ、また後で……解散」


 これで仕事が終わりのようだ。

 ローズマリー侯爵家にまた一つ、貢献することができた。

 レストは安堵の息を吐いてから、アルバートに言われたようにローズマリー侯爵家の領地に帰還することにした。

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