第153話 クロッカス公爵家の話し合い

「……と、いうわけだ。セレスティーヌ、お前はどうしたい?」


「…………」


 クロッカス公爵家の屋敷にて。

 父親が重々しく告げた内容に、セレスティーヌはそっと目を閉じて考え込む。


「そうですか……私がレストさんと……」


 父親から打診されたのは、クラスメイトにして友人であるレスト・クローバーとの縁談についてである。

 レストは先の内乱にて大きな活躍をした。それこそ、伯爵という身分と領地だけでは報酬として釣り合わないほどに。

 レストのことを今後もつなぎ止めておきたい王家は、王族の血を引く娘であるセレスティーヌとレストを婚約させることを考案した。

 セレスティーヌはつい先日まで、王太后と祖父が結んだ魔法契約によってローデル・アイウッド第三王子と婚約をしていた。

 ローデルが反乱を起こした罪によって毒杯を賜ったことで婚約が破棄となり……その矢先に、今回の婚約である。


「……わかりました。受けましょう」


 セレスティーヌはそれほど考え込むこともなく、そう返答した。


「良いのか? 王家も無理強いはしないと言っていたぞ?」


「おかしなことを仰いますわ。それならば、そもそも話を持ち込まなければ良かったものを」


「それは……」


「私はクロッカス公爵家の娘として、国のため、家のために嫁ぐ義務があります。最初から断るという選択などあるわけがないでしょう?」


「……すまぬ」


 諦観ともとれる言葉に、クロッカス公爵が頭を下げた。

 自分の娘に生まれなければ、公爵家の令嬢に生まれなければ、セレスティーヌはもっと自由な人生を送ることができただろう。

 ろくでもない王子と婚約して尻拭いをさせられ、それが終わったと思ったらすぐに別の男と政略結婚。

 これでは、まるで王家の都合の良い道具ではないか。


「何を悲観していらっしゃるのですか。不幸になると決まったわけでもあるまいに」


 セレスティーヌが苦笑した。

 セレスティーヌは公爵ほど、今回の話をマイナスには受け取っていなかった。

 婚約の相手であるレスト・クローバーは現在、王国においてもっとも出世株と目されている男性である。

 多くの令嬢がレストの妻や愛人になろうと、接触を試みていると聞く。

 王家が仲立ちとなって婚約を持ちかければ、レストが断ることはあるまい。


(むしろ、幸運なことでしょうに……どうせ、家格の釣り合う殿方はもう残っていないのですから)


 年齢が近く、それなりに身分の高い男性にはすでに婚約者がいる。

 例外といえば、第二王子であるアンドリュー・アイウッド第二王子だが……セレスティーヌは知っていた。

 アンドリューには婚約者はいなくとも、好き合っている相手がいるということを。

 王家から認められることのない相手と道ならぬ恋をしており、セレスティーヌとの婚約など望んではいないだろう。


(それに……私がアンドリュー殿下と婚約することがあれば、この国のパワーバランスが崩れてしまいます)


 もしも第二王子であるアンドリューと筆頭貴族家の娘であるセレスティーヌが結ばれたら、王太子であるリチャード・アイウッドを脅かすことになりかねない。

 ただでさえ、内乱の後で政治不安があるというのに……すでに次期国王として内定している王太子の地位を揺らがせるわけにはいかなかった。


「……やはり、私にとってもっとも良い選択でしょうね。レストさんの妻になるというのは」


「だが……おそらく、お前は正室にはなれない。側室となってしまうだろう」


 クロッカス公爵が辛そうな表情をしている理由はそれである。

 セレスティーヌがレストと婚姻した場合、彼女は側室になってしまう。

 何故なら……すでに彼はローズマリー侯爵家の姉妹と婚約しているのだから。

 家格だけならばクロッカス公爵家の方が上だが、後から割り込んできたセレスティーヌが正室の座を奪ってしまえば、ローズマリー侯爵家との間で遺恨が生まれてしまう。

 王統派閥の有力者であるクロッカス公爵家とローズマリー侯爵家が対立するわけにはいかない。


「私は別に構いませんわ。正室も側室も肩書でしかありませんから。幸い、継ぐべき領地はいくらでもありますからね」


 正室と側室の間で対立が生じる原因として、子供が家を継げるかどうかという問題があるが……レストは未開の領地を過分なほどに持っており、受け継ぐべき土地はいくらでもあった。

 本家・分家に拘らなければ、子供の将来に不安はない。


(レストさん……クローバー伯爵家が力を持ち過ぎるのも王家は不安視するでしょうし、子供達に領地が分散された方がお互いに良いでしょう)


「私はヴィオラさんともプリムラさんとも親しくしていますし、結婚後も仲良くやっていけるでしょう。ですから……お父様もそのように暗い顔をなさらないでくださいませ」


「……すまない」


 今日の父親はよく謝る。

 顔色も悪く、終始、申し訳なさそうな顔をしていた。

 セレスティーヌは珍しいこともあるものだと苦笑しつつ、さて、今回の話をレスト達にどのように持ちかけようかと思案したのである。

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