第66話 授業が始まりました


 王立学園の授業は学科ごとの必修科目と選択科目に分かれている。

 魔法科の必修科目は『魔法総論』、『魔法修得』、『薬草学』、『魔法史』、『魔物学』、『魔法実技』の六つ。

 選択科目として、『錬金術』、『魔法医学』、『結界術』、『天文学』、『魔法生物学』、『占術』、『古代言語』などがある。

 その他にも別の学科の授業を選択科目として履修することができ、さらに『ダンス』や『淑女教育』、『礼儀作法』などの貴族として必要になる嗜みを教えてくれる授業もあった


 レスト達が最初に迎えることになった授業は『魔法総論』。魔法科にとっての必修科目の一つである。


「改めて自己紹介をするが……私がAクラスの担任にして、『魔法総論』および『魔法実技』を担当することになるネフィリィ・カーダーだ! Ms.カーダー、あるいは『Momマム』と呼ぶが良い!」


 Aクラスの教室に現れたのは担任教師である女性……Ms.カーダーである。

 入学式の日に開かれたガイダンスでも会った、亜麻色の髪を頭の後ろで結った気の強そうな顔立ちの女性教員である。


「この私が担任教師となったからには、これからビシバシといかせてもらう。不出来な生徒は期末テストを待たずしてBクラス落ちもあると思え!」


 クラス分けは基本的には入学試験、期末テストの結果によって決まるが、担当教師の裁量によって昇格・降格が行われる場合もある。

 どうやら、Ms.カーダーはかなり厳しいタイプの教員のようだった。


「それでは授業を開始するが……ルイド・ジスタル、起立!」


「へ? お、俺っ!?」


 Ms.カーダーが教鞭で一人の生徒を指した。

 アクビを噛み殺していた男子生徒が慌てて立ち上がる。


「これより魔法総論について話すわけだが……一般的な魔法学における五大魔法について述べてみろ!」


「あー、えっと……」


 不意打ちで指されたことへの動揺もあったのだろう。

 問われた内容は入学試験にも出た基本的な問題だというのに、アタフタとするばかりで答えることはできなかった。


「減点一。Bクラス落ちに一歩近づいたぞ」


「そ、そんなあ……」


「それでは……プリムラ・ローズマリー! 答えてみろ!」


「はい、わかりました」


 次に名指しされたのはレストの横に座っていたプリムラである。

 プリムラは慌てることなく落ち着いた所作で立ち上がり、軽く息を吸って吐いてから回答した。


「元素魔法、生体魔法、物体魔法、召喚魔法、信仰魔法の五つです」


「よろしい、正解だ」


 プリムラが落ち着いて答えると、Ms.カーダーが頷いた。


「火や水などの属性を使用する『元素魔法』。肉体の強化や治癒を行う『生体魔法』。岩や金属など無生物に干渉する『物体魔法』。異界より呼び出した魔法生物を使役する『召喚魔法』。神や天使、精霊などの信仰対象に魔力を捧げて対価として奇跡を起こす『信仰魔法』。これが現代魔法において基本とされている五大魔法である。これらの魔法以外にも、薬や魔道具を作成する『錬金術』や空間に干渉する『結界術』なども併せて覚えておくように」


 Ms.カーダーがギロリと教室全体を睨みつけて、今度は別の生徒に目を止める。


「それでは、ジュエル・イーズル。五大魔法のうち、この学園の魔法科で学ぶことになる魔法を全て挙げてみせろ!」


「はい……元素魔法、生体魔法、物体魔法の三つです……」


 気の弱そうなメガネの女子生徒が恐る恐るといったふうに回答する。


「ウム。それでは他の二つがどうして魔法科の授業で取り扱われないのか理由はわかるか?」


「えっと……信仰魔法は神官科で学ぶ魔法だからです。召喚魔法は失敗すると危険な魔法生物が現れることがあるため、特別に許可を得た人間しか使用できないから……ですよね?」


「よし、正解だ。それでは、召喚魔法の失敗によって起こった魔法災害について……レスト、答えてみろ」


(来た……!)


 レストは息を呑みつつ、立ち上がった。

 それなりの難問だったが……試験勉強の際に学んだところでもある。


「千五百年前、古代ディアモンド王朝で隣国との戦争のためにデーモンを召喚したところ、現れた悪魔の軍勢によって一晩で首都が滅ぼされたという話があります。最近では、二十年ほど前にガイゼル帝国内にある研究施設が正体不明の炎上。研究員が残らず焼死するという事件が起こりました。詳細について帝国は公開していませんが、近隣住民が炎の巨人を目撃しており、召喚魔法の失敗が原因ではないかと示唆されています」


「よろしい。その通りだ」


 回答がお気に召したらしい。

 Ms.カーダーが満足げに口端を吊り上げる。

 レストは安堵の息を吐いて、椅子に座った。


「召喚魔法に限らず、魔法が失敗することで術者本人が怪我をすることは珍しくもない。そういった被害を防ぐうえでも、魔法の根幹に当たる部分について頭に叩き入れておくことは有益なことだ。魔法総論は基本的な部分が多いため軽視されることもあるが、基本であるがゆえに重要なことであると忘れないように」


 Ms.カーダーが教鞭で黒板を叩くと、教科書を開いた。


「それでは、授業を続ける。教科書の十ページを開け」


 ようやく、授業開始のための前置きが終わったらしい。

 Ms.カーダーが本格的に授業を始めて、生徒達は板書された内容をノートに写していく。

 かなり厳しい教員のようだったが……Ms.カーダーの教え方はわかりやすく、生徒に退屈させないものだった。

 レスト達は緊張の中、学園入学してから最初の授業を終えたのだった。

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