第228話 なぞなぞです

 王太后の別荘は海からほど近い場所にあった。

 近くには漁村があり、百人ほどの人間が生活している。

 丘の上に建てられたその建物は二階建てのレンガ造りではあるものの、かつて権勢を誇った王太后が暮らしていたとは思えないほど寂れていた。


「ここに王太后陛下が……」


「王太后陛下は地元では名士として慕われており、近隣の漁村のために私財を投げ打っていたようですわ」


 コケが生え、ツタで覆われた建物を見上げるレストに、セレスティーヌが説明をする。


「漁船や網などを無償で提供して、不漁の年には金銭的な援助をして……漁村の人々からは、とても慕われていたようです。おかげで、彼女の死後もこちらの別荘は荒らされることなく残っていました」


 セレスティーヌが別荘の入口に近づき、扉を撫でる。

 すると……扉の表面に淡くにじむような光る文字が浮かび上がった。


「もっとも……荒らされていなかったのは、これのせいかもしれません。魔法による防衛装置です」


 扉には何か文字が刻まれていた。

 それはレストも知っている、この世界の一般的な言語である。


『ネズミの頭、シシの尾を持つこの獣。獣に交われないのは、さてなあに?』


「……なぞなぞ?」


「そうみたいですわ……扉に触れた状態でこの問いに答えなくては、別荘の中に入れないようです」


 セレスティーヌは二階建ての別荘を見上げる。


「クロッカス公爵家の魔術師にも見てもらいましたが……この別荘は扉の問いに答えなければ入ることができず、無理矢理に入ろうとすれば、建物そのものが崩落してしまうようです。壁や柱に結界術を応用させた魔法が刻まれているようですわね」


「ボロボロに見えて、ちゃんとセキュリティはされているわけか……」


 確かに……目を凝らしてみると、壁や扉に結界術の刻印が刻まれているのがわかった。かなり高度な術式だ。レストが知らない魔法である。

 至高の結界術士であるジャラナ・メイティスならばあるいは、解析して解除することも可能かもしれないが……少なくとも、レストには無理な芸当だった。


「導師は忙しいだろうし、絶対に来てくれないだろうな……なぞなぞを解くしかないわけだ」


「はい……ただ、私や他の者がいくら考えても、こたえがわからなかったのです」


「セレスティーヌ嬢に解けないのなら、俺にも無理な気がするけどね……」


 動物の名前とかを当てずっぽうで答えていっても良いかもしれないが……魔法によるセキュリティだ。

 失敗した際、何らかのペナルティが発生する可能性もある。

 それがわかっているから、セレスティーヌも迂闊に手を出すことができなっかったのだ。


(パスワード式の扉……あえて扉になぞなぞを書いてあるということは、コレが解けたら入っても良いってことだよな?)


 単純に誰にも入って欲しくなくてパスワードを設定しているのなら、あえて文字に書く必要はない。

 誰にも、パスワードを教えなければ良いのだ。


(そうなると、この問題だって解くことができるようにできているはずだ……でも、学年主席のセレスティーヌ嬢にも解けない問題をいったい誰に……?)


 いや……もしかすると、特定の人間にだけ解ける問題なのではないか。

 そうだとすると、これを解く鍵は……?


「あ……」


 レストはふと思いついた。

 もしも王太后が予想通り、日本からの転生者であるとすれば……同じく転生者でなければ解くことができない謎にしているかもしれない。


「ねずみ……しし……そうか!」


 レストは答えにたどり着いた。

 会心の笑みを浮かべながらセレスティーヌの横を通り、扉に触れる。


「~~」


 そして……思いついた答えを口にした。


「あ……」


 セレスティーヌが小さく声を漏らす。

 固く閉ざされていた扉がいとも簡単に開いたのだ。

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