第28話 奥様が帰ってきました
「アイリーシュ様……ですか?」
「はい。ローズマリー侯爵夫人にして、二人のお嬢様の母君である御方が帰ってこられます。もうじき屋敷に到着されることでしょう」
とある朝のこと。
執事のディーブルがレストの部屋にやってきて、そんなことを言ってきた。
「そういえば……奥方を目にしたことはありませんね。どこにいるんですか?」
「奥様は王妃様のお付きで隣国に行っていました。奥様も非常に優秀な魔法使いであり、王妃様とは学生時代からの友人なのです」
ディーブルがレストの問いに答える。
話を聞いたところ……ローズマリー侯爵家の正当な後継者は夫人の方であり、侯爵であるアルバートは入り婿のようだ。
ローズマリー侯爵家は女系の家系らしく、女子が生まれる確率が圧倒的に高いらしい。
そのため、代々外から婿を取ってきたようだ。
「ローズマリー侯爵家は魔術師の名門。魔法に長けた人材を外から取り込むことによって、栄えてきました。容姿が良い女性が生まれやすいのも当家の特徴ですね」
「…………」
何故だろう。
魔法に長けた人材という含みを込めた言い方が妙に気になってしまう。
「それはともかくとして……自分も挨拶した方が良いですよね、奥様に」
「もちろんです。奥様にはレスト殿のことは手紙で知らせていますが……とても気にされており、会いたがっていましたよ」
「そうですか……まあ、そうですよね」
年頃の娘が外から男を屋敷に連れ込んだのだ。
母親としては、どんな男なのかさぞや気になることだろう。
「わかりました。それでは挨拶をさせていただきます。貴族の女性に対する挨拶の仕方はよくわかりませんけど……」
「はい、奥様は寛大な方で礼儀作法に拘りはしないのでご安心を……おや、噂をすればですね」
ディーブルが部屋の窓に視線を向けた。
レストも外に目を向けると、屋敷の前に立派な馬車が到着する。二頭の白馬に引かれており、車体の横にはローズマリー侯爵家の家紋が刻まれていた。
「奥様のお帰りです。こちらの服を着て迎えに出ましょうか」
「わかりました」
レストは受け取った執事服に袖を通して、姿見で乱れがないか確認する。
執事服なのは表向き、使用人見習いとして屋敷に寝泊まりしているからだろう。
手早く着替えたレストが屋敷のエントランスに行くと、ちょうど侯爵夫人が玄関から入ってきたところだった。
その女性は若緑色のドレスに身を包んでおり、ウェーブがかかった金色の髪を背中に伸ばしている。顔立ちは若々しく、ドレスの上からでもわかる張りのあるスタイルだった。
(あれが二人の娘の母親って……どう見ても、二十代にしか見えないぞ!?)
姉妹の母親……アイリーシュ・ローズマリーと姉妹は非常によく似た容姿をしており、親子というよりも年の離れた姉か親戚のお姉さんといった雰囲気だった。
「お母様、お帰りなさい!」
「外遊、お疲れさまでした。お母様」
先にエントランスに来ていたヴィオラとプリムラが母親を出迎える。
娘の姿を認めたアイリーシュが表情を輝かせて、二人に抱き着いた。
「ただいま、私の可愛い娘達! 元気そうね、会いたかったわ!」
「お母様こそ元気そうで何よりだわ」
「隣国は如何でしたか? あちらは寒いとお聞きしましたけど……」
「ええ、もう雪が降っているんだから敵わないわね。まさかこの時期にコートを着ることになるとは思わなかったわ」
親子が和やかに会話をする。
そんな似通った母娘に夫であるアルバート・ローズマリーも近寄っていく。
「アイリーシュ、お帰り。君が帰ってきてくれて良かったよ」
「ええ……手紙は読んだわ。なかなか面白いことになっているみたいね」
アイリーシュが夫に微笑みかけてから、スウッと視線を滑らせる。
何かを探すような目つきが捉えたのは……少し離れた場所、ディーブルと並んで立っている執事服のレストだった。
「…………彼ね」
「あ、お母様! 紹介させてください! 彼です!」
「私と姉さんの命の恩人でレスト様です。屋敷で暮らしてもらっています」
「フフッ……まさか、二人が男を連れ込むようになったなんてね。もうお年頃ということかしら?」
アイリーシュが背筋を伸ばして歩いてきて、レストに近づいてくる。
レストはやや緊張しながら頭を下げた。
「れ、レストです! 娘さん達にはお世話になっています!」
「うん、よろしくね。こちらこそ娘が助けてもらったみたいでありがとう」
「は、はい……!」
アイリーシュの口調は穏やか、レストのことを歓迎してくれている空気があった。
(『娘にちょっかいをかけるなんて許さない』……とか言われたりはしないみたいだね)
とりあえず安堵したレストだが……直後、アイリーシュの言葉に愕然とさせられることになった。
「それじゃあ、着替えてくるから先に外で待っていなさい」
「へ……?」
「喧嘩しましょう? ボコボコにしてあげるから覚悟しておきなさい?」
「…………」
拳を握りしめて言い放つアイリーシュに、レストは思いきり顔を引きつらせることになった。
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