第288話 後始末
「やれやれ……倒せたか」
周囲から伝わってくる炎の熱に、レストは額にかいた汗を拭う。
クレイジーエイプの討伐はおおむね、計画通りに進んだ。
目の前の落とし穴には逃げてきたクレイジーエイプが沈んでおり、底に設置した土の杭に貫かれて絶命していた。
彼らを討伐するためにレストが使った戦略は『囲師必闕』。
春秋戦国時代から存在している伝統的な戦略である。
ここまで同行してくれたローズマリー侯爵家の魔術師が、クレイジーエイプの巣の四方……否、一ヵ所を除いた三方から同時に炎を放つ。
燃え盛る炎に追われたクレイジーエイプは火のない箇所に逃げ込んできたのだが、そこにはレストが魔法で作った落とし穴が設置されている。
逃げてきた勢いのままに穴に落下して、そのまま杭に貫かれることになった。
もしも、四方を完全に取り囲んで火を放っていたのなら……追い詰められたクレイジーエイプは火の壁に飛び込んで、力業で突破しようとしたかもしれない。
あえて逃げ道を残しておいたおかげで、追い立てられた彼らは罠にかかってくれたのだ。
「ジャンプで飛び越えようとした時には、ちょっとヒヤッとしたけどな……」
「私がいて良かっただろう、レスト」
ユーリがニコニコの笑顔で言う。
ユーリはレストに同行してきて、落とし穴を飛び越えようとしたクレイジーエイプを蹴り落としてくれた。
自分の三倍も体重差があるであろう大猿をよくも蹴り飛ばすことができたものだと、馬鹿力に感心させられる。
「一匹も逃がさずに始末するぞ。残党狩りだ」
念のために、【気配察知】の魔法を使用して、生き残っているクレイジーエイプを探した。
落とし穴の底で死んだふりをしている猿に魔法を撃ちこんでトドメを刺し、地面に穴を掘って地中に潜んでいる者、木の上に登って逃げようとしている者まで油断なく討伐する。
火を放ったローズマリー侯爵家の魔術師も同じように、生き残りの掃討を行っているはず。そうするように指示を出しておいたからだ。
「特に犠牲を出すことなく勝てたのは良いけど……この匂いはちょっとトラウマになりそうだな」
死体が焼ける匂いというのは、どうしてこうも鼻に障るのだろうか。
レストが気味が悪そうな顔をしながら、穴の底にいるクレイジーエイプの死体を改めて見やる。
クレイジーエイプの一体が人間の言葉を話して、命乞いをしていた。
猿が人の言葉を話したのは驚きだが……その理由に気がついてしまい、レストの胸に不快感が満ちる。
人間の言葉を話すことができたというのなら、もちろん、それを教えた人間がいたと言うことだ。
教えようと思って教えたわけではあるまい。
クレイジーエイプに捕まって、餌として食べられた人間が口にした命乞いの言葉を覚えただけだろう。
「レスト、大丈夫?」
「レスト様、ご無事ですか?」
レストのところにヴィオラとプリムラがやってくる。
二人は他の魔術師と一緒に火を放ち、追い立てる役目をしていた。
「ああ、大丈夫だ。二人も襲われなかったか?」
「ええ、問題なかったわ」
「私達のところには魔物は来ませんでしたから。ユーリさんもお疲れ様です」
「ああ、二人もお疲れ」
ユーリが手を上げて、ヴィオラとプリムラを労う。
「それにしても……簡単に終わりすぎて拍子抜けしたな。せめて、美味しそうな魔物であれば良かったのに」
「食べるなよ。猿を食べるのは危ないからな」
猿を食べるのは危険なのだ。
昔、中国には『猿脳』という文字通りに猿の脳みそを食べる珍味があったそうだが、これはプリオン病の発症などのリスクがあって、本当に危険な物だった。
詳しいメカニズムをレストは知らないが、遺伝子的に人間と猿が近いことが理由だと何かの本で読んだ気がする。
「食べないぞ。アレは不味そうだからな」
ユーリがフルフルと首を振る。
最低限の分別はあるようだ。クレイジーエイプよりは食べる物を選ぶ知恵があるようで安心した。
「それじゃあ、炎が収まったら後始末だ……死骸の処理が面倒だな」
せっかく大穴を掘ったのだから、まとめてここに埋めよう。
討伐よりも後片付けの方が大変そうだ。レストはやれやれと肩をすくめた。
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