第308話 麓への帰還

「スヤア……スヤア……」


「……朝だな」


 ワイバーン狩りに成功したレストとユーリであったが、その日はもう日が暮れていたために野営をすることにした。

 テントなどは持参していない。というよりも……案内人であるリベリーが持ってくれていた。レスト達が持っていたのは、自分達の分の食料や水など最低限の荷物だけである。

 レストは再び魔法を使ってカマクラのようなドームを作り、その中でユーリと身を寄せ合って就寝した。

 山の夜は冷えるものだが、窒息しない程度に火の魔法を使って暖を取り、体温の高いユーリが湯たんぽになってくれたおかげで凍えずに済んだ。


「ムニャムニャ……もう食べられないよ……」


「だから、ベタな寝言を……身動きが取れないな」


 ユーリがレストに引っ付いており、ぬいぐるみでも抱くようにして拘束してくる。

 たわたわ、ポヨポヨの感触があちこちに押しつけられているが……気持ち良さよりも、関節技をかけられているような寝苦しさの方が勝っていた。


「ユーリ、ユーリ! 起きてくれ。朝だぞ!」


「ムニャムニャ……」


「飯にするぞ! 朝ごはんだ!」


「ごはんッ!?」


『ごはん』というワードにユーリが飛び起きた。ちょろいものである。


「おはよう……起きたのなら解放してくれ」


「ん? ああ、そうだな。ぬくかったぞ、レスト」


「それはどうも」


「そういえば、お股のところに硬い物がくっついていたな? 骨の感触とは違う気がしたが、アレはいったい……?」


「忘れろ!」


 男の生理現象である。

 レストは顔を真っ赤にした叫んだ。


「それよりも……さっさと朝食にしよう! それが終わったら、すぐに下山するぞ!」


 憮然として言い放つ。

 グダグダしていたら、またワイバーンと遭遇してしまう。

 仲間の死体を運んでいるところを見つかって群れで襲われたら、流石に面倒である。


(返り討ちにするのは容易いかもしれないけど、何匹も倒しても持ち帰れやしないからな……)


「朝食は簡単な物で良いな? 食べたら、すぐに撤収だ」


 寝床にしていたドームから出ると、すぐ傍に同じように土が盛られている。

 崩して確認するとワイバーンの死骸。獲物を他の魔物に奪われないように土で埋めておいたのだ。


「うん、こっちも無事だな。念のため氷魔法をかけ直しておこう」


 腐敗対策をキッチリと済ませてから、朝食を摂って引き上げる。

 レストとユーリは二人で協力してワイバーンを運搬していく。

 五トンもの巨体を運ぶのは難儀したが……レストは優れた魔術師、ユーリは正体不明の怪力の持ち主である。

 レストが【浮遊】の魔法を使ってワイバーンを浮かべて、それにロープを結んでユーリに引っ張ってもらった。


「よいしょ、よいしょ」


「大丈夫か、休憩するか?」


「問題ないぞ。レストこそ魔法を使いっぱなしで問題はないか?」


「大丈夫だ……帰りは行きよりも早く帰れそうだな」


 すでにルートができているだけあって、下山はペースが速い。

 途中で何度か魔物に遭遇はしたものの……レストの魔法一発で倒せるレベルの相手ばかり。昨日のことで警戒しているのか、今日はワイバーンも飛んでいるのを見かけない。


「レスト、麓が見えてきたな」


「ああ……思ったよりも大変だったな。流石は亜竜というところか」


 一匹二匹であればどうとでもなったが、群れで同じ場所に固まっているのは面倒だった。


「これでメインの肉料理はどうにかなりそうだな……」


「他にも食材が必要なのか?」


「うーん、ローズマリー侯爵家も色々と集めてくれているだろうし、絶対に必要じゃないけど……魚料理とか酒とか、前菜の野菜とかもあった方が良いのかな?」


 どこぞのグルメマンガのようにフルコースをすべて集める必要はないだろうが……時間もあることだし、他の珍味も集めておきたい。


「そうか……お、村が見えてきたぞ」


 山の麓にある村が見えてきた。

 どうやら、無事に下山することができたようだ。


「さて……村に顔を出して、適当に食事でもしてから帰宅を……」


「親愛なる旅人よ。どうか、その魂が安らかに天に召されんことを……」


「「「「「天に召されることを」」」」」


「…………ん?」


 村に戻ってきたレストであったが……どうにも、様子がおかしい。

 村の広場に住民が集まっており、何やら一心不乱に祈っていた。


「山で命を落とした者に救済よ……登山者レスト、登山者ユーリに魂の安息があらんことを……」


「「「「「安息があらんことを」」」」」


 どうやら……村で葬式が行われているらしい。

 広場に設置された祭壇にはこの土地の土着の宗教だろうか、男女を象った案山子のような物が立たされている。


「まさか……俺達の葬式か?」


「ウウッ……ごめんなさい。私がちゃんと止めていればこんなことには……」


 レストが顔を引きつらせる。

 この村では山で人が死ぬと、こんなふうに儀式を行って見送るのだろう。

 葬式の参加者にはリベリーもいて、目尻に涙を浮かべて祈りを捧げていた。

 どうしたものかと思案するが……このままというわけにもいくまい。

 レストとユーリは村人達の前に姿を現した。


「あー、その……俺達、生きているぞ?」


「「「「「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」


 二人の顔を見るや、村人から悲鳴の声が上がった。

 彼らはまさに幽霊を見たような顔をして、ギャアギャアと大騒ぎを始めたのである。

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