第65話 公爵令嬢と友達になりました


「鋭いですね……どうして、気がついたんですか?」


 レストが驚いて目を瞬かせながら、答え合わせを求める。


「先ほど、ローデル殿下が転んだ際、教室の床に氷の破片が残っていました。状況からして、貴方がやったと考えるのが自然でしょう」


「……入学式の件については?」


「あれも同じです。周囲の人間に気づかれることなく、素早く魔法を発動させた技量……床に氷を出した人間と同一人物だと感じました。泥弾を受け止めた風の防壁が出現した場所からして、魔法を使ったのは生徒の誰か。ローズマリー侯爵家に認められるほどの方ですから、貴方が優れた魔法使いであることは想像に難くありません」


「なるほど……」


 話を聞いてみれば、簡単な理由である。


「もしかして……ローデル殿下も気づいているんでしょうか?」


「いえ、あの方は気づいていないと思います。気づいていれば、間違いなく貴方に直接文句を言ってきたはずです」


 セレスティーヌがわずかに目を伏せて、暗い表情になる。


「そもそも……彼は自分におべっかを使ってくる人間、それと見目麗しい女性にしか興味がありませんから。貴方の顔すら認識していないかもしれませんわ」


「…………最低」


「…………ですね」


 ヴィオラとプリムラが軽蔑しきったような顔になる。

 二人がこんな顔をするのは、セドリックについて話している時くらいだろう。


(ローデル殿下がセドリックの上位互換なのは間違いないな。クズ度も上がっているような気がするし、権力がある分だけ厄介だな……)


「そもそも、王家はどうしてあんな王子を放任しているのかしら? さっさと廃嫡して平民落ちにでもしてしまえば良いのに!」


 ヴィオラが聞きようによっては不敬とも受け取れる言葉を吐く。

 ここが個室でなければ、レストが慌てて口を塞いでいたところである。


「それは私も思っていました……国王陛下は善良な方で、あまり人前に立って目立つ場面こそ少ないですが、聡明であらせられると聞いています。どうして、そんな国王陛下がローデル殿下に何の対処もしないのでしょう……?」


 プリムラもまた、姉ほど口は悪くないが似たようなことを言う。

 それはレストも思っていたことである。

 当代の国王は戦で活躍したといった武勇伝こそないものの、国を乱すことなく、穏やかに統治してきた人物だ。

 それなのに、どうしてローデルという火種を見逃しているのだろうか?


「もしかして、身内に甘い人だったりするのかな? 実の息子だから厳しくできないとか……?」


「いえ、そんなことはありませんわ」


 三人の疑問にセレスティーヌが答えた。


「国王陛下は穏やかな気質の方ですが、だからといって身内の不祥事を見逃すような甘い方ではありません。ローデル殿下についても、本当は廃嫡したがっているはずです」


「『したがっている』……つまり、したくても出来ない事情があるんですね?」


「ええ……非常に遺憾なことに、ローデル殿下には二つの後ろ盾があります。そのせいで国王陛下も廃嫡のような決定的な処分ができないのです」


「二つの後ろ盾……?」


 レストがヴィオラとプリムラを一瞥するが、姉妹はそろって首を横に振る。

 どうやら、二人も心当たりがないようだ。


「まずは王太后陛下の御威光。ローデル殿下は今は亡き王太后陛下の寵愛を受けており、それが今もなお守っているのです」


「王太后陛下……とても人望溢れる御方だと聞いていますけど……」


「ええ、とても……異様なほどにカリスマのある方です」


 おずおずとしたプリムラの言葉に、セレスティーヌが苦々しい表情で頷いた。


「王太后陛下……国王陛下の母君にあたるその人は非常に人心掌握に長けており、私達の祖父世代の男性をこぞって虜にしたそうです。ほんの少し話をしただけで相手の男性を自分の味方に付けることができたそうですわ。王太后陛下はローデル殿下のことをとても気に入っており、『自分が死んだ後は守ってあげて欲しい』と信奉者の男性達にお願いしていたのです」


 セレスティーヌが物憂げに溜息を吐いて、話を続ける。


「私の祖父も王太后陛下の信奉者の一人。私がローデル殿下の婚約者になったのもそのせいです」


「王太后陛下のシンパが邪魔をして、ローデル殿下を追い出せないってことですか?」


「ええ、その通りですわ。私の祖父はすでに隠居させて、領地の端で蟄居させていますが……今もなお貴族社会で力を持っている方も多い。彼らはローデル殿下を支持しており、国王陛下が厳しい処置を取ろうとするのを邪魔しているのです」


「少し話をしただけで味方につける、ね……まるで魅了だな」


 魅了の魔法なんてものは聞いたことがないが、ファンタジーの世界である。そんなものが実在してもおかしくはなかった。


「それで……もう一つの後ろ盾とは何でしょうか?」


 プリムラが訊ねると、セレスティーヌは窓の外……東の空を指差した。


「我が国の友好国……東の国、ガイゼル帝国です」


「…………!」


 ガイゼル帝国。

 その言葉に三人が驚きに目を見開いた。


 ガイゼル帝国はアイウッド王国の長年の友好国であり、北方の蛮族との戦いでは協力して脅威に立ち向かってきた。

 その友好関係は百年を越えており、貿易も盛んに行われている。


「ローデル殿下の母君である側妃様は帝国の出身なのです。ローデル殿下を処分するようなことがあれば、帝国と緊張状態になってしまいます」


「だ、だけど……帝国は長年の友人よね? そんなことくらいで関係が壊れるだなんて……」


 ヴィオラが恐る恐るといったふうに考えを述べるが、セレスティーヌは残念そうに首を振った。


「確かに、帝国は長い付き合いの同盟国です。ただ……最近、どうにもあの国の情勢が怪しいのです」


「……どういうことですか?」


「王位継承権を有した人間が何人も不審な形で命を落としていて、継承順位が低かったはずの末の皇子が急速に勢力を伸ばしています。おまけに、その皇子が周囲に固めているのは戦争を望んでいる過激派の貴族ばかり。もしも当代の皇帝陛下が倒れ、その皇子が後継者になろうものなら……」


「……我が国に攻め込んでくるということですか?」


「その可能性もある……だから、ローデル殿下を廃嫡して帝国を刺激したくないということです。そうでなければ、国王陛下はとうに殿下を処分していたことでしょう」


「…………」


 レストは黙り込む。


 どうして、あんな馬鹿王子が放し飼いにされているのかと疑問に思っていたが……そんな事情があったのか。

 ローデルを切れば、国内にいる王太后の信者が黙っていない。さらに国外のガイゼル帝国をも敵に回しかねない。

 内憂外患をもたらす大きな爆弾……それがローデル・アイウッドという人物なのだ。


「とはいえ……国王陛下もクロッカス公爵家も、いつまでもローデル殿下に好き勝手させるつもりはありません。国内にいる王太后陛下の信奉者を排除して、外交関係を落ち着かせることができたら、即座にローデル殿下には厳しい処置をとるつもりです……間違っても、あの御方を王にするようなことはありえませんわ」


「……話はわかりました。ですが、どうしてその話を自分達にしたんですか?」


 それなりに難しい国際情勢なども混じっていた。

 ただの学生でしかないレスト達に教えても良いことなのだろうか?


「父からは許可を得ていますわ。信頼できそうな方になら話しても良いと」


 セレスティーヌがレストとローズマリー姉妹の瞳を順番に見つめる。


「ローズマリー侯爵家は魔法の名家であり、当代の宮廷魔術師長官の家でもあります。宰相を務めるクロッカス公爵家と同じく、これからの世代を支える王国の柱です」


「…………」


「私達が密に情報を交換して手を取り合うことにより、次代のこの国を守っていけるようにしたいのです。国の未来は私達にかかっているのですから」


「…………大袈裟、というわけじゃないんだろうな」


 レストは何事も無ければ、ローズマリー侯爵家に婿入りすることになっている。

 権力を持つ、責任ある立場に立つというのは、こういった様々な厄介事を背負うことでもあるのだろう。


(セレスティーヌ嬢にはこれからも世話になるだろうし、味方になっておいた方が良いよな……)


 レストが小さく溜息を吐いて、ヴィオラとプリムラに目配せをする。

 二人とも無言ではあったが、目で肯定を返してくれた。


「はい、こちらこそ喜んで。王国の未来と自分達の平穏のために協力していきましょう」


「ありがとうございます。もしもローデル殿下から何かされるようでしたら、私とクロッカス公爵家の名前を出していただいても構いません。これからよろしくお願いします……」


 セレスティーヌはレストに手を差し出した。

 この場にはヴィオラとプリムラもいるというのに、未来の侯爵であるレストのことを立ててくれたらしい。

 姉妹も当然だとばかりに「うんうん」と頷いている。

 レストも右手を出して、セレスティーヌと固く握手を交わした。


「それじゃあ、食事にいたしましょう。もうお昼を過ぎてしまいましたね」


 セレスティーヌが店員を呼んで、料理を運ばせる。

 その後、レスト達はカフェレストランでランチを堪能したが……考えることが多かったこともあり、味はよくわからなかった。

 確かなのは、これから先のアイウッド王国が色々と大変であること。

 そして……厄介な未来に立ち向かうために心強い味方が一人できたということである。

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