第106話 魔物を狙撃します

 時間はわずかに遡る。

 救助部隊の隊長であるユグルートと別れたレストは、狙撃によって平原の魔物を駆逐していた。


「【石弾】」


 レストが放った魔法が勢いをつけて飛んでいき、数百メートル向こうの魔物を撃ち抜いた。五百メートルほど離れた距離にいた魔物が頭部を狙撃され、地面に倒れて絶命する。


 本来、この魔法にそこまでの威力と射程距離はない。

 しかし、レストは【圧縮】の魔法によって生み出した石をさらに硬く固めて、形状も細長い円錐状にして。

 それを【加速】の魔法で撃ち出すことによって、本来よりも遥かに高い威力と射程距離を引き出していた。


 望遠スコープは存在しないものの……【気配察知】の魔法によって代用している。

【気配察知】は魔力を込めれば込めるほどに範囲を広げることができるのだが……レストの魔力量は無限である。その気になれば、探知範囲を十キロでも百キロでも広げることができるのだ。

 ただし、範囲を広げ過ぎれば頭の中に流れ込んでくる情報量が増えてしまい、脳の回路が焼き切れかねない事態になる。

 そのため、レストは索敵範囲を一キロほどまで広げながら、情報の精度をあえて落とすことによって脳のパンクを防いでいた。


(【気配察知】には人間や魔物の気配だけではなく、虫や小動物、植物の気配も感知することができる。その気になれば、気配の主が知り合いかどうか、男性か女性か、年齢や魔力量だって把握可能。だが……今回はあえて索敵する対象を人間と魔物だけに絞って、取得する情報も位置と大きさのみに制限する。これなら一キロ以上の範囲まで感知を広げてもどうにか耐えられる……)


 人間と魔物の位置を把握したら、あとは魔法を撃つだけである。

 人間を避けて魔物を撃ち抜いて、平原の奥から押し寄せてくる魔物を減らしていく。

 もちろん、優先して倒すのは生徒を襲っている魔物である。

 十、二十……百以上の魔物を狙撃して退治した。


「よし……これで第一陣は討伐完了というところだな」


 レストは一息ついて、肩を落とす。

 魔力は少しも減っていないが……繊細な作業によって精神力は摩耗しており、脳が疲労を訴えてくる。

 レストは携帯食料として持ってきた蜂蜜のアメを取り出して口に放り込み、脳に糖分を補給した。


(スタンピードの原因は不明だが……いずれは第二陣が来るだろう。そもそも、コイツらは何が原因で出てきたんだ?)


 本来であれば平原の奥地にいる魔物が外縁部にまで出てきている。あり得ない事態だ。よほどのことが起こったに違いない。


(もっと索敵範囲を伸ばしてみたら……もしかしたら、原因の気配が掴めるかも……?)


 レストはダメ元で挑戦してみることにした。

 今のレストが気配を探ることができるのは、自分を中心にした半径一キロメートルまで。それ以上はたとえ情報量を絞ったとしても脳への負担が大きくなり過ぎる。


(だけど……それをどうにかするのが創意工夫ってやつだよな)


 レストはゆっくりと息を吐きながら、右手を前にかざす。

 そして……自分を中心として広がる【気配察知】の範囲を狭めていく。

 通常、【気配察知】による捜索範囲は自分を中心に円形に広がっているものだ。

 しかし、レストはそれを縮小しながら、前方に細長く伸ばしていく。索敵する面積はそのままに、範囲を前に前に長くしていったのだ。


(このやり方だったら、脳に必要以上の負荷を与えることなく平原の奥を調べることができるはず。さて、いったい何が…………!?)


 鬼が出るか蛇が出るか。

 そんな心境で、引き延ばした魔力を使って平原の奥地を調べるレストであったが……思わぬ巨大な気配に触れてしまって目を見開いた。

 レストがいる地点から五キロメートルほど向こう。そこにとんでもなく強力な魔物の気配があったのだ。

 精度を落とした【気配察知】でも把握できるほどの強烈なプレッシャー。それに追い立てられて、奥地の魔物がこちら側に逃げてきていた。


「アレはまさか……魔境の主か!?」


 魔境と呼ばれる魔物の巣窟には、年を経て力を蓄えた『ぬし』がいるものである。

 主は基本的に魔境の中心から動かないものだが……誰かがかの存在を刺激して、外におびき出してしまったのかもしれない。


(あんな物が出てきてしまったら、どれだけの被害が出るかわからないぞ……!)


 平原の入口には運営のテントがある。

 そこには教員がいて、救助部隊のスタッフや来賓の護衛もいるのだが……それでも、この怪物を止められるかはわからない。


(ヴィオラやプリムラがいる場所にこんな化物を近づけさせるものかよ……!)


 無謀だと自分でも思うが……それでも、やるしかない。

 ようやくできた家族と呼べる人達を危険にさらすなど、許すことはできない。

 恐怖はある。相手は間違いなく、レストが戦ったことがない圧倒的格上の敵である。

 それでも……大切な誰かを失うことの恐怖の方が勝っていた。


「……闘るか」


 レストは覚悟を決めた。

 危険を承知で地面を蹴り、魔境の主……『サブノック』と思われる気配を迎え撃つべく、平原の奥地を目指して駆けていったのである。

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