294話 鍛冶の神

 脳内に響くロリボイスにはまったく聞き覚えがない。間違いなく新手の神様の登場だろう。


「ええっと、誰ですか……?」

「はて、誰じゃお前?」


 同じく念話が聞こえたのだろう、ヤクモが俺と同時に声を上げた。というかお前も知らないんかい。


『か、鍛冶の神……だよ』


「お……おーおー! イズミ、こやつは鍛冶の神じゃ! ワシは最初からわかっとったぞ!」


「ウソこけ……。――ってうわっ!?」


 俺がヤクモをじっとり見つめ、ワインをひと口飲もうとしたその時、突然ワインの水面からおかっぱ髪の少女がにょきっと浮かび上がった。


 紙コップからワインがこぼれそうになるが、なんとか持ちこたえて手元を見る。ゆらゆらとワインの水面が揺れるその上では、所在なさげに視線をさまよわせる、おかっぱ頭の少女が立っていた。


「どうなってんだ、これ……?」


 大きさは十センチほどで、見た目はまるでフィギュアみたいだ。


 俺は紙コップをテーブルに置き、その上に浮かぶおかっぱ少女を興味本位でつついてみた。だが俺の指はおかっぱ少女の体をスルリとすり抜ける。


 どうやら3Dホログラム的なものらしい。というか、実際に触れることができていたら事案だったな。危なかったぜ。


「なあヤクモ、この方が鍛冶の神?」


「うむ、そうじゃ。それで鍛冶の神よ、お前なにしにきよったんじゃ?」


『だ、だから、その、神力を供給するお手伝いができたらなって思って……』


 ヤクモの問いかけに、ロリフィギュアは肩を丸めながらうつむき加減に答える。なんだか気弱そうな神様だ。


 ……ふうむ、それにしてもお手伝いか。


 たしかに鍛冶の神から神力を供給してもらえれば、ツクモガミのバージョンアップは今すぐにでも行えるのだろう。


 でも別にバージョンアップは急いでないんだよな。なにより――


「いやいや、お手伝いしてもらうまでもないっすよ。しばらく待てばヤクモがやってくれるみたいですし。……それに手伝う代わりに俺になにかやらせるつもりなんでしょ? そういうのは間に合ってるんで」


 これまでの経験上、神様からタダでなにかをしてもらったことはない。代わりになにかやらされるに決まってる。俺は詳しいんだ。


 ツクモガミで何かを買ってくれ――程度ならいいんだけど、そうじゃないなら面倒なんだよね。聞いてしまえば断りにくくなるし。


 だが水面のロリフィギュアはふるふると首を横に振った。


『ううん、そういうの……なにもいらないよ?』


「えっ、そうなんですか? それじゃあお願いします」


 即答した俺にヤクモが立ち上がって地団駄を踏む。


「うおい! イズミうおいっ! そもそもコレはワシの仕事じゃ! ワシのモンじゃろがいっ! じゃから鍛冶の神がでしゃばる必要はないぞ!」


『で、でも……私、すごく申し訳なくて……。お詫びになにかやらなきゃ……』


「ん? 申し訳ないって、なにがっすか?」


 すると鍛冶の神は覚悟を決めるように上着の裾を掴み、ぷるぷる震えたかと思うと――


『レ、レクタ村のお酒! あれ、黙って持っていったの……私なのっ!』


 緊張で顔を真っ赤にして、俺の脳内に大声を響かせた。どうやら祭壇からワインをパクったのはこの神様だったらしい。


「あー……。そういやお前、無類の酒好きじゃったのう……。そうかアレはお前の仕業じゃったんかー」


 鍛冶の神の告白に合点がいったのか、うんうんとうなずくヤクモ。見た目はロリなのに酒好きのようだ。


『それでお詫びに、訪れました。その、本当にごめんなさい……』


 ロリフィギュアがぺこりと頭を下げる。その仕草は見た目と相まってとても可愛らしい。


 これで許さないとか言ったら、俺の方が悪者になりそうだなあ……。いや別に怒ってもないし、許すんだけどね。


「そういうことなら謝罪は受け入れます。それと神力供給の方もやらなくて大丈夫ですよ。ヤクモがやりますんで」


 さっきは神力のバーゲンセールについつい承諾したけれど、バージョンアップはなるべくヤクモにやらせたほうがいいだろう。


 仕事を切らすと小言がうるさくなりそうだし、できることならヤクモには今後も適度に仕事を与えておきたいくらいだ。


『でもそれだとお詫びが……』


 困惑する鍛冶の神に、ヤクモが再びバタバタと地団太を踏みながら大声を上げる。


「ええい、しつこいっ! アレはワシじゃワシの仕事なんじゃい! それにイズミはいまさらワインのひとつくらいどーでもええと思っとる! お前が気にするだけ無駄じゃぞ!」


『どうでもいいって……どうして? あんなに美味しいワインなのに。美味しいワインはとても貴重なものだよ……?』


 こてりと首を傾げる鍛冶の神。そうか、あのワインがそんなに美味しかったのか。


「あれは安物のワインですからね。ですからヤクモの言うとおり、気にしないでいいですよ」


『あっ、あっあっ、あれがっ……! あのワインが安物……!?』


 よっぽど驚いたのか、鍛冶の神が目をひん剥いて俺を見る。これまでの現地の人のリアクションでわかっていたけど、やはりこの世界の酒はイマイチらしい。


「はい、安物のワインです。それに、知らずに祭壇に置いたのも俺ですし、本当に気にしないでくださいよ。……なんならもう一本持っていきます?」


 地球産のモノで神様が喜んでくれるのは、俺としても嬉しいものだ。同じ酒好きならなおさらね。


 俺はストレージから別のワインを取り出し、鍛冶の神の前に掲げてみせた。ワインを見上げた鍛冶の神の喉がゴクリと動く。


『もらって……いいの……? 本当に……?』


「もちろん。それじゃあ今からストレージに戻して中の祭壇アイコンに送りますんで。技能の神のところに取りに行ってくださいね」


『うっ、ううんっ! このまま私に持たせてくれればいいよ!』


 鍛冶の神が興奮気味にぴょんぴょんと飛び跳ねながら、両手をいっぱいに広げた。


 よくわからないけどワインを鍛冶の神の前に差し出してみる。――すると、そのままワインがすっと消え失せた。


 そしていつの間にやら鍛冶の神の手には、俺がさっきまで持っていたワインがあった。サイズも小さくなってるけど。おそらくホログラム自体、実物大じゃないんだろう。


 それにしても鍛冶の神は直接供物を受け取れるようだ。これって技能の神よりすごくね?


「こやつは酒が好きすぎて、酒を祭壇の媒体させとるんじゃ」


 鍛冶の神を見ながら呆れたようにヤクモが言う。酒が祭壇になっているということ? よくわからんけど、ヤクモの様子を見るからに普通はやらないことのようだ。


『さ、さっそくいただくね……』


 鍛冶の神はどこからかやたら年季の入った大きな木のジョッキを取り出すと、それにワインをトクトクと注いでいく。


 するとワイン一本がまるごと木のジョッキに収まった。どんだけ飲む気だよ。


 なみなみと注がれたワインを鍛冶の神がじいっと凝視している。さすがに入れすぎたと思ってるのだろうか。


 と思った次の瞬間、鍛冶の神はビールをあおるようにジョッキを真上に傾けた。


 ええっ!? ワインの飲み方じゃないよソレ!?


 俺が驚いている間にも、グビッグビッグビッグビッとワインが喉を通る音だけが俺の脳内に響き渡る。


 その時間がしばらく続き――やがて飲み干したのか、鍛冶の神はジョッキを持つ手をだらりと下げた。


 そしてうつむいたまま袖で濡れた口元を拭うと、大声で吠えた。


『ぷはーーっ! この一杯のために生きてんなァ!!』


 えっ、なにこれ。急にガラが悪くなってるんですけど。さっきまでのおどおどしたロリキャラはどこ……?


 俺の困惑をよそに、鍛冶の神は据わった目で木のジョッキを俺に突き出す。


『よっしゃあっ! おかわりくれっ!!』


 俺は瞬時に察した。こいつは酒を飲ませてはいけないヤツだと。



――後書き――


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