259話 ハイリスクハイリターン

「死んだ……よな?」


 俺はうつ伏せに倒れているリザードキングに近づき、足でちょんと触れながら収納を意識する。


 すぐにリザードキングの死体は消え失せ、ストレージに収納された。死亡確認、ヨシ!


 そしてついでに売却値段を確認することにした。


《リザードキング 1匹 取引未完了→2000000G》


 ええっと……いちじゅうひゃくせんまん――200万G!?


 マジかよ、これまでこまめに稼いだり使ったりした全財産で100万G足らずだというのに、コイツ一匹だけでこの額なのか。さすがは神様が直々に討伐を依頼してきた魔物なだけのことはある。


 とはいえ……今この辺にごろごろと倒れまくっている雑魚リザードマンを売却すれば、それだけでも結構な額になるだろうし、急いで売却する必要はないんだよな。


 ヤバい毒持ちだったし、毒袋的な器官だけを切り取ってルーニーに売るのもいいかもしれない。ルーニーならきっと喜んで買い取ってくれることだろう。そうすれば現金リンとゴールド、どちらも稼げる。


 そしてそれだけ稼げれば、ヤクモも働け働けと口うるさく言えないだろうし、念願の長期休暇も目前だ。むふふ、夢が広がるね。……と、まあその辺は後で考えるとして、今はビシッと戦後処理を済ませるとするか。


 俺は念のために自分にクリーンとキュアをかけて身体を清潔にすると、ヤクモとララルナが隠れている岩陰へと近づいた。


『よくやったのじゃ、イズミ! まあ今回はワシの大活躍あってのものとも言えるがのう! わーはっはっはっは!』


 岩陰から出てくるなり、ぺたんこの胸をそり返らせながら高笑いするヤクモ。


『……ああ、まあよくやったとは思うけどな。そもそもあんな乱戦になった原因を作ったのは、誰だったんですかねえ……?』


 俺がじっとりとした目をヤクモに向ける。するとヤクモは視線を泳がせながらササッとララルナの後ろに隠れた。


『そそそ、そういえば、そんなことあったかのう!? そんなことよりもほれっ! 姫様の治療をしてやるとよいぞっ!』


「やれやれ……。ほい、キュア、ヒール……っと」


 まあ俺もいまさら話を蒸し返す気もない。ひとつため息をついた後、ララルナにキュアとヒールをかけてやった。


 キュアをかけた途端、眉根を寄せたララルナの顔つきが穏やかに変わる。やはり毒で意識を朦朧とさせられていたようだ。後はしばらくすれば意識を取り戻すことだろう。


 俺はナイフと雑魚リザードマンの死体も回収してまわり、リザードマンはその場で売却。くうくうと安らかな寝息をたてるララルナをいつものキャリーワゴンに乗せると、すたこらさっさと根城から立ち去った。



 ◇◇◇



「イーーーーーーグルッ! ショッッッッットオオオオオオオオオオオオオ!! おらあああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ドッッッッゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!


 リザードキングの根城に俺が渾身の力を込めて放ったイーグルショットが着弾し、洞窟が砂煙と轟音を立てながら崩壊していく。


 この根城には随分手こずらされたし、怖い思いもしたからな。崩壊していく様を眺めるだけで、これまでの鬱憤うっぷんが晴れていくようで気分は爽快だ。


 ちなみに根城を潰しておくのは森の神からの願いでもある。根城と一緒に毒の魔素溜まりを吹き飛ばすことで、このエルフ村近辺の当面の心配事は消えたというわけだ。言われなくても俺のストレス発散のために絶対やっただろうけど。


 とにかくこれで、森の神からのミッションはコンプリートだ。


 偶然ながらララルナを助けることができたし、さらには金も稼げて、ヤバめの加護も貰った。かなりのリスクはあったけどそのぶんリターンも大きい、今となっては満足できる良い依頼だったよなあ。


 俺が崩れゆく根城を眺めながら達成感に浸っていると、前脚をキャリーワゴンに引っ掛けて中を覗いてたヤクモから声がかかった。


『むっ、イズミよ。姫様が目を覚ましそうじゃぞ』


 見るとキャリーワゴンの中のララルナが体をもぞもぞと動かしている。そのまましばらく待っているとララルナの長いまつ毛がかすかに震え、やがてゆっくりと目を開いていった。


「イズミ……?」


「おお、起きたか。どうだ? どこか痛いところとか無いか?」


「ん、だいじょぶ……。ぼんやり、イズミが助けてくれたの覚えてる。ありがと、私、イズミにお世話になってばかり」


 へんにょりと眉を下げながら体を起こすララルナ。けれども助けられたのは本当に偶然だし、こんなことで恩を着せる気もしない。


 俺は子供にやるように、ララルナの頭を強めにごしごしと撫でながら話を変えてやる。


「おう、まあ気にするな。それよりも村の外に出てたってことはどんぐり拾いだろ? 目当てのどんぐりは拾えたのか?」


 するとララルナがかき混ぜられてぐちゃぐちゃになった髪を直しながら唇を尖らせた。


「む、どんぐり違う」


 あれ? どんぐりと違ったのか。てっきり俺への土産を探して森をうろついていたんだと思っていたんだけれどな。あらやだ恥ずかしい、少しうぬぼれが過ぎたようだ。


「私、フナ芋を探してた」


「……フナ芋? なんだそれ?」


「フナッチャの材料。……その、イズミ、フナッチャを食べたがってたから」


「えっ、フナッチャの材料!?」


 思わずオウム返しする俺を、ララルナがちらりと上目遣いして見上げる。


「そう。フナッチャ作るよ。……イズミ、うれしい?」


「そりゃうれしいって! フナッチャだろ!? うわーマジか! うっひょー! ララルナありがとな!」


 フナッチャが食べられないままエルフ村を去ることだけが、心残りだったんだよなあ! 


 あーそうか、フナッチャかー。いったいどんな料理なんだろうな。芋を使う料理ってことだけはわかったけれど――


 などとフナッチャに思いを馳せながら小躍こおどりしていると、なぜか俺の顔をじっと観察するように見つめていたララルナと目が合った。ララルナがにへらと笑う。


「イズミ、うれしそう」


「ああ、だからうれしいっていってるだろ? そのフナ芋はこの近くで掘れるのか? 今すぐ掘りに行こうぜ!」


「……ん! それじゃあ出発!」


 ふんすと気合を入れ、キャリーワゴンから指を差すララルナ。


「おー!」


 俺はウキウキ気分でキャリーワゴンの取手を掴むと、フナ芋の群生地に向かって駆け出した。



 ◇◇◇



 並走していたヤクモが疲れ果てたのでキャリーワゴンのスピードを落としつつ、俺はララルナに今回根城に向かった経緯を説明した。


 ちなみに森の神からは、自分からの依頼だということはエルフたちに内緒にしてほしいとお願いされている。まあ森の神からの依頼って、言ってみれば神託ってヤツだもんな。


 俺としてもそろそろ町に帰りたいところだし、神様のしもべみたいな扱いを受けて祭り上げられるのは困る。黙っておくことに異存はない。


 そこでララルナには『森を散歩していたら、リザードマンの巣穴を偶然見つけ、そこを探検していたらララルナを発見。ついでにリザードマンの親分っぽいヤツもいたのでやっつけた』という大変シンプルな話をでっちあげた。


 リザードマンの巣穴見つけたからって、普通なら単独で探検はしないだろうとツッコミが入りそうなもんだが、ララルナはいとも簡単に信じてくれた。まあ信じなくてもゴリ押しするつもりだったけど。


 後はお互いにリザードマンの根城に行ったことを黙っておけば、これ以上大事おおごとになることもないのでひと安心だ。


 とはいえ、こっそり外出したララルナは、フナ芋を取って帰ればすぐにバレる。その辺はママリスやらリギトトに叱ってもらおう。


 ちなみに俺はララルナを叱らない。よその子にしつけをしようとするおじさんなんて、俺の時代にはすでに絶滅していたしな。俺はよその子の教育に手は出さないのだ。



 そうこうしているうちに、俺たちはフナ芋とやらの群生地に到着した。さっそくララルナに教えてもらいながらフナ芋を一本掘ってみたところ、見た目は山芋によく似ていた。


 掘り方もテレビで見た山芋掘りとそっくりだったし、ほぼ山芋だと思うんだが、異世界のオレンジがオレンジと自動で翻訳されるようにフナ芋が山芋と翻訳されないあたり、山芋に似た別の何かなのかもしれない。


 俺とララルナ、地面を掘るのが大好きなヤクモと手分けして大量のフナ芋を取った後、俺たちは村へと帰った。


 村へと帰るとさっそくララルナの外出がバレたのだが、ママリスからは「危険だからと村に閉じこもるのはよくないわ」とのことでお咎めはなく、親バカリギトトの方は叱るどころか泣き崩れたりララルナにすがり付いたりしていて、ララルナは心底うんざりとした顔を浮かべていたよ。


 まあこれに懲りたら、ララルナも子供と言われているうちは村で大人しくしているといいんじゃないかなと思う。そろそろ成人も近いらしいし。


 そしてその日の夜。食卓には念願のエルフ村の伝統料理、フナッチャが並んだのであった。

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