258話 隠し玉
俺がじりっと後ろに下がると、リザードキングはじりっと近づく。
こりゃアカン、隙がない。まずは身を守れる物を出そう――と、俺がストレージから愛用の金属バットを取り出したのと同時に、リザードキングは喉をぐうっと膨らませ、口から霧を吐き出した。
吐き出された霧はさっきの紫色ではなく赤色だ。どっちにしろ毒なんだろうけど。
毒霧は空中に噴霧され、リザードキング自身を赤く濡らしながら少しずつ広間の中に広がっていく。
そうして赤い霧は辺りにゆらゆらと漂い、俺の元へと届く前に近くに倒れていたリザードマンの死体に触れた。
するとリザードマンの肌がぶつぶつと沸騰するように泡立ち、すぐにドロリと溶けだした。ぐずぐずになった肉塊が崩れ落ち、白い骨まで見えている。
『ひょええっ……! イズミッ、これってワシ大丈夫かのう!? なあ、大丈夫なのかのう!?』
ヤクモがぶるぶると震えながら聞いてくるけど、俺だって知るわけがない。吸い込めば即死しかねんくらいヤバめの毒なのは間違いなさそうだ。
ララルナのいる高台からは距離が離れているので安心だが、俺たちの方が不安すぎる。今度の毒も効かない……よな?
そんな不安をよそに、リザードキングはいつの間にやら自らの毒霧で全身をべったりと赤く染め上げていた。そしてハルバードをぐっと握りしめ、俺に突撃を仕掛けてくる――早いっ!
俺は合わせるように金属バットを両手で構えると、真上から打ち下ろしてきたハルバードを斜めに受け流す。
ギャリギャリと不快な金属を擦る音を鳴らして火花を散らし、ハルバードが地面にグサリと食い込んだ。
その隙にヤツの土手っ腹に【格闘術】仕込みの蹴りを打ち込む。大型トラックの分厚いタイヤを蹴ったような、ずしんとした重い手応え。
一歩後ずさったリザードキングだったが、その程度ではひるんでくれないようだ。
リザードキングは素早く体勢を立て直すと、何度も何度もハルバードを打ち下ろした。ハルバードを振るうたび、ヤツの身体を濡らしている赤い毒液も俺の身体へと飛び散ってくる。
なるほど、そういうことか。リザードキングとしては紫色の毒霧は効かなかったので、今度は肉を溶かすほどの毒液を直接俺にぶっかけながら、ハルバードで攻撃という二段構えの作戦にうって出たのだろう。
たしかに普通の敵なら毒で死ぬし、死ななくても身体が毒で侵され、ハルバードの餌食になるだろう。
しかし俺とヤクモには毒は効いてはいない。
とはいえ少し目に染みるし、なんだか息も苦しい。さらには酸っぱい臭いもするんだけどな。レベルアップをしていない【毒無効】スキルではギリギリ防げる程度のようだ。
ちなみに森の神の種を飲んだヤクモはリザードキングの繰り出す攻撃にビビりまくってはいるものの、毒はまったく効いていない様子。
どういう原理かは知らないが、俺とは違って毒液すらも付着していない。どうやら相当良い物を森の神はヤクモに与えたようだ。
少々羨ましいと思いながら攻撃を受け流していると、リザードキングの無機質な瞳に焦りが見えた気がした。毒が効いていないのが想定外なのだろう。
まだ生まれて間もないと森の神から聞いている。その
「グギャッギャッ!」
焦りの表れなのか、リザードキングの手数がさらに増えた。モグラ叩きのハードモードのように、息をつくヒマもないくらいひたすらにハルバードを振り下ろし続ける。
ギインッ! ガインッ! ギンッ、ギギギギンッ――
ハルバードと金属バットがぶつかり合う音が、広間に絶え間なく響く。
何度もハルバードの猛攻を受けているうちに、金属バットの形が歪んできた。リザードキングの猛攻を受け流すのが精一杯で、俺は反撃の機会がまだ作れていない。
……だが、リザードキングの口からは徐々に荒い息が漏れ始め、攻撃も雑になってきた。そろそろ隙を見せるだろう、その時が俺のチャンスだ。
そうして隙を
すると、未だに周辺に浮かんでいた赤い毒霧が風に流され――少しずつ、ララルナの方へと近づいていくのが見えた。俺の背筋に冷たいものが走る。
ヤバいぞ。この毒を食らったらララルナは――
――その時、俺の頭に念話が響いた。
『ひっ、姫様のことはワシに任せいっ!』
即座に俺の肩が軽くなる。足元には地面に着地したヤクモの姿があった。
『おいっ、ヤクモッ!?』
ヤクモは何も答えず、そのまま一直線にララルナの吊るされた高台に向かって駆け出した。
「ギャギャッ!」
突然動き出した小動物に反応したのか、リザードキングは即座に標的を俺からヤクモへ切り替える。ハルバードがヤクモに振り下ろされ――
「ちょわーっ!!」
奇声を発したヤクモが、ボフンと煙を上げて人型に戻った。その一瞬の変化にヤクモなんかを警戒してしまったらしく、リザードキングの動きがビタッと止まる――間に合った!
「どおおっせーーいっ!!」
俺は飛び上がると、デコボコになった金属バットをリザードキングの頭に向かって力いっぱい振り下ろした。金属バットがバキンッと音を立てて砕け散る。だが、手応えあり!
「グギッ、ギギギ……」
リザードキングはうめきながらよろよろとふらつき、再び俺をターゲットを戻した。よしよし、そうだぞ。お前の相手はこの俺だ。
再びにらみ合う視界の端では、半泣き顔のヤクモがひいひい言いながら広間を走り抜ける姿が見えた。ヤクモは途中で落ちていた俺のナイフを拾い、高台のララルナに飛びつく。
そしてナイフでキコキコと荒縄を切り落とし、ララルナを救出すると間一髪、赤い霧が届く前に奥の方へと必死に引きずっていった。すぐにヤクモから念話が届く。
『うおおーん、おおん! こわっ、怖かったのじゃー! じゃが、ワシはやり遂げた、やり遂げたぞおおお!』
『おう、よくやった! そのまま岩陰に隠れてろ!』
『言われんでもそうするのじゃ! い、今頃になって、腰が抜けてしもうたからの、あばっ、あばばばばばば……』
ヤクモの震え声を聞きながら、俺は目の前の敵に集中することにした。後は、俺がこのリザードキングを倒せばいいだけだ。
俺はまだ金属バットのダメージで足元がおぼつかないリザードキングから、数歩後ろに下がって間合いをとる。
……手斧はヤツには効かなかった。おそらくもう一度投げても同じだろう。だが俺にはまだ、念のために準備しておいたとっておきの策が残されている。
俺は生え変わった右手のひらを上に向けると、ストレージからとっておきの隠し
俺の右手に、この世界には存在しなかった異世界の物体がずしんと乗せられる。
ソレは紺色の光沢が美しい、つるっと
必殺の手斧の切れ味は信用していたけれど、それでも硬い鱗を持つリザードマン相手に刃物は通用しない可能性も俺は考えていた。そこで念には念を入れ、新しい武器を仕入れていたのだ。
破壊力というのは結局のところ、重量が物をいう。だからこそ、たいていの格闘技は重量別になっているわけだ。重さこそパワー! 重さこそ正義……!
そこでとにかく重くて武器になりそうな物を、俺はツクモガミで探した。そうして購入したのが、このボウリング玉だったわけだ。
俺は手のひらをめいっぱい広げて、しっかりボウリング玉を掴み、指穴には軽く指を添える。そして力いっぱい振りかぶると、左足を大きく前へと踏み込んだ。
スパイクシューズが地面の岩盤と噛みあい、ギャリッと甲高い音が鳴った。
【投てき術】で全身の筋肉をしなやかなバネのように使い、【剛力】の力を思う存分ボウリング玉に込めながら叫ぶ。
「うおおおおおっ! 今日こそが人類最期の日! 喰らえ、必殺ッッ! メテオーーストライーーーーック!!」
俺の
手斧と同じようにボウリング玉をも弾くつもりなのだろうか。だが――こっちが同じ手を使うわけないだろう!?
俺は全身全霊を込めたボウリング玉を、リザードキングのはるか頭上に向かって投げつけた。
『な、なにやっとるんじゃアホーーーー!!』
脳内にヤクモの声が響く。あーうるせえ!
唸りを上げながらあらぬ方向へと飛んでいくボウリング玉。それを見てリザードキングがニタリと笑った。
そして構えを外すと、俺の右手を切り落とした時と同じように飛びかかろうとし――
「サイドワインダー!」
俺の声に導かれ、ボウリング玉は急激に軌道を変えた。
天井にブチ当たる直前から一転、まさに一筋の隕石のように真っ逆さまに急降下。その先にあるのは当然――リザードキングの脳天だ。
慌てて構えようとするリザードキング。だが遅いっ!!
――グシャアッ!!!!
16ポンドのボウリング玉がリザードキングに直撃した。顔を上に向けていたリザードキングはボウリング玉をモロに顔面で受け、頭蓋が砕ける生々しい音が辺りに響き渡る。
しかしリザードキングは突っ立ったまま――先に顔面にめり込んでいたボウリング玉が、ゴンッと鈍い音を立てて地面に落ちた。
そのままゴロゴロゴロ……と転がり続けたボウリング玉は、やがて岩盤の溝にはまって動きを止めた。
「グブッ」
それを見届けたかのように、リザードキングが短い声を発すると力なく膝から崩れ落ち、前のめりに倒れ込んだ。
激戦の続いた広間に、久方ぶりの静寂が訪れる。そしてトカゲの王が起き上がることは二度となかったのだった。
――後書き――
※サポーター限定記事を一件アップしました。ギフトをいただいたのに何も書かないのも、なんだかもどかしく思いましたので……!
とはいえ、ただの忘備録というか日記みたいなもので、大したことは書いてませんので、これ目当てでサポーターになるというのはオススメしません。でも貰えるならめっちゃ欲しい……!
そのへんの思い、詳しくは
https://kakuyomu.jp/users/fukami040/news/16817139556140988697
コチラに記載しましたので、よかったら読んでくださいませ~。
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