257話 紛れもなくヤツの仕業

 ――ボトン。


 右手が硬い岩盤の上に落ち、鈍い音が俺の耳に届いた。


 俺は右腕を自分の顔の方へと向ける。そこには見慣れた右手はなく、むき出しになった赤い断面があるだけだ。断面からは血がだらりと垂れてきて、俺の腕を赤く汚した。


 一瞬、喉が締めつけられたように呼吸が止まる。その直後に、今まで感じたことがないほどの痛みが身体に走った。


 スキルを覚える際の痛みとはまた違うものだ。痛さと共に恐怖を感じる、生々しい痛み。


 痛すぎると痛みを感じないなんてことを聞いたことがあるけれど、そんなのは真っ赤なウソだ。めちゃくちゃ痛いし、手首どころか全身にしびれるような痛みが駆け巡っている。


「ギャヒッギャヒヒヒヒッ! ギャギャギャギャッ!」


 リザードキングが俺を見ながら耳障りな笑い声を上げている。ぴょんぴょんと愉快そうに飛び跳ね、心の底から楽しそう。


「ひえっ、ひええええぇぇぇ……あばばばばばば……」


 耳元ではヤクモがうめき声を漏らし、今にも気を失いそうだ。だが俺の方は気が遠くなるどころか、頭がガンガンと響くように痛くてただただ気分が悪い。


 しかしこんな状態でありながら、混乱することなく冷静に物事を考えていられるのはありがたかった。


 ――【粘り腰】の発動を感じる。今までまともに発動した経験はなかったけれど、どうやらこのような窮地で精神的にも耐えてくれるスキルだったようだ。


 だがそれはすなわち今が窮地だと言うこと。とにかくこの現状をなんとかして乗り越えなければならない。


 俺は足元に目をやった。そこには俺の手だったモノがぽつんと落ちている。その右手には現実感はなく、まるでマネキンのようだ。


 ヒール+1でさえ、手首から手を生やすことはできないだろう。しかし今すぐ手首にくっつけてヒールをすれば、繋がる可能性は十分にあるんじゃないか?


 俺はすぐさま右手を拾おうとし――その瞬間、足元にハルバードの鋭い一撃が飛んできた。即座に飛び下がる俺の目の前で、ハルバードが俺の右手を貫く。


 ハルバードで右手を手繰たぐり寄せたリザードキングは、右手をひょいっと頭上に投げると、あんぐりと開けた自分の口の中へと放り込んだ。そして俺に見せつけるように、ぐっちゃぐっちゃと咀嚼そしゃくを繰り返す。


「ギャーッギャッギャッギャッギャッ!」


 十分に噛み砕いた後にゴクンと飲み干し、わらい声を上げるリザードキング。


 手の回復ができそうだと勘付いたわけではないだろう。ただ俺に見せつけて嫌がらせをしたいだけだということは、その軽薄な表情から理解できた。


「くそっ。マジかよ、コイツ……!」


 もう絶対に許さん。いや、元から倒すためにここまでやって来たんだけどさ。しかしここからは俺の私情も挟んだ上で、完膚なきまでにぶっ倒してやる……!


 俺はリザードキングをにらみつけながら、まずはズキズキと痛む手首にヒールをかけようとした。


 そんな時――切断された手首から痛みとは違う、気持ちの悪い感覚が広がってきた。かゆいようなこそばゆいような……?


 状態にそぐわないむずむずとした感覚に、あまり見たくはないけれど、俺は再び右手首の断面を覗き込み――


「うっ、うわああああああああああああああああああああっっ!?」


 手首を切断された痛みでも声を上げなかった俺だったが、これには叫び声を上げずにはいられなかった。


 だってさ、スパッときれいに切られた俺の右手首の切断面からさ、いつの間にか若葉のような物が無数に生えてきているんだぜ!? こんなの誰が見たって驚くだろっ!!


 俺が目玉をひん剥いて叫んでいる間にも、手首の断面からはぽつぽつと若葉が生えていく。


 そうして断面が若葉でびっしりと埋まると、次はまるでスーパーに売っているカイワレ大根のように、にょきにょきにょきっと緑の茎が伸びていった。うええええええぇ、気色悪うううううっ!


「ひょええっ!? ウーン……」


 それを見て、ついにヤクモがぱたりと気絶した。


 ヤクモが首からずり落ちないように左手で支えている間にも、謎のカイワレ大根はどんどん伸び続け、やがてそれは五つに枝分かれした。その形はまるでそこにあった右手のようだ。


 そして右手を形どった緑の塊は、薄い光を放ったかと思うと、ふわりと皮膚が浮かびあがり――元通りの俺の右手となった。


「……は?」


 いったいどういうこと? 俺が右手をグーパーと閉じて開いてと繰り返す。うん、俺の思い通りに動く。切断される前となにも変わらない。えっ、なにこれ……。逆に怖いんですけど。


「おっ、おい、ヤクモ起きろ! なんだよ、なんなんだよ、これっ!」


 俺はゆさゆさとヤクモを揺らす。幸いにもすぐに意識を取り戻したヤクモは俺の戻った右手をじいっと見つめ、それから安心したように長い息を吐いた。


『はああああ~……。なんじゃ、そういうことか。あやつめ、加護の中身を隠蔽マスクしておったが、こんな強力な加護をインストールしておったのか……』


『加護?』


『うむ、森の神から死ににくくなる加護とやらをもらったじゃろ? その正体がコレじゃ。あやつがお前に与えたのは、このクソ強力な自己再生能力じゃわい』


『マジか。めっちゃすごいじゃん』


『加護が発動したせいか、今は相当な神力の残り香を感じるぞい。あやつめ、思った以上にお前に肩入れしておったんじゃのう……』


 ヤクモがぶつぶつと呟いているが、俺としても意外だった。ダルそうに仕事してそうな雰囲気だし、見た目もギャルで神々しさの欠片もないしで、加護の内容にはあまり期待はしていなかったからな。


 ……とはいえ、さすがに完全無欠の加護とはいかないらしい。相当な量の魔力が減ったのを感じる。しかしこの場ではとにかく――助かったの一言だ。ありがとう、森の神。


 そしておかえり、俺の右手。これでかぎ爪とか、機械オートなメイルだとか、サイコな銃を取り付ける心配がなくなったよ。


 俺がほうっと胸を撫で下ろしていると、一部始終を見ていたリザードキングが苛立ちを露わに、尻尾をビタンビタンと地面に叩きつけ始めた。


「グギュウギャッッギャアッギャッ!」


 もちろん言葉は理解できないわけだが、『どういうことだ、貴様! この化け物め!』みたいなことを言ってるような気がする。まったく失礼なヤツだよ、想像だけど。


 俺は復活した右手を見せつけるようにひらひらと振ってみせる。そして案の定さらに激昂げきこうしたリザードキングと向かい合うと、静かに戦闘態勢に入った。



――後書き――


 初めてギフトをいただきました。

 ありがとうございます!うれしい!\(^o^)/

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