141話 連絡方法

 なにやらブツブツとつぶやいているヤクモをよそに、俺はひたすら漫画を読んでいた。やっぱり久々の漫画は面白い。名作は何度でも読めるしな。


 いつの間にか漫画に没頭していた俺は、ヤクモにペシンと足を叩かれて祈りの時間が終わっていたことに気づく。漫画一冊を読み終わるあたりなので、どうやらヤクモは半時間近く祈りを捧げていたようだ。


 そうして教会から外に出た後、なんともぐったりとしているヤクモに何をそんなに疲れているのか尋ねてみた。ヤクモはとぼとぼと歩きながら答える。


『うむ……。連絡できん状況なら仕方ないが、できるのならもっと早く連絡をよこさんかいと怒られたのじゃ……』


『そんな気はしてたけどさ、祈ることで他の神様と連絡していたのか』


『そのとおりじゃ。教会の女神像は天界の神々にとって、目であり耳なのである』


『ふーん、あの女神像で……。俺、神様ってどこからでも見たり聞いたりできると思ってたんだけど、そうでもないのか』


『それができるのは主神様くらいかのー。ちなみにワシを怒ったのは主神様ではなくワシの同僚じゃ』


 へえ……。たしかヤクモがツクモガミを作っている時には、いつの間にか同僚にサボられてヤクモがワンオペをやらされていたんだよな。


 もしかしていじめられてるか対立でもしているのかと思ったりもしていたんだが、連絡しろって怒られるくらいなら心配されているんだろうし、それほど仲も悪くないのかね。


『それでな、今まで祈りのことを言わんかったワシが悪いんじゃが、これからはもう少し教会に行く頻度を上げてもらえると助かるのじゃ……』


 ぺたんと耳と尻尾を下げて申し訳なさそうにヤクモが俺を見上げる。まあ、別にそれくらいなら構わないだろう。俺には関係ないとはいえ、こいつ一人で教会に行かすのもなんだか不安だし。


『いいよ。行ける時でいいんだろう?』


『うむ、毎日でなくてもいいのでよろしく頼むのじゃ』


 狐姿でもわかるくらいにホッとした表情を浮かべながらヤクモが答えた。


 ……それにしても、たまに感じた視線の正体はわかったけれど、神様にじろじろ見られてたんだとすると、教会で漫画読んでるところ絶対に見られてるじゃん。罰当たりって怒られたりしないだろうな……。


 そんなことを考えながら次の目的地に歩いていると、ちらちらと俺を見るヤクモと目が合った。


「どうした?」


『あー……それとなー……』


「おう、なんだ?」


『いや、いいのじゃ。まさかそんなことあるまいて……』


 はぁーとため息をついてヤクモは視線を戻した。


「なんだよ、気になるな」


『ワシの杞憂に過ぎんわい。それよりほれ、今日はもう帰るのか?』


 くいくいと首を上げ下げして前に促すヤクモ。どうやら話す気はないらしい。まあ言いたくないなら別にいいけどな。



 ◇◇◇



 今日のオフは教会に行って終わりではない。もう一つ用事が残っているのだ。


 それはルーニーの薬師局である。なんだかんだで依頼で世話になったからな。菓子折りを持ってお礼に行こうというわけだ。


 菓子折りはツクモガミで購入したパンケーキセット。俺がこの世界に転移して初めて食べた贈答用のパンの詰め合わせを出品していた【パンダマン】の物だ。もちろん容器は現地のものに入れ替えている。


 このパンダマン、よっぽどたくさんお歳暮やらお中元を貰える立場にあるのか、やたら充実したギフトセットを出品している。


 贈答品を出品する行為は微妙な気もしないでもないが、それをさておくと品物はとてもいいし、値段もそれなりに安いのだ。


 しばらく歩くと珍妙なメガネの看板が見えてきた。あの時はよく読めなかったが、勉強を重ねた今ならはっきり読める。「ルーニーの薬師局」だ。


『なんじゃこの店は……』


 怯えたようにヤクモが一歩後ずさる。だがそれも仕方ない。


 今日は開店しているようだが、入り口から店内を覗いてみると中には大小様々な木箱や水槽、葉っぱや木の枝が散乱しており、何本もの丸太がそのまま転がったりもしている。なんだこれ、魔境の入り口か?


 薄暗い店内にはぎりぎり真ん中だけ歩けるだけの空間があり、その奥のカウンターらしきところで俯きながらゴリゴリとなにかをすり潰しているルーニーの姿が目に入った。


 ここに入らないといけないのか……。正直引き返したくなってきたが、ここはさっさと菓子折りを渡して帰ろう。


 俺は覚悟を決めると、むわっと薬品臭い店内に足を踏み入れた。

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