142話 ルーニーの薬師局
ゴリ……ゴリ……ゴリ……
店のどん詰まりではルーニーが無言で何かを石臼ですり潰しており、その不気味な音が店内に静かに響いている。
なんとなく声をかける気にならず、俺は黙ってガラクタだらけの店内を歩き、カウンターへと辿り着いた。
ルーニーはカウンターに覆いかぶさるようにして作業に没頭しており、まったく俺に気づいていない。
普段はむうむう! とやかましく唸っていただけに、不気味なほど静かに作業しているこの人物が、本当にルーニーなのかなんだか怪しくなってきた。
「あの、すいません……。ルーニーさん……?」
俺の声に彼女はすりこぎ棒を持つ手をピタリと止め、ゆっくりと顔を上げた。
「……おや、イズミ君ではないか。久しぶりだね!」
どうやら人違いではなかったらしい。顔が薬草の汁で薄汚れているが、ニパッとした笑顔を俺に向けるこの残念眼鏡美人はたしかにルーニーだ。
俺はほっと胸を撫で下ろすと、さっそく彼女に礼を伝える。
「お久しぶりです。冒険者ギルドの件、本当にありがとうございました。それで今日はお礼に寄らせてもらったんですけど……これ、たまたま見かけた行商人から買ったお菓子です。よかったら食べてください」
出どころを探られないように行商人から仕入れたことにしておいた。だが俺がパンケーキの入った箱を取り出すと、ルーニーは首を傾げる。
「お礼? むう……。私は君に礼をしてもらうようなことを何かしたかね?」
「ほら、薬草採集の指名依頼をしてもらったじゃないですか」
「ああ、たしかに君を指名すると次の日にはサクッと依頼が終わっていたのでありがたいなと思っていたが? その、お礼……?」
今度は逆の方に首を傾げるルーニー。
えっ、まさか……。俺のためとかじゃなくて、薬草集めるのにコイツ便利だなーって思って依頼していたってことか?
いや、まあそうだとしても俺はありがたかったんだが、なんだろうな、この釈然としない気分は……!
「と、とにかく、ルーニーさんが指名依頼してくれたお陰で早くF級に上がれたんです。これで魔物討伐依頼を受けられるようになりました。これはそのお礼ですよ」
「むうっ、てことはアレかい? もう薬草の指名依頼は受けてくれないのかい!?」
「ええ、まあ」
魔物を狩ったほうが稼げるからな。わざわざ薬草を採集する気はない。だがそんな俺の返答にルーニー頭を抱えて叫ぶ。
「そ、そんなー! せっかく私専属の薬草採集人が見つかったと思っていたのに!」
誰が専属薬草採集人だよ。
「俺はそんなのやりませんからね。とにかくそういうわけですから。じゃあ俺はこれで」
長居するとまたしつこく食い下がられそうだ。だが俺が後ろを向いた瞬間、上着の裾をぐっと掴まれた。クソッ、逃げるのがワンテンポ遅かったか!
「ま、まあ、ちょっと待ちたまえよ。せっかくだからお茶でも飲んでいきたまえ。お茶請けもあることだし、ね?」
ルーニーがパンケーキの箱を指差すと、さっきまで帰りたそうに出口をそわそわと見ていたヤクモが反応する。
『イズミ、そういうことなら是非ともご相伴にあずかろうではないか! 礼をしたからってすぐ帰るのも、逆に礼を失しているじゃろうし!』
……パンケーキ食いたいんだろうなあ、コイツ。宿の部屋で箱を移し替える作業をしていたとき、じいっとよだれを垂らしながら見ていたからな。
うーむ、振り切って逃げることはできるだろうが、別にそこまでする必要もないか。
「はぁ、わかりました。それじゃあいただきます」
「うむっ! ではしばらく待ちたまえ。お茶の準備をするからな!」
ルーニーはカウンターに置かれていた石臼やら他のゴチャゴチャしたものを脇にどかすと、背後の棚から謎の小壺とコポコポと沸騰し続けているビーカーを取り出す。
そして空のビーカーに小壺の中身の粉末と熱湯を注ぐと、すぐに顔をしかめたくなるような苦い匂いがむわんと漂ってきた。ヤクモが嫌そうな顔をしながらメッセージを届ける。
『ワシ、茶はいらんからな……』
俺はヤクモに頷くと、テキパキと作業を続けるルーニーに伝える。
「あ、ルーニーさん。お茶はヤクモの分もお願いしますね」
「おっ、そうだったね、すっかり忘れていたよ! 待ってくれたまえ、たしか……この辺に皿があったはずだ」
『おいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!』
ヤクモの悲鳴がツクモガミの画面びっしりに埋まった。
こいつだけ美味しいパンケーキだけを食べるとか、そんなの絶対に許さないからな。なあにいざとなれば俺たちには【キュア】がある。
そうしてルーニーの準備が終わり、地獄のお茶会がスタートした。
――後書き――
なろう版の方で「第3回アース・スターノベル大賞」にエントリーしていた本作品が、中間選考を通過していました! 問題は最終選考ですけど、とりあえずうれしい\(^o^)/
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