143話 お茶会

 カウンターの上にパンケーキとビーカーに入った緑色の液体が用意され、ヤクモにも同じ物が床に置かれた。


 ルーニーが薬草をるのに使っているらしいフライパンでパンケーキを温め直し、辺りにはほのかに甘い匂いが漂っているのだが、ヤクモは青ざめたような顔で皿の中の液体を見つめている。


 そんなヤクモをよそに、ルーニーが弾んだ声を上げた。


「私の知っているパンケーキといえばペタンとしている物なんだが、それに比べるとふっくらとしていてすごく美味しそうだねえ! これをかけて食べるんだね?」


 ルーニーが俺が小瓶に詰め直したメープルシロップとホイップバターを指差す。


「そうです、パンケーキの上に乗せる感じで」


「こうかい?」


 さっそくルーニーはスプーンを手に取ると、メープルシロップとホイップバターをたんまりと乗せる。そしてナイフで切り分けるとさっそく口の中へと運んだ。


「それじゃあいただくとするよ! ……ん~甘い~!」


 即座にルーニーがほっぺに手を当て、幸せそうに顔を蕩けさせた。いろいろと変人なくせに、甘い物好きという普通なところもあるんだな。ギャップ萌えかよ。


「ささ、私ばかり食べてちゃ申し訳ない。さあ、君たちも!」


『イズミー! せめてシロップと白いモコモコしたやつはたくさん乗せておくれ……。たのむ、たのむう……』


 ヤクモが切羽詰まった顔で俺に懇願する。正直俺はパンケーキはそんなに好きじゃないしな。俺の分もヤクモに使ってやるか。


 俺はヤクモのパンケーキにまんべんなくシロップを塗ると、その上にたんまりとホイップバターを乗せてやった。分量の二倍近い白い山にヤクモは目を輝かせた。


『うほほー! いっぱいなのじゃ! それじゃあいただくぞい! ……ふわー! アマーイ!』


 口元をホイップバターで真っ白にさせながら、ヤクモは夢中ではぐはぐと食べだした。俺もそれを見ながら軽くシロップだけを塗ったパンケーキをいただく。


「おっ、たしかに甘くて美味いな」


 出来たての物ではなくビニールで密封されていた物だったが、ふんわりとした厚みがあり、中の生地はしっとりとして濃厚な甘さがあった。


「さて、食べながらでいいんだが、ちょっと相談に乗ってほしいんだよ」


 きたよ、そういうことだと思っていた。ルーニーは口元の白い泡を指で拭って話し始める。


「君にはできれば専属薬草採集人になってほしかったが、それはまあ……諦めよう……!」


 おっ? 今回は聞き分けがいいじゃないか。そのことにホッとしていると、ルーニーはカウンターに身を乗り出すようにこちらに顔を近づけてきた。カウンターに乗ったおっぱいが見事である。


「それで君に確認を取りたいんだが、これからは魔物討伐の依頼を主に受けていくつもりなんだろう?」


「はい、そうですね」


「それじゃあ是非とも受けてほしい魔物討伐依頼があるんだ」


「え? 薬草じゃなくて魔物なんですか? ルーニーさんが魔物の素材を欲しがるようには思えないんですけど」


 あれだけ薬草を俺に採取させたルーニーと、魔物というのがどうも結びつかない。


「ふむ、合点がいかないようだね。君は……トレントって魔物を知ってるかい?」


 トレントか。ゲームやラノベ的な知識ならあるけど……。


「えっと……木の魔物ですか?」


「そう、それだよ。森に潜み、木に擬態してその枝で獲物を絡み取る魔物、それがトレントだ。ちなみにそこに転がってるのがその一部だったものだよ。ちょっと見てごらん」


 そう言ってルーニーは部屋の片隅に転がっている丸太を指差す。


 俺は言われたとおり、椅子から立って近くで丸太を観察してみることにした。表面は普通の木にしか見えないし、指で触ってもゴツゴツとした木の感触がするだけだ。


 だがその断面部分は明らかに違った。美しい木目調ではなく、もっと複雑な……まるで血管や筋肉があるかのような模様をしている。


 今までの魔物は動物の延長上だったのでさほど違和感はなかったけれど、これはまさに異世界ならではの生き物だ。なるほど、これがトレントか……。


 軽い衝撃を受けながら俺が席に戻ると、ルーニーが話を続ける。


「トレントの素材にはいろんな効能があってね。薬師とは切っても切り離せない存在なんだ。そういうことでね、是非とも君に取ってきてもらいたいわけだよ!」


 どうやら本当に魔物討伐なのか。そういうことなら、まあ……。


「受ける前に聞いておきたいんですけど、トレントってどのくらいの推奨レベルなんですか?」


「普通のはEとかDとかじゃなかったかな? でも君に狩ってほしいのはそこに転がってるような一般種じゃない」


「っていうと……?」


 俺は嫌な予感を覚えながら話を促す。


「君に倒して貰いたいのは、エルダートレントという魔物だよ。普通のトレントがさらに長い年月をかけて成長したものだ。その推奨レベルはC級だったかな?」


 うーん……。B級だというロックウルフルーラーを倒したし、イーグルショットならワンパンでいけるか……?


 などと算段していると、それを見透かしたようにルーニーが話しかける。


「君は今、ロックウルフルーラーを倒した秘密の技ならいけると考えているのかな? でもそれは封印してもらいたいんだよね」


 は? なに言ってるんだ、この眼鏡。

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