140話 おでかけ

 自分の記憶を掘り起こし、田口オススメ漫画セレクションの中からひとつと、久々に読み返してみたくなった尻尾の生えた少年が玉を集める超名作を購入した。フリマの中古品とはいえ、何十冊となると結構高くて懐に響く。


 俺はさっそく漫画を取り出すと、居心地悪そうに尻尾をピクピクさせているヤクモに声をかける。


「ヤクモー。お前って日本語読めるよな? 漫画……読んでみるか?」


 するとヤクモは興味なさげに口をへの字にすると、こう答えた。


「マンガというのはお前のおった世界で流行っておる、人の子が妄想した物語を絵で表現したヤツじゃろ? ワシそういうのまったく興味ないのう。それよりもなにか仕事くれたほうが嬉しいわい」


 そういやコイツ、クリエイティブな素養は一切ないとか自分で言ってたけど、それって受け手でも遺憾なく発揮されるのかよ。


 もしかしたらノンフィクション物の作品なら興味を持つかもしれないが……まあ俺も別に自分の趣味にヤクモを引きずり込むつもりもない。


「仕事かあ。何かやってほしいことあったっけ……」


『どうじゃ? なんかないか!?』


 起き上がったヤクモがフンフンと顔を近づけながら俺に迫る。ええい、うっとうしい。


「それじゃあ……。そうだな、スキルを習得したときのビビビビってやつあるじゃん? あれの痛みを軽減とかできないか? 最近スキルポイントは貯まってきてんのに、アレが怖くてレベルアップもできないしさ」


『なんじゃ、それくらい気合と根性で耐えてみせんかい』


「それがしんどいから言ってんだよ」


 できることなら二度と喰らいたくない痛さだからな。+1でアレなら、+2を習得するとなるとマジでショック死しそうだし。


『うーむ、まあお前がそこまでいうなら、やってやりたいのはやまやまなんじゃが……あの辺はワシの管轄じゃなかったからのう。無理じゃなー。すまんな』


「そうか、それじゃあ仕事も無しだ……」


「しょんなー……」


 鳴き声のようにも聞こえる情けない声を上げて、ヤクモが尻尾をぺたんと床につけた。


 んんん……。やることないから仕事をくれなんてヤベーやつではあるが、俺が楽しんでる間にこいつが虚無なのもかわいそうだしなあ……。なんかないか……。あっ、そうだ。


「それじゃあアレはどうだ? 俺がお前にメッセージを送る時、今はキーボード入力だけど、それをフリック入力に変更できるようにしてもらえるか?」


 最近のツクモガミのチャットはずっとキーボード片手打ちなのでずいぶんと目立たなくなってはきてるんだが、いっそのことフリック入力なら更に目立たなくなる。


 フリック入力なら、ちょっと袖の長い服を着て手を真っ直ぐおろした状態だと、まったく気づかれないんじゃないか?


 だがヤクモはこてんと首を傾げる。


『ふりっくにゅうりょく? なんじゃそれ』


「そこからかー。……ええと、フリック入力というのはな――」


 結局、俺は昼まで漫画を読むことなく、フリック入力の説明をしているうちに昼になったのだった。



 ◇◇◇



 フリック入力を理解したヤクモは報酬5000Gでその実装を請け負うことになった。


 しかしそろそろバージョンアップのネタも無くなってきたし、あの仕事中毒ワーカホリックのために他のエサを考えてやらないといけないかもしれない。


 俺たちは昼食も祝福亭で済ませた後、外出することにした。


『ほんでどこに行くんじゃ?』


 大通りを歩いていると、仕事を貰って心なしか落ち着いたように見えるヤクモが俺を見上げた。


『教会だよ。ようやく町での活動もひと段落したし、一度くらいはお祈りに行こうかなと』


『きょうか……い!?』


 突然ヤクモはサァーと青ざめるとブルブル震えだした。


『し、しもた。そうじゃ、町には教会がある。ああー! ワシ、なんで忘れとったんじゃあああ! 主神様に祈りを捧げなくては! ほれイズミ、行くぞ! はようはよう!』


 どうやらヤクモにとって、教会で祈るというのは大事なことだったらしい。急かすように俺の周囲をぐるぐると回りだす。


『おいコラ危ないだろ。それにいまさら急いでも大して変わらんし……』


『ええい、いいから急いでくれーい! 頼むー!』


 必死な形相のヤクモに迫られ、俺は少々早歩きで教会へと急いだ。



 ◇◇◇



 ――この町の教会の場所を聞いたことはなかったが、鐘の鳴る方角だということはわかっていたので【聴覚強化】で見当はついていた。


 しばらく歩くと、通り沿いの他の建物に紛れるようにその教会はあった。町の規模からすると、もう少し大きな建物を想像していたので少し肩透かしを食らったような気分だ。


「おじゃましまーす……」


 俺は両開きの扉を開けて中に入った。教会の中はレクタ村の親父さんの教会とほとんど同じ、長椅子がずらっと並び、一番奥まった所には祭壇と主神らしき女神像。


 たまたまなのか、普段から閑古鳥なのか、辺りを見回しても祈りを捧げている人は一人もいなかった。


 俺は急かすヤクモをなだめつつ最前列に赴き、そこでひざまずいて目を瞑ると、両手を組み合わせて祈りを捧げた。


 今日まで女神様や他の神様のお陰でなんとか生き延びてこられました。これからもよろしくお願いします――っと。


 ……んー。やっぱり何かの視線を感じる。


 スキルに反応しているわけじゃないんだが、なんともこそばゆい。これがあるからあまりお祈りはしたくないんだよな……。


 祈りを捧げ終わり、目を開いて見回してみても特に誰かに見られているということはない。そして俺の隣ではまだ熱心に、というか必死の形相でヤクモが祈りを捧げていた。


 これは随分とかかりそうな気がするな……。


 俺は軽く息を吐くと近くの長椅子に座り、誰もいないことをいいことに午前中は読めなかった漫画を取り出して、時間を潰すことにしたのだった。

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