48話 夜の森

 村の出入り口に座っている門番の男は、こっくりこっくりと船をこいでいた。相変わらず門番意識の低いおっさんだが、今だけは好都合だ。俺はそっと門を抜け出し、遠くに見える森に向かって走り始めた。


 ずいぶんと薄暗くなった平原を走りながらヤクモに話しかける。


「ヤクモ、お前が後押しするとは思わなかったよ。てっきりどっちでもいいから好きにしろというと思ったんだけど。壁抜けのときはそんな感じだったろ?」


 たしか野盗に捕まった時、クリシアを助けるために壁抜けをレベルアップさせるかどうかのメッセージ欄には、やるかやらないか自由にしろって書かれていたはずだ。


「あのときのワシは傍観者であったからな。しかし今のワシとお前は一蓮托生。お前の行動がワシにも返ってくるからのー。あんまり逃げ癖をつけてセコい男になってしまうと、今後の収入にも響くと思うのじゃ!」


「あっ、そういうこと……。しかし今更だけどさ、お前も森についてきてくれるんだな。何ができるのか知らないけど、アテにしてるぜ?」


「残念ながら、ワシはなーんもできんぞい。言ったじゃろ? 神力はすべてツクモガミに使われておるって」


 俺と並走しながらヤクモがしれっと言った。たしかにそう言ったのは覚えているが――


「は? じゃあなんでついて来たんだよ!?」


「お前が働くのに、ワシがなんもせんのは、なんかこう……ソワソワするんじゃ! それにもしかしたらなにか役に立つかもしれんしの。じゃからワシもついていってもいいじゃろ? なー?」


 仕事がないと落ち着かないって、こいつ根っからの仕事中毒ワーカホリックかよ……。


 そういえば俺が指圧の仕事をしているときも、こいつが寝たり遊んだりしている姿は一度も見たことないな。


 メシを食っていることはあったが、ほとんどはじっと俺の仕事を見つめていた気がする。もしかしてアレって、こいつの中では何か仕事をしていたつもりなのでは……。


 この件が終わったら、なにかこいつにツクモガミのバージョンアップでも依頼してやろう。そんな決意をしながらしばらく走り、俺たちはとうとう森にたどりついた。


 額の汗を拭い息を整えながら森を眺める。すでに日が暮れており、木々が鬱蒼と茂った森はまるで目の前に闇が広がっているように見えた。


 そんな中、いくつか木々が伐採された明らかに人の手が加えられている箇所を見つけた。きっとここが狩人兄妹が普段通っている入り口だろう。


 俺とヤクモはお互い顔を見合わせ頷くと、その中へと足を踏み入れた。



 ◇◇◇



 スキル【夜目】のお陰で明かりがなくても真昼のように……とまではいかないが、わずかに届く月明かりで十分に見える。LEDランタンを出す必要はない――いや、ヤクモがいるんだった。


「ヤクモ、お前は森の中、ちゃんと視えてるか?」


「こんくらいなら大丈夫じゃわい。それよりイズミよ。森の浅い所には魔物がおらんらしいが、普通の獣でも十分脅威なのじゃからな? 注意するのじゃぞ」


「そうだな、気をつける。それじゃあ進むぞ」


 森の中を目の前や足元に注意しながら歩く。人の出入りがあるお陰か、それなりに歩きやすい。


 だが、歩くことにさほど苦労はしないが、あてもなく夜の森を前へ前へと進んでいくというのは……シンプルに怖い。


 どこからか聞こえる獣の鳴き声。ザアザアと風に揺れる木の葉の音。じめっとした土と緑の匂い――


 裸で森の中をさまよったこともあったが、ただ暗いというだけで、あの時の怖さや不安を確実に上回ってくる。


 だがそれでも引き返すことなく進めるのは、ヤクモという話し相手がいるからだ。マジでいてくれて助かった。なんでついて来たんだよなんて言ってスマン。



 しばらく歩き、少し心細くなった俺はヤクモに声をかけた。


「なー、ヤクモ。どの辺に兄妹はいると思う? ……ヤクモ?」


 返事がないので足を止めて振り返る。すると俺の少し後ろの方で、いつの間にか人型に戻ったヤクモがへっぴり腰でおどおどしながらこちらに向かって歩いてくる姿を見つけた。


「おっ、おい! イズミ、お前ちょっと歩くのが早いのじゃ。もう少しゆっくり歩いてくれいぃ……」


「あ、ああ、それはいいけど……。なんだ、お前……もしかして怖いのか?」


 俺の率直な問いかけにヤクモは堂々と答える。


「あっ、当たり前じゃっ! 言ったとおりワシはなんの力も持たんからな。こーんな暗い森にビビってなにが悪いのじゃい!」


 俺の場所までたどり着き、ぶるぶると震えながら俺の服の裾をつまむヤクモ。ついさっき俺に、ビビっとらんで村人の一人や二人くらい救ってこんかい! と啖呵を切ったやつと同一人物とは思えない台詞である。


 アカン。これは俺がしっかりしなければ。俺がビシっと頑張らないと、二人とも死ぬぞコレ。


――後書き――


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