47話 決意

「あれ、イズミ。その弓はどうしたの? 勝手に取っちゃダメだよ?」


「あー、そういや言ってなかったけど、キースに弓を作ってもらってたんだよ。たぶんコレがその弓だと思うんだけど……」


 返事をしながら弓の弦を軽く引いて試す。【弓術】スキルのお陰か、この弓が製作途中ということはなく完成品だというのがなんとなく感じ取れる。


「ふーん、それならいいのかな? ……それにしても二人とも戻っていないのは心配だね。夜の森は危険なのに……」


 クリシアが心配そうに外の景色を眺めた。すでに夕暮れ時であり、もうしばらくすれば日が落ちるだろう。夜の森が危険というなら、もう戻ってないとおかしい。


 とはいえ俺としては待望の弓矢をゲットしたことだし、このまま帰って今度キースに会った時にでも「お前がこねーから先に弓矢だけもらっといたよ。すまんな、金は今払うから」と言えばいいだけなんだが……。しかし、どうしても胸がざわつく。


「二人の入ってる森って、魔物がいるんだよな?」


 たった今、兄妹の両親が魔物の犠牲になったという話を聞いた。俺はまだ魔物を見たことがないが、やはり恐ろしい生物なのだろうと思う。


「うん、いるよ。でも奥まで行かないと遭遇することはないって話だし……。あっ、でもラウラちゃんが最近は森の浅い所で狩れる獣の数が減ったって言ってたから、もしかして――」


 クリシアがハッと息を呑み両手で口を押さえた。森の奥まで行った可能性があるのか。たしかに最近は疲れが取れないほど連日のように狩りに出ていたようだったが……。


『イズミ、どうするんじゃ?』


 心の中にモヤモヤしたものを抱えていると、それを見越したようにヤクモからメッセージが入った。


『いま考えているところだよ』


 ヤクモが聞いてるのは、森に二人の様子を見に行くのかどうかってことだろう。たまたま帰りが遅れてるだけならそれでいい。しかし二人の身に危険が迫ってる可能性もある。


 しかしいくら二人が危ないからと言っても、様子を見に行って自分に危険が及ぶようでは本末転倒だ。


 【弓術】は覚えた。でもキース兄妹だって同じように弓術の才能があるはずだ。俺が行ったところで、何ができるのだろう。


 それに……こんなことを考えるのも薄情なのかもしれないが、出会ったばかりの二人のためにそこまでやる必要があるのかという気持ちもある。


 そんな自分の気持ちになんとなく苛立ちながら、手持ち無沙汰に触っていた弓に、ふと何かの引っかかりを感じた。


 そこを見てみると、なにやら文字が彫り込まれている。しかし読めそうにはない。


 そういえばこの世界にきてからというもの、異世界の文字を見たのは初めてかもしれない。どうやら俺は現地の言葉は話せるのにまったく読めないらしい。


「クリシア、これってなんて書いてるんだ?」


「ええと……『森の神よ、我が同志イズミを護り給え』だよ。……イズミって、キースさんとずいぶん仲良くなったんだね。よっぽど親しい人でないと、自分の信じる神様に守護をお願いしたりしないんだよ」


 それほど仲良くなった覚えはなかった。でも、あいつがバカみたいに喜んでいたのは覚えてる。俺が金を支払うと言っても同志から金は取れないとなかなか折れてくれなかったもんな。最後はラウラの方を説得して二人がかりでなんとか金を受け取るようにしてもらった。


「キースさんって、ずっとラウラちゃんを一人前にするのに一生懸命だったから、同世代の友達もいなかったんだ。だからイズミが仲良くなったというのは、とてもいいことなんだけど……」


 そう言いながらもクリシアの顔は曇ったままだ。クリシアも二人に危険が迫っていることを危惧しているのだろう。


「なあ、クリシア。こういう時って、この村じゃどうしてるんだ?」


「えっと、それは……。今から森に捜索にいくのは危険だし、帰りが遅れているだけかもしれないから、動くとしても明日……明るくなってから、村長さんが捜索団を出してくれると思うけど……」


 俯きがちにたどたどしくクリシアが語る。歯がゆい気持ちが伝わってくるが、夜間の森が危険なら妥当な判断だろう。


 妥当なんだが……。なんとなく弓に書かれた文字を指でなぞりながら、俺はツクモガミでヤクモにメッセージを送った。


『なあヤクモ、お前はどう思う? 【弓術】と【イーグルショット】、あとその他もろもろのスキル。これで夜の森へと向かっても大丈夫だと思うか?』


 俺からのメッセージに、ヤクモがまるで感情を爆発させるようにウニャーン! と甲高く鳴いた。


『フン、ビビってばかりおってからに! ようやく、ようやーく、それをワシに聞いたか! イズミよ、お前はまだまだスキルの少ないひよっこなのは間違いない。しかーし! それでも我らの叡智の結晶ツクモガミは無敵なのであーる! ビビっとらんで村人の一人や二人くらい救ってこんかい!』


 ヤクモが二本足で立ち上がり、ふんすと鼻息荒く胸を張る。


「えっ、ヤクモちゃん二本足で立てるの!? えっ、かわ……ええ……!?」


 クリシアからすると深刻な場面で急に狐がかわいいポーズをしたようにしか見えんよな。前の世界でも立つレッサーパンダとか大人気だったし。


 そんなわけのわからん空気に、俺はなんだか顔がニヤけてくるのを抑えながらクリシアに伝える。


「クリシア、俺さ、これからちょっとあの兄妹の様子を見てくるわ。ああ、心配はいらないから。実は俺……弓矢の腕前、めっちゃすごいんだよね」


「えっ、ええ? イズミがまた変なことを言ってる……」


 顔をひきつらせて戸惑うクリシアだが、俺としてはこう言うしかない。


「いや、本当なんだって。マジで」


「違うの。イズミが突拍子のないことを言うのは今更だし、弓の腕前は信じるけど……。でも前にヒールで倒れたみたいなことにならないか心配だよ」


 いきなり告白した弓の腕前は信じてくれるのか。ありがたいけど、多少の押し問答を覚悟していただけに肩透かしだ。


「まぁ今回は気をつけるよ。森って村の門から見えたあの森だよな? ……それじゃ行ってくる!」


 あまり言葉をかわしても決心が鈍るだけだ。今はヤクモの言葉を信じて行動しよう。俺は矢筒を手に取ると、すぐさま村の門に向かって駆け出した。

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