46話 お宅訪問

 診療所の掃除が終わり、もう一度玄関から外を覗いてみる。だが、そこには狩人兄妹の姿はない。


「うーん、約束を破ったり忘れるような野郎には見えなかったんだがなー」


『そうじゃなー。ワシもそう思うぞ。なんというか、バカ真面目な感じの男じゃったからな』


 俺の呟きに足元のヤクモも同意する。だが現実問題として夕方の鐘が鳴り、もう店じまいだというのに二人は一向に現れない。


 もしかすると、なにかの都合でこれなかったのかもな。まあ一日くらい待ってもいいか――


『おい、イズミ。まさかお前……明日まで待とうとか言うんじゃないだろうなー? お前も知ってのとおり、ワシはもう取り置きのカップラーメンが無くなってしまったのじゃよ? 一日でも早くお前に収入を確保してもらい、ワシにも仕事をよこしてもらわんと、カップラーメンが……カップラーメンが……ラーメン、ラーメン、ラー』


 俺の思考を読んだかのように、メッセージが入ったかと思うと、ヤクモはうつろな瞳でラーメン、ラーメンとひたすらメッセージを送信し続けている。大丈夫なのかよ、コイツ……。


『はあ……そうだな……。待ったところで明日もすっぽかされても困るしな。これからキースん家に行ってみるか』


『そうじゃそうじゃ、それがいいぞ!』


 再び瞳に光を宿したヤクモが、尻尾を振りながら俺の周りをぐるぐると回り始める。やれやれ、しゃーねーな。


 俺は診療所の長椅子に座ってくつろいでいるサジマ爺さんに声をかけた。


「なあ爺さん、キース兄妹の家の場所って知ってるか?」


「ああ、この村のもんの家は全部覚えとるよ」


 さすが村。なんだか怖いけど今だけはありがたいぜ。そういうことで、サジマ爺さんにキース兄妹の住所を聞いた俺とヤクモは、さっそくキース兄妹の家に向かうことにした。



 ◇◇◇



「あれ? イズミにヤクモちゃん。もうお仕事は終わったと思うけど、どうしたの? そっちは教会じゃないよ?」


 キース宅へと向かう道すがら、クリシアに出会った。クリシアは用事の帰りなのか、蔓で編んだ大きなカゴを背負っている。中にはキャベツっぽい野菜がたんまりと入っているが……シスター服の姿だとなんだか違和感がすごいな。


「ああ、こないだ知り合った狩人のキースにちょっと用事があってな。家まで行ってみるところだよ。そういうクリシアはどうしたんだよ?」


「私は信徒の方からお野菜のおすそ分けをいただいて帰るところ。ねえ、キースさんの家に行くなら、私もついて行っていい? ええと、ラウラちゃんにも会いたいし……」


「いいよ。それじゃあ行こうか」


「うん!」


 クリシアは嬉しそうに顔を綻ばせる。……へえ、ずいぶんとラウラと仲がいいんだな。俺の隣に並んだクリシアは軽い足取りでルンルンと道を歩き始めた。



 それからしばらく歩き、目的地のキース宅へと到着した。木造の平屋建て。離れたところには一回り小さい小屋があった。もしかしたら獲物の解体用の小屋なのかもしれない。


 普通なら食事の準備を始めるような時間帯だ。だというのにキース宅は静まり返っていた。


「なあ、そういえばキースって親は?」


「ご両親はお二人とも狩人だったんだけど、八年ほど前に魔物相手に大怪我をしてね、その傷が元でお亡くなりになって……。それからはキースさんが一人で狩人をしながらラウラちゃんを育てたんだよ。今ではラウラちゃんも狩りができるようになったけど、最初の数年は本当に大変だったみたいなんだ……」


 クリシアが眉を寄せながらぽつぽつと語り、最後に両手を組み合わせて瞑目した。


 村人同士の助け合いなんかはあったかもしれないが、それでも十二歳かそこらで狩人をしながら妹を育てるのは大変だったろうな。社会保障制度なんかがあるわけでもないのでなおさらだ。


 まあ今は普通に生活をしていられるなら、いまさら俺が気にすることでもない。気分を入れ替えた俺はキース宅の扉をドンドンと叩く。


「ちわー、イズミだけど。キース、いる~?」


 だが中からはなんの返事もない。んー。どうしたものか。すると俺の脇から扉を覗き込んでいたクリシアが、


「うーん、留守なのかな?」


 と呟き、そのまま扉をバンと開いた。うおっ、鍵がかかってなかったのか。


 クリシアはそのまま中へとずかずか入っていく。なんとも手慣れているな。これが村の常識なのか。


「キースさーん、ラウラちゃーん? ……やっぱりいないみたいだね。ってイズミどうしたの?」


 俺は転移して最初に見つけた小屋に無許可で入ったとき、いきなり野盗にブン殴られたからな……。空き家に入るのに少し腰が引けていたとは言えない。


「な、なんでもない。それよりもやっぱり留守なのか……ってアレは……?」


 部屋の片隅に、弓と矢筒に入った矢が立て掛けられているのを見つけた。先日見た兄妹の弓に比べると、ずいぶん真新しそうだが……。


『これ、お前の弓矢なんじゃないかの?』


『おっ、ヤクモもそう思うか』


 俺は家の中に入り、その弓を手に取った。うん、なんだかしっくりくるな。たぶんキースが俺のために作ってくれたもので間違いないだろう。


 とはいえ、まだ金は払ってないせいか、ストレージに収納しようとすると――《他者の所有物は収納できません》なんてメッセージが流れたけど。


 さて、どうしたものかな。弓矢ができているのに、約束の日に二人が帰ってきていない。


 俺の弓矢を帰ってから届けるつもりだったとしても、もう夕方だ。普段ならもう狩りから帰っている時間じゃないのか?


 少し嫌な予感がするな。

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