123話 ライデルの町娘、マリナの災難2

「はあ、やっぱもう一回くらい呼び止めたってよかったかなあ……」


 あたしは早々に諦めたことを少し後悔して、ため息を吐き出す。あんま自分からグイグイ行くのは好きじゃないけど、彼氏のいるコってみんな自分からコクるようなのばっかりだしなー。あたしも彼氏が欲しいなら、そろそろ積極的にいったほうがいいのかもしれないよなー。


 そんなことばかり考えながら家への道を歩いていると、ふと目の前にさっき見たばかりの背中があることに気づいた。彼じゃん。


 彼はなにかを探しているのか、立ち止まりながらキョロキョロと辺りを見回していた。


「あっ……」


 彼は振り返ってあたしに気づくと、軽く目をまたたかせて、言いにくそうに口を開く。


「えっと、本当にお礼とかはいいんで……」


 あっ! 彼からすると、あたしはずっと後ろを付いてきた不審者ってことになんの!? それは困るってマジ!


「ちょっ、違うしっ! あたしもこっちの方向に用事があるんだって、マジで!」


 そんなあたしの必死の言葉が通じたのか、彼は少し表情を和らげると、そのままあたしに話しかけてきた。


「ああ、そうなんだ……。あー、それじゃついでに聞きたいんだけどさ、この辺に『祝福亭』って宿屋ないかな? 実はちょっと道に迷っちゃってさ」


「えっ、知ってるけど」


「じゃあ教えてくれない? 方向だけでいいから」


「それならあたしが案内したげるから、ついてきてよ」


「いや、いいって。そこまでしなくても方向さえ教えてくれれば……」


「遠慮はいらないってば。だってソコ、あたしんちだし。これから帰るところだったんだから」


「……マジで?」


「マジよマジ」


 男の子はあんぐりと口を開け、そういうことならとあたしと一緒に実家の祝福亭に行くことになった。


 ……てかヤバ。やっぱこれ運命っしょ。あたしは一緒に歩きながら、隣に並んでいる彼の顔を覗き見た。うん、角度を変えてみても顔はやっぱ平凡だね。けど悪くはないし。


 それについてきている従魔も銀色でめちゃキレー。まるで物語に出てくる銀狼……にしては、凛々しいよりもかわいさが勝つけど、まあいいカンジ?


 けっこー強いみたいなのに、首元のギルドタグがゴロツキだらけのG級だったのは少し驚いたかな。これもまあ新人なら仕方ないと思うけど。


 でもG級のギルドタグは見えないようにしたほうがいいよってアドバイスをしてあげた。なんの自慢にもならないどころか、ゴロツキだらけの階級ってことで嫌われてるからね。


 彼はなるほどと一言言って、服の中にギルドタグを入れた。素直なとこもいいじゃん。


 そんなカンジで色々と話したり聞いたりした。だいたいあたしばっか話をして、彼はそれに答えるか相槌を打つかだけだったけどね。ウザがられてないよね? ちょっと心配。


 でもお陰で彼のことが少しだけわかった。名前はイズミで歳はタメ。ジョブは従魔使いで従魔の名前はヤクモ。


 ここから馬車で六日分くらい離れた村からやって来たばかりらしい。そして冒険者ギルドでガディムおじさんから祝福亭を紹介されたんだって。


 おじさんは気に入った人にしかここを紹介しないんだけど、やっぱそれって見込みがあるってことだよね。あのナッシュにーだって、あたしが小さい頃はウチを拠点にしてたし。


 ……そういやイズミってずっと右手をわしゃわしゃと動かしてたけど、彼もナッシュ兄みたく魔法が使えるのかも?


 やっぱ彼って超優良物件じゃん。あたし絶対この出会い大事にしよっと。



 ◇◇◇



 「祝福亭」に到着したイズミは、ガディムおじさんから渡されたという手紙をママに手渡した。


 ママはそれに目を通すと、いくつかイズミからヤクモちゃんに命令させて、しっかり従魔が言うことを聞くのかどうかを確認することになった。「伏せ」とか「待て」とかの簡単なヤツだ。


 ヤクモちゃんは最初はなんだかイヤイヤやってるように見えたけど、イズミが「ちゃんとやらないと外の小屋だからな」って言うと、見違えたようにキビキビと命令をこなしていた。言葉をちゃんと理解してるんだね、ウケる。


 そしてママからの試験に合格し、彼が借りることになった部屋はひと月55000Rで食事なし。駆け出し冒険者が泊まるにしては結構高めの部屋。


 イズミも別にお金持ちってわけでもないらしく、一括でひと月分を払う時には苦い顔をしてたよ。


 それからあたしがイズミを部屋に案内し、部屋の中を簡単に紹介した。といっても、ベッドとテーブル、クローゼットがあるだけのシンプルな部屋で特に説明することもないんだけど。


 あっという間に話すことがなくなり、そろそろ部屋から立ち去らないといけなくなった。でも出ていく前に、あたしからもう一度だけ助けてくれたお礼を言っておこう。


「あ、あの。本当に今日はありがとね。その、お礼もまだだしさ。なにか困ったことがあったら気軽に頼ってよ」


「うーん、まあ大したことしてないから。そういうのは本当に気にしないでいいよ」


 イズミからしたら本当に大したことないんだろうな。なんとなくそういう気がする。でも、せっかくだし、この機会に少しはあたしって女をアピっておきたいよなー。けどさすがに何かプレゼントを贈るのは重いし……なにかないかなー。


 ……あっ、そうだ。イズミはこの町にきた初日みたいだし、きっと町のことはよく知らないはず!


「そ、それじゃあね、あたしこの町の生まれなんで、この町のことならよく知ってるから! だからイズミが行きたい場所とか知りたい場所とかあれば、どこでも聞いてくれればいいよ! すぐに教えたげる!」


「どこでも? いや……でもなあ……」


 一瞬食いついたイズミだけど、すぐに口ごもってしまった。これ絶対どこか知りたい場所があるヤツじゃん。


 でもまだ親しくないあたしには言えないことなのかな。……でもこれが二人が近づくきっかけになったりして。


 ……よし、ここは少し強引にいっちゃおう。ここが勝負時と見た!


「絶対誰にも言わないし、秘密は守るって! だから、マジで言ってみてよ!」


「うーん……本当に?」


「うんっ!」


 イズミは少し困った顔をした後、コホンと咳払いをし真剣な顔をすると、そっと私に言った。


「じゃあ……娼館の場所を教えてくれるか?」


 ピシッと空気が凍ったのを感じた。足元にいるヤクモちゃんが呆れたように大きくあくびをしている。


「えっ、知らないし。キモい」


 気がついたらそう答えていた。目の前にこんなかわいい子いるのに、コイツは娼館の場所を聞くの? ないわー。ありえんわー。


 なんだか今まで抱いていた好感度みたいなものが、一気にガラガラと崩れていくのを感じた。あーあー、いいオトコだと思ったんだけどな。あたしの目も曇ったもんだよ。


 あたしは部屋の扉を開くと、椅子に座ったまま固まっているイズミに最後に一言。


「マジサイテー」


 それだけを言い残し、扉をパタンと閉めて部屋から立ち去ったのだった。

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