128話 リキアの森

「日没とともに閉門するからな。それまでに帰ってくるように」


「了解っす」


 俺は門番に答えると、ライデルの町から北の方角に三十分ほど歩いたところにある、リキアの森へ向かって歩く。もちろんヤクモも一緒だ。


「フフン、イズミよ。もしお前の手に負えない魔物と遭遇したなら、ワシが一喝して隙を作ってやるからの!」


 むんと胸を張りつつ狐姿のヤクモが言った。どうやら先日の見張りの一件で、自分が吠えれば魔物がビビると思っているらしい。魔物の正体は枯れ草だったわけで、それを言い出せなかった俺は「お、おう……」と返事をするしかない。


 リキアの森は町から近く比較的安全で、薬草採集のポイントとして知られているそうだ。だがそのまま奥地まで進んでいくと山へと繋がり、そこにはそれなりに強力な魔物も存在すると聞いている。


 魔物も狩りたいが、まずは薬草採集の依頼をしっかりこなして実績点を稼がなければならない。魔物を探すのは依頼を終わらせた後にすることにしよう。


 そう考えながら、俺はヤクモと森の中へ足を踏み入れた。レクタ村の森に比べると木と木の間隔が広く、森の中まで入ってくる日差しを浴びて草木がキラキラと輝いている。


 思わずその美しい光景に目を奪われていると、隣のヤクモもどこか感動したような声色で話しかける。


「うーむ……。仕事中にこんなことを考えるのはいかんのかもしれんが、なんとも心が晴れ渡るような美しき光景じゃのう」


「仕事だからって別に堅苦しい気分にならなきゃいけないもんでもないだろ? こういうのは役得だと思っときなよ」


 営業職の友人の中には、わざわざレジャースポットのある場所の近くに外回りの営業に出向き、長めの休憩時間を取って遊んでいくようなヤツもいたからな。それは極端かもしれないけれど、別に楽しみながら仕事したっていいだろうよ。


「そうかー? でもなー」


 どこか納得いかない様子のヤクモと共に森の中を歩いていると、ピンとくる感覚があった。これは【薬師】スキルの反応だ。この付近に目当ての物があるという確信がある。俺はその場にしゃがみ込み、生い茂った草のかき分けると――


「これか」


 タンポポのような黄色い花を咲かせている草。冒険者ギルドの資料室で見たリク草のイラストと一緒だ。


 俺には薬草の知識がないはずだったがイラストを見た途端、忘れていたものを思い出したかのような感覚があり、一気にリク草の群生場所、採集方法、薬効などが頭の中に入ってきた。これも【薬師】スキルの効果だろう。


 せっかくなので他の資料も漁った結果、今の俺はこの辺に生えている薬草ならだいたい分かる。


 とりあえず三本まとまって生えていたリク草を全部詰む。十五束で3000Rという依頼だったので、このまま奥に進みながら採取しようと思う。他の薬草も見つけたら、ついでに採るのもいいかもしれない。


 中腰になりながらけもの道を歩いていき、ひとつ、さらにひとつとリク草を見つけてはストレージに収納していく。


 そして全部で十束ほど採集した頃、人差し指ほどの大きさの緑の芋虫が地面を這っているのに気づいた。


「うお、デカ……」


 うにょうにょと尺取虫のような動きで近くの草に向かって這っている。なんとなくつついてみたくなり、俺はしゃがみ込んで指を前に出すと――


「アホ! それ魔物じゃぞ!」


「えっ――うわっ!」


 突然顔をこちらに向けた芋虫は口を丸くあんぐりと開ける。そこにはギザギザの歯がついており、俺の指を噛み切らんと襲いかかり――指を引っ込めてなんとか避けた。


「あっぶねえ!」


 すぐさま距離を取った俺は、バットを取り出して振り下ろす。ブギャッと変な声を漏らして芋虫の魔物は潰れた。ヤクモが呆れたように眉を下げる。


「お前は相変わらず変なところでヌケとるのー。見たことないものは警戒せんかい、虫の魔物だっておるのじゃからな?」


「面目ねえ……」


 俺はバクバクうるさい心臓を抑えながら、潰れた芋虫を足で触り出品してみた。


【ジャギーワーム 1匹 取引完了→500G】


 うーむ安い、だが大事な収入だ。そして注意深く周囲を見ると、ジャギーワームとやらは木を這ってたり、葉っぱをモシャモシャ食べている姿をちらほら見かける。……って、食ってるのリク草じゃん。


 俺は害虫駆除感覚でバットでジャギーワームをぺちんと叩き潰しつつ、薬草を採集することにした。思っていた魔物討伐とは違うが、これはこれで楽しい。


 そうしてしばらく時間が過ぎた頃、森の入り口の方から誰かがやってくる気配を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る