277話 ストーンウォール

 バーベキューが終わり、ギャル二人は体を洗いに川へと向かった。


 リールエが冗談めかして「イズミンも一緒に来る~?」などと言って、マリナが必死に止めたりしていたけれど、もちろん行くわけもなく。


 俺は焚き火の明かりを頼りに、独りでもくもくとテントの設営を始めた。ギャル二人には小屋とテント、好きな方を選んで寝てもらう予定だ。余った方には俺とヤクモ。


 ちなみにヤクモは今、肉とマシュマロの食いすぎで、青い顔をして地面にべたりと寝転がっている。


 もちろんヤクモの手を借りずとも、テントの設営はもう慣れたものなんだが――


 ザザアアァザアアアアアアアアアアァァァ……


 さっきからずっと、北にある山の方角から強く冷たい風が吹き付け、木々を揺らし続けている。


 テントが飛ばされることはないとは思うんだけど、こういう風が続くとなると、寒さのほうも気になってくるよなあ……。


 よし、せっかくだし、ここはアレを試してみることにするか。


「――ストーンウォール」


 俺が言葉を発すると、目の前の地面からズブズブと石の壁が盛り上がってきた。


 これは従魔使い三人組の小男が持っていた魔法スキルを習得したものだ。連中が住んでいた小屋にはべったりと土で補修した跡があったが、どうやらアレは小男の仕事だったらしい。


 小男は土壁で穴を塞ぐ程度、ストーンウォールどころかサンドウォールくらいの使い手でしかなかったようだが、十分にスキルの力を引き出せる俺が使うとなると――


 あっという間に縦2メートル横3メートル、厚さ10センチほどのコンクリートのような壁が出来上がった。倒れてこないように支えも作ったし、これで風は遮られることだろう。



 そうして風避けの石壁とテントを作り終えたところで、マリナとリールエが戻ってきた。マリナが腕をこすりながら口を開く。


「ただいまー。なんか急に寒くなってきたから、早めに切り上げてきたよ……ってか、変な壁が生えてんだけど、なんなんコレ……」


 石壁の方をチラチラ見ながら、小走りで焚き火に寄ってくる二人。


 早めに切り上げたと言いつつも二人とも髪は洗ってきたようで、しっとりと水分を含んだ髪が焚き火の明かりに照らされ、艶やかな光を放っていた。


「まあ壁はともかく……石鹸ありがとね。めっちゃいい匂いするし髪の指通りもサラッサラになったし、コレって高いヤツじゃね? あたしらが使ってよかったん?」


 俺が渡していた固形石鹸を差し出すマリナ。これはツクモガミで買った手作り石鹸シャンプーだ。


 オーガニックやらノンシリコンやらとありがたい商品説明の書かれた一品で、一個1000Gと石鹸のワリになかなかお高い。


 最初は俺が野宿で風呂に入った際に何度か使った液体シャンプーを渡そうかと思ったものの、この辺りでは石鹸はあっても液体のシャンプーは一般的ではない。さすがにこれ以上「とある村で~」と説明するのも変に思われそうなので、サクッと購入してみたのだ。


「その石鹸、気に入ったのならあげるよ」


 俺は液体シャンプーを使うし、正直なところ使い道がないからな。しかしマリナはぎょっとした顔で声を上げる。


「い、いいって! こんな高そーなの貰えないっての! ほらっ、さっさと受け取る! ほらほら!」


 ぐいぐいと俺に石鹸を押し付けるマリナ。まあたしかに、理由もなく高そうな物を貰うというのは居心地が悪いか。気持ちはわからんでもない。


 マリナは見た目は遊んでそうなのに、思ったよりも真面目な娘なんだよなあ……。それがわかっていたら、最初に会ったときにも失敗しなかったんだけどなー。


 などとかつての失敗を思い返しつつ、俺は彼女から石鹸を受け取った。するとリールエがマリナの背中からひょっこりと顔を出す。


「もったいないなー。気にせず貰っちゃえばよかったのに。てかこの石鹸、マジでいい匂いするよなー。ほら、イズミンもちょいと嗅いでみ?」


 そう言って、リールエがマリナの背中をドンと押した。


「きゃっ!」


 押されたマリナがたたらを踏んで、俺の胸に飛び込んできた。慌ててマリナのほっそりとした肩を掴んだが、すっぽりとマリナの体が俺の腕に包み込まれる。


「~~~~~~~~!!??」


 声にもならない声を上げるマリナ。


 飛び込んだ拍子に髪がふわっと広がり、シャンプーのいい匂いがほのかに鼻孔をくすぐってきた。


「……ちょっ、なにすんだよリエピーッ!!」


「にひひ、ごっめーん!」


 顔を真っ赤にしたマリナが勢いよく俺から離れ、リールエを追いかけ始めた。足腰が強い狩人リールエをマリナが捕まえられるはずもなく、ギャル二人は焚き火の周辺を延々と回り続ける。


 そんな光景を眺めながら、俺は密かにリールエに感謝の念を送った。女の子のシャンプーの匂いが嫌いな男なんていませんからね。


 ありがとう、リールエ、ありがとう。せめてもの礼に、俺がこの追いかけっこを止めることにしよう。俺はパンパンと手を叩いた。


「はいはい、せっかく体を洗ってきたのに、汗をかいたら意味ないだろ? それより明日は朝日が昇ったらすぐに出発するから、そろそろ寝ようぜ」


「はあ、はあ……。あたしがこんな恥ずいのに、イズミンが平然としてるのがなんか納得できんし……」


 足を止め、肩で息をしながら口を尖らせるマリナ。すぐにリールエが近づいてポンポンと背中を叩く。


「まあまあ、ゴメンて。それより明日早いんだし、マジでさっさと寝よ? どっちで寝る?」


 テントと小屋を交互に見るリエピー。ぐったりとした表情のまま、マリナが答える。


「ったく……わかったよ。あたしよくわからんから、リエピーが選んでいいよ」


「そう? んじゃ、ウチらはこのテントを使わせてもらうね? いいかなイズミン」


「ああ、いいよ」


「ありがとー。こういうので寝たことないから気になってたんだよねー。……てかさー、寒くなってきたし、このテントで三人で固まって寝たほうがよくね? 人肌で暖を取るのは野宿の基本っしょ。三人ならぜんぜん入れるし」


「は? はあっ!? リエピー何言ってんの!?」


「ありゃ、マリナにはまだ早かったかな~? にひっ、イズミン、残念だったね? それじゃおやすみ、風邪ひくなよー」


 顔を真っ赤にしたマリナにリールエがニタリと笑い、ひらひらと手を振りながらテントの中へと入っていった。


「……うおー! ここめっちゃ暖かい! いいじゃんコレ! ほらマリナも早く入りなって!」


 テントの中からリールエの興奮した声が聞こえる。


 マリナはそれに答え、テントの入り口で腰を屈めたところで――ビュウッと強い風が横から吹きつけてきた。マリナはふと足を止め、風で乱れた髪を整えながらこちらに振り返る。


「……ねー、イズミン。マジで寒さ大丈夫? ……その、キツそうだったらさあ……えーと、絶対に、マジでなにもしないって誓うなら、一緒のテントでもいいんだけど……」


「大丈夫。俺には寝袋がある。コレ、めちゃ温かいから」


 俺はこんなこともあろうかと、ツクモガミで目星をつけていた寝袋をささっと購入し、マリナの目前に取り出してみせた。アウトドアおじさんが出品していた一品である。


「ふ、ふーん。それならヘーキだね。んじゃイズミン、おやすみ!」


 マリナは早口気味に答え、そそくさとテントに入っていった。するとようやく回復したらしいヤクモがむくりと起き上がり、こっちをじっとりと見つめる。


『なんじゃ、別に一緒に寝てもよかろ。あやつなりに気を使ってくれたんじゃろうし、ワンチャンまぐわえたかもしれん』


『アホか、ワンチャンなんてあるわけねーだろ。ムラムラする分、余計に疲れるだけだっての』


『ワシ、いい加減まぐわってるところを見てみたいんじゃがのー。……まあいい、ほいじゃ小屋で寝るぞい。今夜は寒いしワシもその寝袋に入れておくれ』


 ヤクモのヤツ、相変わらず俺のまぐわいに変な興味を持っているようだ。知的好奇心だろうか? もちろん見せるつもりはないけど。


 さっさと小屋へと入っていったヤクモに続き、俺も中に入る。小屋の中でもどこからかすきま風が入ってくるが、これくらいなら問題ない。


 俺は部屋の粗末なベッドの上に寝袋を置いて――その中に潜る前に、アウトドアおじさんのいつもの手紙を読むことにした。


『待ちに待ったアウトドア婚活パーティーもついに来週! それに合わせて新しい寝袋を購入しましたので、今回こちらの寝袋を出品することになりました(^^; 新しく買った寝袋は二つなのですが……なんと! この二つは連結することで一つの寝袋にできるタイプなのです(*^^*) 気が早いと思われそうですが、先に準備をしてお祝いしておくことで、運を引き寄せるなんて開運法があるそうなので試してみることにしました(^^; 万全を期して婚活をがんばりたいと思いますp(^^)q』


 パラロープを買ったばかりだけれど、あれから少し時間が進んでいるようだ。この辺はツクモガミの仕様なのでよくわからん。


 どうやらアウトドアおじさんは婚活パーティーが近づき、テンション高めらしい。


 自分で言ってるとおり、先走りすぎだろと思わなくもないが、お陰で俺は信頼できる人から質のいい品物を仕入れることができている。ありがとう、アウトドアおじさん。俺にできるのは彼女ゲットを祈ることのみだ。


 メモをひと通り読んだ俺は寝袋の中に潜り込む。


 ……ふむ、さすがはアウトドアおじさん。綺麗に洗濯済みのようで、おじさんの残り香はどこにもなく、ほのかに柔軟剤の匂いがする。クリーンいらずでありがたいね。


 おじさんはかなり大きな体格なのか寝袋のサイズも大きく、中肉中背の俺の体はすっぽりと寝袋の中に収まった。


「んじゃワシも入るぞい」


 もそもそとヤクモが寝袋に中に入ってくる。寝袋が広いので小狐一匹くらいどうとでもなるのだが、それでも寝返りで下敷きにしてしまいそうでちょっと怖い。


「なんなら、お前用に小さい寝袋を買ってやってもいいんだけど?」


「かまわんわい。今は金も払わずメシ食わせてもらっとるのに、寝る場所までお前に金を使わせるのはワシの誇りが許さんからのう」


 お前の誇りよりも、俺が寝袋の中で自由に体を動かせないことが問題なんだが? と言いかけた俺だったが、腹の辺りでくるんと丸まったらしいヤクモのフワフワの毛並みがめっちゃ柔らかくて温けえ……。


 俺は話しかけた口を閉じ、そのまま目をつむった。


 サルリンが寝ずの番をしてくれているので、野宿も安心できる。俺は腹にふわふわしたものを感じながら、ゆっくりと眠りについたのだった。



――後書き――


 アウトドアおじさん登場回なので、近況ノートにおじさんまとめと、ちょっとしたお知らせを載せてます。公開版ですのでぜひご覧くださいませ\(^o^)/

https://kakuyomu.jp/users/fukami040/news/16817330648851888020

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