278話 深夜にうごめく
――真夜中。俺はあくびを噛み殺しながら寝袋からのそのそと抜け出し、そのまま小屋の外へと向かった。
寝ている間に山からの寒風は途絶えたようだが、焚き火はとっくに消えていて辺りは真っ暗。光源は夜空に浮かぶ月明かりしかないけれど、【夜目】のお陰でよく見えている。
早朝起床予定のはずが、こんな時間に起きたのには理由がある。
俺はそろりそろりと足を忍ばせ、ギャル二人が寝ているテントの近づくと、
『なんじゃい、やっぱりまぐわうことにしたのか? じゃがなー、そういうことは事前に二人からコンセンサスを得てからじゃな――』
どうやら寝袋から出たときに起こしてしまったらしい。人型に戻ったヤクモが小屋から出てきて俺に念話を送ってきた。
『違うっての。ちょっと黙ってな』
俺は【聴覚強化】でテントの中を
慣れない野宿で眠れていないようなら、ママリスにお土産として大量に貰ったミルクでも飲ませてやろうかと思っていたのだけれど、余計な心配だったようだ。
ちなみにアレを飲むと大変気分が落ち着き、なぜかママァ……と声に出して言いたくなる。あの村の羊のミルクはなぜかバブみにあふれている。少しヤバい気がしないでもないので、常飲はオススメできない。
ひとまずテントを確認した俺は、そのままヤクモを引き連れて小屋の裏手に回った。こっちが用事の本命である。
小屋の裏手にはサルリンと、大木に縛り付けられた従魔使い三人組がいた。
「ウホイ」
じいっと三人組を見つめていたサルリンが俺に気づいてひと鳴きしすると、その音に反応したザインが苦しそうにもぞもぞと動いた。思ったとおり、そろそろ意識を取り戻しそうだなあ……。
「サルリン、見張りありがとな。その調子で朝まで頼むよ」
「ウホウッホ」
俺はサルリンにねぎらいの言葉をかけつつ木製バットを取り出すと、三人組の頭をゴンゴンゴンと続けて叩いていった。
小さくうめき声を上げ、ぐったりと俯くザイン。よし、これで大丈夫だろう。
俺がバットをストレージに戻すと、物陰に隠れていたヤクモがひょっこり顔を出してつまらなさそうにつぶやく。
「なんじゃい、コレが目的か……」
「ああ。サルリンがいるとはいえ、こいつらが騒いで起こされたりするのはイヤだろ? だから追いバットをやりにきたんだけど……なんか目が覚めたし今から寝ても朝早いしさ、俺はこのまま起きておくことにするわ。お前はどうする?」
「んー……そうじゃのう。最近はずっと夜に寝ていたからな、こんな真夜中に起きておるというのはどこか懐かしい気分じゃ。久々の真夜中を味わいたいゆえ、お前についていってもいいかの?」
星空を眺めながら大きく深呼吸をするヤクモ。普通、真夜中には寝るもんだろうと思ったが、もはや何も言うまい。
「わかったよ。それじゃ、ちょっと魔物で試したいこともあるし、山の方へ行くからな」
「なんじゃ、魔物狩りか? 寝る間も惜しんで労働に励む……とても素晴らしい行いじゃな! 感心、感心!」
そういうことじゃないんだが……まあいい、説明するのも面倒だ。俺はそのままヤクモと一緒に山の方へと歩いていった。
◇◇◇
この森ではあまり魔物は見かけないのだが、森の深いところ――つまり山のふもとの辺りには普通に棲息している。
山に向かってしばらく歩いた俺たちは、でっぷりとした体でヨチヨチと歩く不思議な魔物に遭遇した。
どこかペンギンに似てるのだが、クチバシだけが不自然なくらいに長くて鋭い。アレはたしかクロールバードだ。
バジたちに一匹もらったことがあるけれど、鶏肉みたいで美味いんだよな。生きている現物は初めて見た。
『おお、アレは美味い魔物じゃろ!? さあ狩ろう、狩って食おうではないか!』
どうやらヤクモも覚えていたらしい。俺は足元の小石を手に取って、ポイッとクロールバードに向かって放り投げる。小石はその頭にコツンと当たった。
「クケーーーーーーーッ!」
クロールバードは俺たちの存在に気がつくと、愛嬌たっぷりの体からは想像できないようなスピードでクチバシを突き出すように突っ込んできた。
「テイム! お前の名前は『あ』だ」
使役を行った直後、クロールバードは足を緩め、今度はヨチヨチと歩きながら俺に近づいてくる。
「なんじゃい、従魔化するんか。それでは食べられんではないか……。というかその名前はどうかと思うぞい?」
ぶつぶつと文句を言うヤクモを無視しつつ、俺はストレージからナイフを取り出すと、『あ』に向かってぶん投げた。
「グケッ」
サクッと頭にナイフがぶっ刺さった『あ』は、そのまま仰向けに倒れて絶命した。
「にょわっ!? せっかく従魔化したのに何しとるんじゃ!?」
ヤクモが騒ぎ立てるが、もちろん計画通りの行動だ。それを説明しようと、俺はヤクモに振り返る。
その時、急に全身に怖気が走り、胃の中身が逆流してくるような感覚に襲われ――
「ゲボボボボボボロロロロロロロロロ……」
唐突な吐き気に、その場でゲロを吐き出した。
「おわーっ! ばっちいのじゃ!」
素早く後ろに飛び去るヤクモ。どうやら二次被害はまぬがれたらしい。
俺は吐くものを吐き尽くした後、アクアで水を出して口の中をゆすぐ。ああ、これじゃあダメだなあ……。
俺がしゃがみ込んだまま肩で息をしていると、ヤクモがゲロに足で砂をかけつつ話しかけてきた。
「急に吐くとか、何か悪いモノでも一人でこっそり食っとったのか? ワシに内緒で食うからバチが当たったんじゃと思うぞい。何食ったんじゃ?」
「違うっての。……俺はたぶん、感覚的にはC級とか言われる魔物くらいは使役できると思うんだよな。だから魔物を従魔化して動きを止めてさ、そのまま狩れたらラクだろう?」
「は? 従魔化した魔物を殺すんか? なんちゅーことを思いつくんじゃ。こっわ……」
ドン引きしたようにヤクモが一歩後ずさる。従魔化した直後なんだからなんの愛着もないし、こんなのは誰でも思いつくと思うんだけどな……。
「ってことで、それを試してみたわけなんだが……これはダメだな。従魔とはどこか精神的に繋がるのか知らんけど、殺したときにすごく気分が悪くなるみたいだ。いちいち吐いてるようじゃ使いものにはならないなあ……」
他にも魔物をテイムしまくって、魔物の
「おまえなー。そういうラクをすることばかり考えるのはいかがなもんかと思うぞ? いいか、イズミよ。仕事とはツライものなのじゃ。じゃが、その中でやりがいを見つけてだな――」
「あー、はいはい。わかったわかった」
俺はぞんざいにヤクモに言葉を返すと、このまま森をうろついて魔物狩りをすることにした。このまま小屋に戻っても時間を持て余すからな。
◇◇◇
それからしばらく山のふもとで魔物を狩った。ここまでの成果はクロールバード十匹のみ。ハンマーエイプは見あたらなかった。バジたちもみつけるのに苦労していたし、結構レアな魔物なんだろう。
「この辺りには、他にめぼしい魔物はいないのかねえ……」
俺がなんとなく発した独り言に念話が返ってきた。
『この辺にはあんまいないかなー。イズミっちが従魔化したエイプちゃんもはぐれたヤツっぽかったし』
「ああ、そうなんだ……ってか誰?」
この声はヤクモじゃない。当のヤクモはしかめっ面で尻尾をピンと立てている。
「貴様ー! 森の神か!?」
『イエーイ。物品……じゃなくてヤクモっち? おひさー』
どうやら森の神らしい。彼女と話をするのはリザードマンたちの根城をつぶすようにお願いされて以来になる。なにか用事なんだろうか。
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