279話 森の神ふたたび
突然、頭の中で語りかけてきたのは森の神だった。……って、あれ?
「夢の中じゃないと、俺とは会話できなかったんじゃなかったっけ?」
たしかそんなことを言っていた気がするぞ。しかし森の神はそんな俺の問いかけにさらりと答える。
『それはイズミっちに加護をあげちゃう前の話っしょ? 今は加護を通してあたしとイズミっちには繋がりが存在するワケ。でもまー本来なら会話はキツいんだけどー、ここはあたしの領域たる森の中だし。ここならバリ3だから!』
俺のいた世界からいろいろと影響を受けたのは知っているけど、バリ3って言葉は久々に聞いたよ。
「うぎぎ……! それで森の神よ、お前は一体なにしにきよったんじゃい!」
機嫌悪そうにプリプリと怒りながらヤクモが言う。相変わらず他の神と仲が悪いようだ。
『もー……ヤクモっちってば、せっかちなのは変わんないねー。とりま怒られちゃう前に言うけどー、イズミっち、キミは助けた娘たちに頭を洗う石鹸を渡していたじゃん? アレちょっと見してほしいんだけど、いい?』
「いいっすよ」
俺はストレージからマリナから返された石鹸を取り出し、自分の手のひらに乗せてみる。
すると風もないのに周辺の木々がざわざわとざわめき、森の神が『へー、ふーん、ほー、マジか……』と興味深くつぶやく声が脳内に響いた。
『……こういう洗浄剤って他にもあるんだよね?』
「シャンプーならいろんな種類があると思いますけど」
『だよねー。キミの世界に研修旅行にいった時、見学は自由だったけど現物の持ち帰りは不許可でさあ。それでモヤモヤしてたところで、今夜あの娘たちが川で使ってるの見て、あたしも使ってみたくなっちゃったんだよねー……』
そこで一旦言葉が途切れる。そして木々が再びざわつき、森の神の少し緊張したような声が脳内に響いた。
『イズミっち、あたし、シャンプーがほしいんだけど、ツクモガミで買ってくんないかな? お願いっ! このとーり!』
なにがこのとおりなのかは、見えないのでわからんけれど――
「別にいいっすよ」
『マ!? やったー! イズミっちちゅきちゅきだいちゅき!』
それくらいお安い御用だ。リザードマンの根城をぶっ潰したおかげでゴールドなら結構余裕があるからな。
森の神が関わらなかったら稼げなかった大金だし、シャンプーを譲るくらいなんの問題もない。
しかしどんな種類がいいのかとリクエストを聞こうとしたところで、ヤクモの横槍が入った。
「待て待てちょっと待てーい! ワシもお前からは色々と貰っておるゆえ、やるなとは言わんっ。じゃがな、タダでやってはいかんぞ! なにかしらの労働の対価として与えるのじゃ!」
『もうー、ヤクモっち頭が固いんだからー。でも加護は与えちゃったし、あたしにあげられるモノなんてもうなくない?』
「それもそうっすよね。なんかすごい加護も貰ってるし、別にタダでも――」
「だから待てと言っとるじゃろがいっ! イズミ、お前はこやつを知らんから、そう簡単に言うがなー、森の神は甘やかすとキリがないのじゃ! ワシなんか、これまでこやつにいくつ仕事を押し付けられたことか! ぐぬぬぬぬっ……!」
悔しそうに地団駄を踏みながらヤクモがぶんぶんと腕を振り回す。するとそれに反応して、辺りの木々が面倒くさそうにぐんにゃりと曲がった。
『えー、そのうちやるって言ってんのに、ヤクモっちが先に片付けちゃうだけじゃーん……。てか、それはまあいいんだけどさ、あたし今ならやる気あるし、なんならヤクモっちからオシゴトをリクエストしてくれていいよん』
「むっ、一応やる気はあるんじゃな。ううむ、むうう……そうじゃなあ……それでは何かイズミの役に立つ情報を提供してみてはどうじゃ。森には詳しいんじゃろ? もっと稼げる魔物がこの辺りにいたりせんかのう」
いや、俺は今からここでバリバリ稼ぐつもりもないし、なんならそろそろ小屋に戻ろうかなと思っていたんだけど。しかしそんな思惑とは関係なく話が進んでいく。
『……うーん、この辺にはめぼしい魔物はいないんだよねー。イズミっちが狩ってたクロールバードくらいで』
「ならばやはり山に行くしかないのかのう?」
『それはオススメしないかなー。山にはたしかに魔物が集まってるんだけど、今は魔物同士の力関係がいいカンジに整ってんだよねー』
「別によいではないか。魔物なぞ、狩って狩って狩りまくればよいだけじゃわい」
『でもイズミっちってドチャクソ乱獲するじゃん? ヘタにつっつくと魔物の力関係が崩壊して、山から森になだれこんでくるかも。はぐれて森に降りてきたのを間引くくらいでちょうどいいんだよね、今は』
「ぐむむ、森の恵みで生活しておる者もいるからのう。そういった者に危険が及ぶということか……」
『そういうこと。それよりもゴールドを稼ぐつもりなら、そろそろ拠点を変えたほうがいいと思うよー? 新規の魔物との出会いがなければ、イズミっちはゴールドを稼げないワケだし』
「えっ、あっ、うーん……」
そういうことも考えないといけない時期なのかもなあ。まあ急ぐ必要はないんだけど。
『魔物を狩りたいなら、南の海洋都市サウロシアスがオススメかなー。この辺よりランクが高い魔物がいるし、町もライデルよりデカいよん』
「はあ……まあ考えとくっす」
『おっ、ぜんぜん乗り気じゃない系~? いいね、いいね! めちゃシンパシー感じる! やっぱ働くのはテキトーにやるのが一番だよねー。……ってカンジで、とりま情報提供はこんなもんでいい? ヤクモっち?』
「むーう、まあ狩れる魔物がいないとわかったのも、ある種有益な情報と言えんこともないのかのう……。うむ、働きがあったと認めるじゃ」
『あざーっす。それじゃさっそくだけどイズミっち、ツクモガミでシャンプー見して見してー!』
「了解っす」
俺はツクモガミを起動させた。すると背後の木の枝が伸びて、ツクモガミを覗き込むように俺の首筋にしなだれかかってきた。
シャンプーなんてどういう物がいいのかまったくわからん。とりあえず適当に「シャンプー」と入力して検索してみた。
『……あっ、コレちょっと気になるねー。コレ見してよー』
木の枝の先っちょに生えた白い花が、検索結果の画面の中からピンク色のかわいいボトル入りのシャンプーの画像をちょんちょんと指し示す。俺はそれをポチッと選択。
どうやら有名人がコラボして監修したシャンプーのようで、いくつか貼られている画像にはギャルっぽい子が商品を手に持ったポップなんかもあった。
商品説明欄によると、とにかくいい匂いとサラサラの指通りが特徴のシャンプーらしい。これは同じブランドのトリートメントとのセット販売のようだ。
『ワー、かわいい! いいじゃんコレ! ……えっ、トリートメントもセットなん? へー、こんなのもあるんだ……チラッ』
白い花がチラッとこっちを向く。あー、はいはい。
「それも一緒に買っていいっすよー」
『やったー! イズミっち、ちゅきちゅきちゅっちゅ!』
そう言って、白い花が俺の頬をツンツンとつつく。ほっぺにチュッみたいなもんなんだろうか。正直ぜんぜん嬉しくはない。
そんなカンジで頬にツンツンされながら、そのシャンプーとトリートメントのセットを購入した。お値段4600G。
俺が普段使っているシャンプーよりずっと高い。とはいえ、これで神様のご機嫌が取れると思えばたいした金額ではない。
俺は購入したものを技能の神がツクモガミ上に作った祭壇アイコンにドラッグしてドロップする。これで技能の神の元へと届くので、後で取りに行くそうだ。
そうしてひと仕事が終わって息を吐いたところで、いつしか無言になっていたヤクモに気がついた。ヤクモはどこかつまらなそうに唇と尖らせている。
「なんだヤクモ。どうかしたのか?」
「むむ……。なんでもないのじゃ」
ぷいっとそっぽを向くヤクモ。そこに森の神のどこか楽しそうな声が響く。
『にひっ、ヤクモちゃんてば、あたしだけイズミっちに買ってもらってるのを見て、うらやましくなったんだって~』
「そっ、そんなこと……! ……うん、まあ……ないとは言わんが……」
ヤクモは一瞬ぷんすかと怒りそうになったが、すぐにしゅんと肩を落として足元を見つめた。
うーむ、まあ気持ちはわからんでもないかな。森の神が仕事をしたっていっても、シャンプーを買うためのこじつけみたいなもんだし。
「よし、それじゃあお前にも夜食代わりにカップラーメン買ってやるよ」
「なぬっ! いっ、いいのかイズミ? ワシ、夜食は久々なのじゃ!」
伏せていた顔をがばりと上げ、食いつくように前のめりになるヤクモ。
さっそくツクモガミでカップラーメンを検索してやると、ヤクモはすばやく俺の前に回り込み画面を覗き込んだ。
「ええっとー、どれにするかのう。……むっ、見たこと無いカップラーメンがあるのじゃ、新作じゃろうか!? コレにするか? いやしかし、まずは他のも見て回らんと……!」
『ふふっ、ヤクモっちったら前より素直になっちゃって。いいカンジに肩の力抜けてきてんじゃん』
ぼそっとつぶやき優しげにゆらゆらと揺れる木の枝。それに気づかずヤクモは、ヨダレを垂らしながらツクモガミを凝視するのだった。
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