280話 撤収

 熟考の末ヤクモが選んだのは、いろんなカップラーメンやらカップうどんやらが入ったバラエティセット。十五個入りで2500Gだ。


 シャンプー&トリートメントに比べて安かったので、もう一品くらい買ってもいいぞと言ったのだが、「働いておらぬのに、これ以上甘えるわけにはいかぬ」と拒否されてしまった。まあ本人がそれでいいなら押し付けることはするまい。


 ちなみにヤクモが鼻息を荒くしてカップラーメンを物色している間に、森の神の気配はスウッと消えていった。シャンプーを受け取りに技能の神の元へと向かったのだろう。


 カップラーメンを購入後、ヤクモはさっそくお湯を催促。せっかくなので俺も一緒に食べることにした。ゲロを吐いたせいで胃の中もカラッポだったしな。


 深夜で魔物もうろつく森というシチュエーションだけど、やっぱり外で食べるカップラーメンは格別に美味い気がする。ヤクモは二度おかわりした後に、ようやく森の神がいなくなったことに気づいていたよ。


 夜食の後は腹ごなしにゆっくりと歩きながら小屋へと戻る。夜食を食べて落ち着いたのか、ヤクモもこれ以上狩りをさせるようなことは言わなかった。


 そして小屋が見え始めた頃、山の向こう側から朝日がうっすらと漏れ出していることに気づいた。どうやらちょうど予定通りの時間に戻れたらしい。



 ◇◇◇



「起きてるかー? そろそろ準備してくれー」


 俺がテントに声をかけると、ガサゴソと物音がした後にマリナとリールエがテントからもそもそとい出てきた。


「おはよう」「ンニャンニャ」


「……はよー」「川で顔洗ってくっからー」


 どうやら寝起きの顔を見られたくないらしく、二人は朝の挨拶もほどほどに、そそくさと顔を洗いに川へと向かった。


 俺はその間にテントやら防風用の壁を片付け、ヤクモは焚き火の後始末。


 しばらくしてギャル二人がスッキリした顔で戻ってきたのだが、その手に見慣れない大きなカゴをぶら下げていた。


「なんだそのカゴ?」


「アイツら、川に罠を仕掛けてたみたい。せっかくだから持ってきたんだけど、けっこー大漁だよー」


 どうやら川の生き物を捕まえるための罠らしい。竹で細かく編まれたカゴの中には、何匹もの見たことない魚がビチビチと跳ねていた。


「これって食べられるのか?」


「うん、食えんヤツは川に戻してきたからね。焼いて食べると美味しーよ。コレとかめちゃデカくていいカンジじゃん?」


 そう言ってマリナがヒゲの生えた……ナマズ? みたいな魚を指差す。正直見た目はあまり美味しそうには見えない。


「ウチらはいらないけど、イズミンなら収納魔法で持って帰れるっしょ? もったいないし貰っていこうぜー」


 ニッカリ笑って竹カゴを前に押し出すリールエ。悪党共がここに戻ってくることはないとはいえ、なかなかちゃっかりしている。まあ俺も味には興味があるし、貰っていくことにしよう。


 生きたままではストレージに入らない。俺はカゴから取り出したナマズ(仮)数匹を料理スキルでサクッとシメてストレージに収納した。


 収納するとツクモガミのモニターに名前が表示されるわけだが、ナマズっぽい魚は「グレイシルロス」という名前らしい。


 聞いたことない魚だけれど、俺の中の【料理】スキルがこの魚は食べられるとささやいているので、たぶん大丈夫だと思う。


 そしてギャル二人には、朝食代わりのカ◯リーメイトとオレンジジュースを提供した。これは移動しながら食べてもらうことにしよう。


 なお、食べ物を見ると過剰に反応するヤクモもさすがにカップラーメン三杯は腹に残っているらしく、朝食が欲しいとは言わなかったよ。



 ◇◇◇



 ――ゴンッ。


「うぐぉ……」


 ザインがうめき声を漏らしてガックリと頭を垂らす。


 森を移動し始めて数時間が過ぎた。俺たちは未だに森の中。


 今はサルリンの丸太のように太い腕に抱かれている連中に、二度目の追いバットを食らわしたところだ。


 うなだれたままピクリと動かない三人組を、リールエがおそるおそる覗き込む。


「うわぁ……こいつらそろそろ死んじゃわね?」


「大丈夫。俺、昏睡させるの得意なんだよ」


「えぇ……そんなモンに得意とかあんの? イズミンってマジ器用にいろいろとこなすよな……」


 半分引き気味、半分感心といった感じでリールエがつぶやくが、なんでも器用にこなせるのもすべてツクモガミのお陰である。


 バットで昏睡させるのはおそらく【棒術】の影響だろう。それを自覚して、今後とも慢心はせず謙虚にいきたいもんだね。ドヤ顔くらいは許してほしいけど。


 などと自身をいましめていると、ようやく森の出口が見えてきた。



 俺は森を抜けて足を止めると、サルリンに三人組を地面に下ろすように言う。


「ウホォ……ウッホホ……」


 別れの時を察しているのだろうか、サルリンが俺を見つめながら悲しげに震えるように鳴いた。だが俺は……腹にグッと力を込めて冷徹に言い放つ。


「もうお別れだ。ここまでご苦労だったな。サルリン……山へ向かって走れっ……!」


「ウホッウオッ! ウオオオオオォォーーーーンッ!!」


 従魔は俺の命令に逆らえない。サルリンは一際大きく長く吠えると、くるりと背を向けて周りの木々をバキバキとへし折りしながら森の中へとひた走っていった。


 しばらくしたら【従魔】スキルを解除することにしよう。金髪幼馴染がリボンを巻くこともなかったし、次に偶然出会うことがあれば敵同士だ。さらばだサルリン――


 俺が若干しんみりとしながらサルリンの背中を見送ってると、リールエがちょんちょんと俺の腕をつついてきた。


「ねえねえイズミン。ウチはてっきりサルリンちゃんをこのままずっと従魔にしておくと思ってたんだけど、山に返しちゃうんだ?」


「ああ、そりゃまあ――」


「ニャン、ニャニャン! ニャーニャッニャッ!」

『フフン、イズミにはこのワシがついておるからな! 従魔なぞ不要なのじゃ! のうイズミ! ワーハッハッハッハ!』


『おっ、おう……』


 勝ち誇った表情で高笑いするヤクモに曖昧に頷いておく。


 実際のところは、ハンマーエイプみたいなデカい魔物は町に入れるだけでも大騒ぎを起こしそうだから帰しただけなんだけどな。そうじゃなければ少なくとも町までは悪党を運んでもらってるよ。


 それに食費もかかりそうだし(昨夜はミドルホーンディアーを一匹まるごと食べていた)、今後も飼うなんて考えは最初から頭になかった。


 というかアレだよ。サルリンに謎の対抗意識を燃やしているヤクモだが、そもそもお前は従魔じゃないだろ? とでも言ってやったほうがいいんだろうか。……いや、面白いからこのまましておこうっと。



 ◇◇◇



 その後、マリナとリールエを先に町に帰らせて、森の入り口まで衛兵を呼んできてもらった。


 しばらくすると牢屋付きの馬車に乗って、ギャル二人と衛兵たちがやってきた。御者台に衛兵一人とギャル二人、牢屋の中には三人の衛兵が乗っている。


 牢屋付きの馬車は俺もライデルの町に行くときに乗せてもらっていたので、少しだけ懐かしい。


 衛兵たちはすぐさま三人組の顔と人相書きの紙を見比べ、三人組を冒険者ギルドで賞金首になっているお尋ね者だと断定した。


 衛兵が言うには、ここではなく別の町で従魔を使った悪事を繰り返していた冒険者崩れなんだそうだ。お尋ね者になった途端に姿をくらまし、消息がつかめていなかったらしい。


 三人組は俺が巻いたパラロープの上からさらに荒縄でぐるぐるに巻かれ、牢屋の中に閉じ込められた。気絶したままなので作業は大変スムーズである。


 ちなみに衛兵の一人がパラロープを見て感心したように「これはすごくいい縄だな……。どこに売ってるんだ?」と聞いてきたのだが、旅の行商人から買ったのでわからないと定番の答えを返しておいた。


 返却は不要とも伝えたので、どうか今後のライデルの町の平和に役立てて欲しい。



 それから俺たちはライデルの町へと戻った。


 ギャル二人は無事を報告するために実家に帰り、俺とヤクモは衛兵たちと冒険者ギルドへと向かう。町の治安維持に冒険者ギルドも関わっているらしく、賞金首を捕まえたことによる事務作業もあの場所で行われるそうだ。


 ……冒険者ギルドかあ。長期休養中だったこともあり、あそこに行くのも久々だな。


 衛兵たちとは冒険者ギルドの入り口で別れ、俺とヤクモはどこかしんと静まりかえった冒険者ギルドの中へと足を踏み入れた。

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