281話 久々の冒険者ギルド

 昼下がりの冒険者ギルド。まともな冒険者なら、なにかしらの仕事に出かけている時間帯ではあるけれど――


『むむ……。いつにも増して活気がないのう……』


 辺りを見渡しながらヤクモがつぶやく。しかしその原因は俺にはわかっていた。こういうのは人気受付嬢のアレサが休んでる日なんだよな。


 受付カウンターに目をやると、やはりアレサの姿はなく、ついでにエマもいなかった。こっちは塩対応の不人気受付嬢だけど。



 衛兵からは冒険者ギルドの中でしばらく待っているように言われていたので、俺は今のうちに狩った獣や魔物を魔物買取カウンターに持っていくことにした。売却ではなく解体目的である。


【解体】スキルがあるので自分やれないことはないけれど、それでも面倒くさいことには変わりない。


 皮を剥いだり内臓を取ったり、なんやかんやとやることがあるからな。金を払うことで代わりにやってくれるなら、そっちのほうが断然いいよね。



「おうイズミッ! 久しぶりじゃねえか!」


「ガディムさん、お久しぶりです」


 俺に声をかけてきたのは、魔物買取担当の職員でムキムキマッチョおじさんのガディムだった。


「……最近はまったく姿を見せなかったからよ、おっ死んじまったんじゃねーかと思って……って、なんだ? こいつは魔物じゃなくて普通の獣じゃねえか」


 俺がテーブルの上に積み上げていくミドルホーンディアー、タイニーラビット、ワイルドボアを見てガディムがいぶかしげに目を細める。


「そうですけど……もしかして獣は解体してくれないんですか?」


「いや、金さえ払ってくれるなら、もちろんやるけどよ。……だがなー、狩人に職替えしたのなら、解体くらい面倒くさがらずにやらないと食っていけねえぞ? 魔物に比べて獣は割に合わねえからな」


「あー、違いますって。これは世話になってる祝福亭で食堂に出す肉が足りないって聞いて、それで狩ってきただけなんです」


「なんだそうなのか。そりゃあウチの妹夫婦が迷惑かけちまったなあ」


「そんなの気にしないでいいですって。普段から世話になってるし、少しでも役に立てばと思って勝手にやっただけなんで」


 後は最近体を動かしてなかったので、リハビリ目的みたいなところもあったりしたけど。だがガディムは顔をほころばせると俺の肩をバンバン叩いた。


「おいおい、いい心がけじゃーねーか! そういうことならなるべく早くさばいてやるから待ってろよな!」


 ガディムはさっそく職員たちを呼びつけ、彼らと一緒にテーブル上の獣をせっせと奥の作業場へと運んでいった。


 他には魔物のクロールバードも狩っているが、とにかく祝福亭が先なので後回し。ちなみにツクモガミでの買取価格は3200Gとあまり高くはないので、自分の食用にする予定だ。



 ◇◇◇



 そうしてガディムたちに解体を任せ、壁に貼られた依頼書なんかを見て時間を潰していると、いつの間にやら受付カウンターにいた受付嬢エマに呼び出された。どうやら彼女が賞金首の件も担当してくれるらしい。


 俺がカウンター席に座るなり、じっとりした目でエマが見つめてくる。


「イズミさん最近見ないなー……って思ってたんですけど、いつの間に賞金稼ぎに転職したんすか?」


 狩人のつぎは賞金稼ぎに転職したことになってしまった。俺ってそんなに職を転々としそうに見えるんだろうか。……見えるんだろうなあ。


「違うって。たまたま賞金首を見つけたから捕まえただけだよ。そんな危なっかしい職に就くつもりはないから」


「えぇ……たまたまって、そんな『珍しい鳥がいたからちょっと捕まえてみた』――みたいに気軽にやれることじゃないと思うんすけど?」


 呆れたようにエマが言うが、本当に偶然なんだから困る。俺は話を変えるべく、さっきから気になっていることを尋ねることにした。


「ところでさ、今日もアレサさんいないんだな」


 俺がエルフ村からこの町に戻ってきたときには、ナッシュとデート中とのことで顔を合わせなかった。俺からするとずいぶん長い間アレサとは会っていないことになる。


 しかし俺が言うなり、エマは一度ぱちくりとまばたきをして、それから長い長いため息をついた。


「はあーー。マジすか? 最近はずっとこの話題でもちきりだったってのに。はあー……。冒険者を続けるつもりなら、もう少し世間の情報は仕入れたほうがいいっすよ? 情報収集は冒険者の基本ですから」


『そのとーりっ! 常に新しい情報を収集し適切なアウトプットを行うことで、仕事の質はより高まっていくのじゃ! じゃから依頼を受けなくともギルドには通えとワシは言っておったのに、お前は一度もいかんかったからのうー』


 足元でヤクモがくどくどと説教を始めているが、スルーしてエマに問い返す。


「アレサさんになにかあったのか?」


「……アレサさん、ナッシュ兄と結婚したんすよ」


「えっ、マジで!?」


「マジっす。以前はB級に昇格したら結婚みたいな約束をしていたらしいんですけど……ホラ、色々あったじゃないすか? アレで二人とも危機感を持ったらしくて、さっさと結婚しておくことにしたみたいっすね。……まあそれでいいと思いますよ。結婚するために焦った結果、死んじゃったら元も子もありませんし」


 たしかに目標は大事だけれど、冒険者は危険な仕事だもんな。エマの言い分もよくわかる。


「そっかー。あの二人が結婚かあ……」


 などと思った後、ワンテンポ遅れて大事なことに気がついた。


「――えっ、でも俺……二人の結婚式に呼ばれてないよ……?」


 俺、それなりに親しいつもりでいたんだけどな? なんならナッシュの命を助けたりもしたし。……えっ、マジか。こんなことってあるのか? 少し、いやかなり切ない気分なんだが。


 だが俺の悲しみを知らないエマは、珍しく仏頂面を崩して笑った。


「あはは、結婚式って! なに言ってんすか、そんなもんあるわけないっすよ」


「え? そうなの?」


「そっす。ナッシュ兄とアレサさんは、ギルドでいきなり結婚の報告をして、それから冒険者の皆さんからブーイングを浴びせられながら逃げるように出ていきましたよ。それで終わりっす」


「へー、そんなもんなんだ……」


 というかブーイングなんだな。アレサを狙ってた冒険者は多かったから、それも致し方ないのか。


「まあお相手が人気受付嬢ですからちょっと特殊ですが、冒険者の結婚だなんてあっさりしたものが大半ですよ。そして二人とも今は休暇中で、のんびりと新居を探したりイチャついたりしてるみたいっすね」


「へえ、それじゃあ組んでいたパーティ……『暁の光』はどうなったんだ?」


『暁の光』はリーダーがナッシュ、後は女戦士コーネリアといぶし銀のおっさんとの三人パーティだったはずだ。


「どちらもナッシュ兄が復帰するまで、それぞれ単独でギルドの依頼を受けてますよ。……そういやコーネリアさん、私がイズミさん担当だと知って、いきなり私に担当を鞍替えしたんですけど、あの人に何かしたんですか? コーネリアさんって女性にモテるから、他の受付嬢から変なやっかみを受けて大変だったんですけど」


 再びじっとりした目をエマが俺に向ける。


「ちょっと一緒に戦って、メシを食べたくらいかな。なんか気に入ってもらえたみたい」


 コーネリアは食べっぷりも飲みっぷりもいいので、一緒に食べていて楽しかった。また一緒に宴会をしたいもんだね。


 だがエマは疑いの眼差しで口を開く。


「……へー、本当にそれだけっすか? 『イズミに惚れた』だの、『子供を生みたい』だの言ってましたけど?」


「ぶほっ! なに言ってんだあの人!」


 たしかにそんなことも言ってたけど! それを公言するのはどうかと思うぞ!?


「そ、それは多分アレだ! それくらい親しくなったというあの人なりの冗談だろ!」


「二人の担当受付としては、その辺はっきりさせておきたいんですけどね。……本当に付き合ったりしてないんすか?」


「してない! してないって!」


「じゃー、イズミさん誰と付き合ってるんすか?」


「誰とも付き合ってないって!」


「……本当っすか?」


「ウソ言ったってしかたないだろ……。はあ……」


 ため息まじりに答える俺。昔なら見栄を張ったかもしれないけれど、そういう歳はとっくに過ぎたからな。


「……ふーん。へー。ほー。それなら私にだってまだ……」


 エマはぶつぶつと呟きながら、口元をによによと緩めた。なんでニヤニヤしてるんだよ、この娘。


 ……もしかして童貞乙とでも思われてるんだろうか。どどどど童貞ちゃうわ!


「ふふ、そういうことなら、とりあえず信じてあげるっす。それじゃあ雑談はそろそろ終わりにして、本題に入りましょうか」


 どこか上機嫌にそう言ったエマは、革袋をカウンターの上に置いた。


「ジラールの町で従魔を使って殺人、強盗、後はまあ色々……とやっていたザイン一味であると、こちらでも確認が取れました。そして冒険者ギルドから支払われる報酬金がこちらです。お納めください」


 俺はさっそく革袋を開き、中身をテーブルの上に取り出す。中には金貨が二十八枚……28万リンが入っていた。


 あれ? 思ってたよりも少ないな。賞金首三人だよ?



――後書き――


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