276話 パーリーナイト

 俺は従魔使い一味を全員拘束した。時間を見計らって追いバットをするつもりなので、ヤツらがまともに意識を取り戻すことはないだろう。


 さて、これで従魔使いの一件は片がついたわけだが――


「はあ、日が暮れてきたなあ……」


 山の方角を眺めると、日没間近の夕日が見える。町まで戻るとなると、夜の森の中を移動することになるだろう。


 魔物じゃなくても危険な獣だっている。それなりに準備を整えて移動しないと駄目だよなあとため息を吐いた俺に、リールエがなんてこともないように話しかけてきた。


「ねーねーイズミーン。移動ダルそうだし、今夜はここで泊まったほうがよくね?」


「なに言ってんだ? それだと親御さんが心配するだろ」


 という俺のまっとうな意見に、リールエはからからと笑う。


「アハッ、ウケる! それはないってマジ! ウチはいつメンと遊ぶときオールもけっこーあるし、パパは気にしない……ってか諦めただけかもしんないけどー。とにかく問題ないってば。んで、マリナんちも別にヘーキっしょ?」


「んー……。リエピーの家に泊まることはよくあるし、今日も泊まってるんだって思うかも。まー、今日の手伝いをすっぽかしたのを怒られるかもしれないけど、今から森の中を移動するほうがヤダしなー」


 マリナが延々と続く深い森を見て、うんざりしたように肩を落とす。どうやら二人共お泊りでも問題ないらしい。


 そういうことなら俺だって、夜中に気絶したおっさん共を引き連れて森を移動するなんて面倒くさいことはしたくない。ここはお言葉に甘えることにするか。


 俺は二人をキリッと見つめ、ここに宣言する。


「よし、それじゃあ今夜は……ここをキャンプ地とする!」


「ウェーイ!!」


 ウェイウェイと騒ぎ出すギャル二人。元気があって大変よろしい。ついでにヤクモも騒ぎ出す。


『むむっ、そうなると今夜は久々の外メシか!? 今日はワシも大変疲れた。英気を養うためにも豪勢なメシを希望するのじゃ!』


 むんと胸を張ってメシをねだるヤクモ。コイツは今回、いつにも増して何もやっていない気がするんですけどね?


 しかしそれはそれとして、最近はインスタント食品や食堂ばかりでまったく料理をしていなかったのもたしかだ。今夜はお客さんもいるし、久々に料理を振る舞うのもいいかもしれない。


「それじゃあ今夜のメシは俺に任せてくれ」


「マ? ……ああ、そういやイズミン収納魔法あるんだもんね。いいよなーソレ」


 羨ましそうに俺を見つめるリールエ。そういや同じ狩人のキースも収納魔法を羨ましがってたな。たしかにアレがあるとないとでは狩りの効率は段違いだろう。


「そういうことなら、あたしとリエピーはあの小屋を掃除してくるね。さすがに汚なすぎて宿屋の娘としては耐えられんし」


「ああ、そっちも後で俺がやっとくわ。クリーンでちょいっとやればすぐ綺麗になるから」


「そういう魔法もあったなあ……。料理ができて掃除もカンペキ。イズミンってなにげに女子力高くね……?」


 マリナがじっとりした目でつぶやくけれど、これは女子力とは違う気がする。


 俺が苦笑を浮かべていると、リールエが良いことを思いついたようにポンと両手をあわせた。


「言われてみればさ、イズミンてばマジ優良物件じゃん。じゃあさじゃあさ、イズミン、ウチのヨメにならない? イズミンなら大歓迎だよん?」


「それは遠慮しとく」


「秒でフラれた! ウケる!」


 腹を抱えて笑いながら俺の背中をバシバシと叩くリールエ。何がそんなに面白いのかわからんけれど、楽しそうでなによりだよ。


 俺はゲラゲラと笑うリールエを横目に、今夜の献立を考えることにした。



 ◇◇◇



「うわっ、おいしっ……!」

「それな! はぐはぐはぐっ!」


 マリナは目を丸くして肉串を見つめ、リールエは次から次へと肉を口に運んでいる。


 今夜のメニューはバーベキューになった。


 本日大変な目にあったギャル二人をいたわるつもりで、二人に合った料理を考えた結果がコレだ。


 定番すぎて手抜きに見えるかもしれないが、ギャルといえばパリピ。パリピといえばバーベキューでウェーイだからな(偏見)。


「ウホホ、ウホホイ。ムッシャムッシャ」


 サルリンも俺が狩ったミドルホーンディアーを生のまま美味しそうに食べている。


 さすがにグロいので食事の場所は少し離させてもらったけれど、こいつには悪党どもの見張りと、明日はヤツらを引っ張って森を移動するという役目がある。しっかり食事をとらせないとな。


 なお、ロックウルフのゲレゲレとピエールは【従魔】を解いて開放した。


 魔物なんじゃし殺ってしまえい! とは俺が開放を決めたときのヤクモの言葉だが、名前をつけたせいか、それとも俺の脚に頭を擦り付けて懐く仕草を見たせいか、情が移ってしまったんだよなあ。


 そこで二匹には山に向かって走れと命令を下し、十分離れてから【従魔】を解除してやった。


 次に会う時は敵同士。そんな哀しき宿命を背負った俺と忠狼との記憶を片隅に残しつつ、俺はひたすらキャンプ用のステンレス串に魔物肉やら野菜やらをぶっ刺し、バーベキューコンロで焼いていく。


 魔物肉はホーンラビットとソードフロッグ、野菜はツクモガミの訳あり野菜販売アカウント【おやさい天国】で買ったバラエティ豊かな野菜の数々だ。形はともかく、味は変わらないし安くて量が多い。


『イズミー! ワシは野菜抜きの肉マシマシで頼むのじゃ!』


 バーベキューコンロを見上げながら俺の脚をガリガリとひっかくヤクモ。


『アホか。野菜を食え、野菜を』


 むしろ逆にピーマンしか刺さってない串をヤクモの皿に置いてやった。コイツは普段から偏食家だからな。こういうときくらい野菜を食わせてやらんと。


 俺が置いた緑の塊を見つめ、ヤクモがうげえと顔をしかめた。なかなか食いそうにない。しゃーないので一言付け加える。


『……それを食ったら、次は肉マシマシにしてやろう』


『本当か? 本当じゃな!? うおおおおお! イズミよ、ワシの本気を見さらせー!!』


 そう言ってヤクモは器用に狐の肉球で鼻をつまんで勢いよくピーマンを食い始めた。


 できれば味わってほしいところだが、そんなにピーマンが嫌いなのか。ピーマン美味いのになあ、栄養も豊富なんだぞ……。


 俺は肉だけを刺した串を準備しながら、軽く息を吐き出した。



 ◇◇◇



 そうしてしばらくバーベキュータイムを過ごす。


 さすがに今夜は酒を控えたものの、それでもやっぱり大勢で食べるメシは楽しい。


 小柄なわりに大食いらしいリールエはまだまだモリモリと肉串を食べ続けているが、マリナはひと息ついてコップの水をくぴくぴと飲んでいた。


「なんだマリナ、もう腹いっぱいか?」


「んー……。まだ食べられないこともないけど、まあ、その、ねー?」


 マリナが自分の腹をチラっと見る。どうやら腹のお肉が気になる年頃らしい。


 マリナは尻はデカいが、ウエストはほっそりしてるように見えるんだけどな。まあ本人にしかわからん悩みもあるのだろう。


「そうか。いちおう食後のスイーツも用意したんだけど、止めとくか?」


 俺はツクモガミで購入したマシュマロをストレージから取り出し、皿に盛って見せた。


「真っ白でふわふわ……なんなんコレ?」


 マリナがマシュマロを指でツンツンつつきながら首をかしげる。


 どうやらマシュマロはこの世界に存在しないか、あったとしてもこの町では知られていないものではないらしい。


「マシュマロってお菓子だよ。これをな、こうして……」


 マシュマロをひとつ串に刺し、バーベキューコンロの火で軽くあぶる。しばらくして少し焦げ目がついてくると、甘くて香ばしい匂いがふんわり漂ってきた。


 いわゆる焼きマシュマロである。パリピのバーベキューといえばコレだろう(偏見その2)。


 そうして焦げ目がついたマシュマロを、串ごとマリナに手渡してやる。


「食ってみ? 熱いから気をつけてな」


「なんかすっごい甘い匂いがするね……いただきまー……うわ、ふわふわっ! あまっ……なにこれえ……」


 頬に手をあて、幸せそうにマリナが声を漏らす。それを見て肉串を食べていたリールエの手が止まった。


「えっ、なになにー? ソレってなによー!? イズミン、ウチにも! ウチにもソレちょーだい!」


「はいはい、マシュマロごと渡すから、後は自分たちで焼きな」


「りょ!」


 俺から皿を受け取ったリールエはさっそくマシュマロを焼き始め、焦げ目が付くのをそわそわしながら眺める。


 そして焦げ目が付いてきたマシュマロにふーふー息を吹きかけ、そっと口の中に入れた。


「あまーいっ! やわらかっ! ヤバなにコレ! ヤバッ!」


 足をバタバタさせて騒ぎ立てるリールエ。よっぽど衝撃的な甘さだったらしい。


「コレはだな。前に冒険者ギルドの依頼で遠出したときに立ち寄った村で買った食べ物でなー……」


 ということにしておこう。


 だが二人とも出どころについてはどうでもいいらしく、「そっかー!」と相づちを打った後は、俺には目もくれずマシュマロ焼きを再開する。


 焼いては食べ、食べては焼いてを繰り返す二人。その表情は肉を食べていたときよりも幸せそう。やっぱり女子は肉よりも甘い物なのか。


『イズミ、イズミー! ワシもワシもっ!』


 微笑ましくギャルを見守っていた俺の足元で、ヤクモが興奮気味にフンフンと鼻を鳴らす。


 もちろん食いたがると思っていたので、すでに準備しておいた焼きたてのマシュマロをヤクモの皿に置いてやる――と、ヤクモはすぐさま口に入れて叫ぶ。


「フンギャッギャ!」

『アツゥイ! 熱すぎじゃろコレ!』


『そりゃ焼いてるんだから熱いだろ。少し冷ましてから食え』


『むむむ……早う食いたいし、たくさんモリモリ食いたいのじゃ。そもそもコレって焼かんと食えんのか?』


『いや、別に焼かなくても食えるけど……』


『なーんじゃソレ。それじゃーワシ、焼かんでいいぞい。そのまま皿に盛っておくれ』


 焼きマシュマロの醍醐味もわからんヤツめ……と思いながらも、皿にマシュマロを山盛りにして置いてやる。


 すぐにヤクモが飛びつき、口いっぱいに頬張った。


『むほほっ、柔らかくてモニュモニュするのじゃ! そしてめちゃ甘いのう! うまうまっ! うまあまーい!』


 そうしてマシュマロをがっつくヤクモにマリナが気づいた。


「えっ、なにイズミン。コレって焼かなくても食べられるん?」


「ああ、食べられるけど」


「じゃあ別に焼かなくてもよくね? 焼いてもいいけど……うん、このままでも甘くておいしいじゃん!」


 ひょいっとひとつ口の中に入れて、美味しそうにモグモグするマリナ。


「だねー。柔らかくて甘くて超おいしー!」


 リールエも賛同し、二人でひょいパクひょいパクと生マシュマロを食べ始めた。


 ……たしかに言われてみれば、マシュマロに食べ飽きていれば焼きマシュマロがハマるかもしれないけれど、そもそも食べたことないなら普通のマシュマロでも十分うまいよな。


 そんな当たり前のことにいまさら気づきながら、俺はマシュマロをパクパクと食べ続ける二人と一匹の様子を眺めた。


「ふわあ……甘すぎて頭も蕩けてきそう……」

「アハハッ、止まんないってマジ!」

『モニュモニュモニュ! めちゃ甘いのじゃ!』


 とても幸せそうで結構なことだが……そういやマシュマロってカロリーどれくらいなんだろうな?


 太るのを気にしていたマリナには、悲しい現実が待ち受けてる気がしないでもない。でもまあ、いまさら太るぞと水を差すのもなあ……。


 とりあえずカロリーのことは黙っていよう。そう決意した俺は、もはや誰も焼かなくなったマシュマロを独り寂しく焼き、口の中に放り込んだ。

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