275話 従魔+1

――前書き――

【さるりん】は【サルリン】に変更しました。

―――――――


 スキルを習得すると使い方もふわっとわかるようになるわけだが、長身男から【従魔】を習得した際にもいくつかのことが判明した。


 ひとつ。魔物の使役テイムとは、従えてやるという意志と魔力で魔物を支配することで成立する。


 俺の場合は「テイム」なんて言葉も不要なんだが、アレはヤツらなりのコツなんだろう。せっかくなので俺も採用した。


 そしてもうひとつ。これはザインも言っていたけれど、すでに支配されている従魔であっても、さらに技能が上の者には上書きされてしまう。


 つまりザインの技能を上回れば、ご自慢のハンマーエイプの支配の上書きができるということだ。


 これまでの経験上、スキルをレベルアップさせると常識では計り知れないほどの上がり幅がある。C級の魔物を従えて調子に乗ってるチンピラ程度なら、間違いなく上回ることだろう。


 そういうことで俺は【従魔】スキルのレベルアップに挑戦し、目論見どおりハンマーエイプのサルリンは俺の従魔となったわけだ。



 俺はサルリンに近づき、ごわごわとした真っ白な背中を撫でながらギャル二人に言ってやる。


「コイツは俺の従魔になったからもう大丈夫。ほい、おすわり」


「ウッホホ」


 俺の命令に応じ、サルリンがぺたんと座る。


「おおっ、かしこいな! さすがはサルリン。いい子だ、いい子。グッボーイ、グッボーイ」


「ウホッウホッ」


 褒めながら背中をわしゃわしゃと撫で回してやると、サルリンが上機嫌に肩を揺らす。なかなかかわいいヤツじゃないか。


『……フンッ! そんくらいワシでもできるわ! ほれ見い、おすわりじゃいっ!』


 ヤクモが俺の首から降りて、地面にぺたっと座る。たしかに見事なおすわりだが、コイツはなんで従魔に対抗意識を燃やしてるんだよ……。


 なぜかドヤ顔のヤクモに困惑していると、マリナが俺の背中越しにサルリンをおそるおそる覗き込んだ。


「ヤバ……マジで従魔にしちゃってるじゃん……。でもあいつら、ヤクモちゃんと二匹同時はキツいとか言ってたけど、イズミンは平気なん?」


「あー……。まあ平気みたいだな」


 そもそもヤクモは従魔じゃないしな。というか自分の中のキャパ的にはハンマーエイプ以外にもまだ使役ができそうな気がする。さすがは【従魔+1】といったところだ。


 ――その時、小屋の中で椅子をひっくり返したような音が響き、ドタドタと足音が聞こえてきた。足音はこちらに向かってきている。


 足音のする方に目を向けると、やはり酒を飲んでいたのだろう、ほんのり赤ら顔のザインが小屋の角から姿を見せた。


 ザインは俺たちとサルリンに気づくと歩みを緩め、ニタニタと不気味な笑みを浮かべる。


「ヒヒッ、壁が腐ってでもいたのか? だ、だけどな、逃げ切れるわけねえんだ。コ、コイツがいるんだからな……!」


 サルリンの肩をバシッと叩くザイン。だがサルリンはまったくの無反応。それを見てザインが眉をひそめる。


「み、見つけ次第、脚を叩き折るように命令していたんだがな……? まあいい、やれっ! ハンマーエイプ! ヒャハッ!」


 ザインはたのしげに口の端を吊り上げ、俺を指差した。


 ……だがもちろん、俺のサルリンが命令を聞くはずがなく、おすわりしたまま微動だにしない。


「ハンマーエイプ! あ、脚だ! あいつの脚をへし折ってやれ!」


 ザインが大げさなくらいに腕を振り下ろし、再び俺に指を向ける。しかし――


「おいっ! ハンマーエイプ! 聞いてるのか? ハンマーエイプ!!」


 声がむなしく森の中で木霊こだまするだけだ。


 ……ところで気がついたんだけど、ザインはハンマーエイプにハンマーエイプと名付けていたようだ。きっとRPGなんかではプレイヤー名にデフォルトの名前を使うタイプに違いない。


 ちなみに俺は自分の名前に変える派だよ。さらにヒロインには当時好きだった女の子の名前を入れたりもするタイプでもある。サラマンダーよりずっと早いと言われた時には泣いた。


 などと考えている間にも、怒鳴り散らしながら必死に命令を繰り返すザイン。もちろん俺のサルリンは動かないままだ。


「クソックソッ! ど、どうなってやがる! オイッ! オラッ!! 俺の命令を聞けっ、この畜生めっ!!」


 ザインは声を荒げ、サルリンの太い脚を蹴ったり背中を殴ったりとやりたい放題だ。


 しかしザインの細腕でサルリンが傷つくことはない。バジたちが全力で立ち向かっても、返り討ちにあったくらいだもんな。


 とはいえ、近くでハエが飛び回る程度には気になったらしい。サルリンはわずらわしそうに身じろぎをすると、ザインをギロリとにらんだ。


 それでも反撃をしないのは俺の『まてステイ』という意志が、言わずともサルリンに通じているからだ。実にグッボーイである。


 サルリンの睨みに相当ビビったのか、ザインは後ずさりしながら震えた声を上げる。


「ヒッ、ヒイッ……! な、なんだ、その目は! 俺はお前の主だぞ!?」


 そうしてザインが一人で騒いでいる中、川で獣の解体作業を行っていた子分二人も森の中から戻ってきた。もちろんロックウルフ二匹も一緒だ。


「あーあ、逃げだしちまったのか? バカなヤツらだなあ。……なあザイン、しつけは仕方ねえけど、俺たちが遊べなくなるまで壊すのはカンベンしてくれよ?」


 長身男が頭をボリボリとかきながら話しかけると、ザインは早口でまくしたてるように答える。


「い、いいところに来たな! 俺は少しテイムの調子が悪いみたいだ。お、お前ら、代わりにあいつを痛めつけてやれっ!」


「えっ? なんだよ、やっぱりハンマーエイプのテイムは厳しかったのか……?」


「ううう、うるさいっ! いいからさっさとやれっ!!」


「わ、わかったからそんなに怒るなよ……。そら行けっ! ロックウルフ!」


「お前も続け、ロックウルフ!」


 長身男と小男が同時にロックウルフを俺にけしかける。こいつらもデフォルト名タイプなのか。同じ名前で混乱しないのかな? ってそれはともかく――


「テイム! お前の名前はゲレゲレ! お前はピエールだ!」


 続けざまに二頭のロックウルフに名前を付けた。いきなりだったので、はっと思い浮かんだ名前になってしまったけどまあいいか。


 俺が声を発した途端、二匹のロックウルフは突進の速度を緩め、トコトコと俺に近づいて脚に顔をこすりつけてきた。なかなかかわいい。以前、大量に倒したことあるけど、それはそれだ。


 俺に懐いたロックウルフ二匹を見て、子分二人が驚きに顔を強張らせた。


「ど、どうなってやがる!?」「おっ、おい! 三流の従魔使いじゃなかったのかよ……!」


 そんな中、ようやく状況が飲み込めてきたらしいザインが、愕然がくぜんと目を見開きながらブツブツとつぶやく。


「ウ、ウソだ! ウソだ、ウソだ、ウソだウソだウソだ……。お、お前がテイムしたっていうのかよ……この三匹を……!? そんなバ、バカな話あるかよ……!」


「それがあるんだよなあ。そういうことなんで、おとなしく捕まってくれると俺としても助かるんだけど」


 一応提案してみる俺。しかしもちろん、そんな説得に応じるわけもなく。


 怒りに顔を真っ赤にさせたザインは、腰に引っ掛けていた肉厚のあるナイフを手に取って声を張り上げた。


「バ、バカなこと言ってるんじゃねえ! マ、マグレのくせに、こ、この俺をバカにしやがって……死ね! 死ね死ね! 苦しんで死ねっ!」


 ザインはナイフをぐっと握り込み、俺に向かって走り出し――


「サルリン、頼む」


「ウホイ」


 軽く振るったサルリンの腕が、真横を通ろうとしたザインの胴体を薙ぎ払った。


「ああっ、ザイーーーーーーンッ!」


 子分二人の絶叫が響く中、ザインはくるくるときりもみ状に宙を舞い、やがて激しく地面に叩きつけられた。


「グエッ!」


 潰れたカエルのような声を上げるザイン。だがまだ意識はあるようだ。体を起こしたザインは地面にべったり腰を落としたまま、呆然と俺を見つめる。


「ヒッ、ヒイイッ! ウ、ウソだ、ウソだ、ウソだ……。お、俺よりすげえ従魔使いなんているはずねえ……!」


 俺は無言でザインに歩み寄ると、ストレージから木製バットを取り出した。そんな俺をザインはうつろな瞳で見上げる。


「いるわけねえ、いるわけねえよな。……あっ、そうか。お、俺は今、夢を見てるんだ。わ、悪い夢だぜ。ヒャハッ! ヒャハハハハハハハハハッ……!」


 口からよだれを垂らし、ぶつぶつと呟き続けるザイン。俺はザインの頭に木製バットを振り下ろした。


 ――ゴンッ!


「あへあ……」


 俺のバットを頭に食らい、ザインはばったりと地面に倒れた。


「ゲレゲレ、ピエール、来てくれ」


 ザインをサルリンに任せ、俺はロックウルフ二匹と子分二人の元へと歩く。


 ロックウルフが唸り声を上げて威嚇しているからか、二人は逃げることなく立ちすくんでいる。


 ――ゴンッ!


「あへぁ……」


 俺は最初に小男をバットで昏睡させた。


 膝からガクリと崩れ落ちる小男。それを見つめていた長身男は強張らせた顔を一転させ、俺に媚びるような顔を向けた。


「わ、わかった降参する! だ、だからよ、俺をお前の子分にしてくれよ。なあ、頼むよ、俺とお前の仲じゃねえか。そうだろ……?」


 おまえは何を言っているんだ?


 俺は眉間にシワが寄っていくのを感じながら、木製バットをポイッと地面に放り投げた。それを見て長身男が気持ちの悪い笑みをさらに深める。


「へ、へへ……ありがとよ。お前と組めばうっとおしい賞金稼ぎの連中だって怖かねえ。盗みでも殺しでも、なんでも俺に命令してくれよな。もちろん下の世話も――グアッ!」


 バキッと心地よい音を立て、俺の渾身の右ストレートが長身男の顔面に炸裂した。


「……今のは俺の尻を触った分」


 長身男は顔面を手で押さえながら後ずさる。


「ヒッ、ヒイッ、や、止めてくれ! さすがに俺もそれでよろこぶ趣味はねえから――」


 ドゴッ!


 俺の会心の左フックが長身男のボディをえぐった。


「今のも俺の尻を触った分……」


「グエェェ……!」


 俺のボディブローを食らい、長身男が体をくの字に曲げて膝をガクガクと揺らす。――いい位置だ。とてもいい位置にアレがある。


 俺は長身男の背後に回り込むとストレージから金属バットを取り出し、そのグリップを力いっぱい握り込んだ。


「そしてこれが……俺の尻を触った分だああああああああああああああああーーーー!!」


 俺は思いの丈を叫びながら、金属バットを長身男のアレに向かってフルスイングした。


 バッゴオオオオオオオオオオオオオン!


 心地よい音が森の中に響き渡る。アッパースイングで打ち込んだ一撃は長身男の尻を的確に打ち抜き、長身男はサルリンにやられたザインよりも高く高く飛んでいき――やがて森の木に引っかかってぶら下がった。


「……ふうっ」


 俺が清々しい気分で金属バットをストレージにしまうと、いつの間にやら近づいていたヤクモが呆れた声を上げる。


『リーダー格のヤツより扱いが酷いのじゃ。お前、よっぽど根に持っとったんじゃなあ……』


『当たり前だろ。せめて女の子に触られたい』


 俺はそう答えると、購入したばかりのパラロープの余りを取り出し、まずは足元に倒れている小男を拘束し始めたのだった。



 ――こうして俺は、俺の尻を触った一味への復讐を果たした。なんだか目的が変わってる気がするが、たぶん気のせいだと思う。

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