243話 リギラ族村の朝
リギトトにハンバーガーを振る舞い、ようやく誤解が解けてからすでに二日が過ぎた。
あの日の昼食の後、リギトトはすぐに村の住民を広場に集めて俺を紹介してくれた。もちろんララルナを救った善い人族としてだ。
そこでまあ……今度は俺がリザードマンと共謀しているのではと吹き込んだ知恵袋のグルタタがリギトトと同じように極刑を自ら志願するようなことがあったりもしたんだが、なんとか収まって一件落着となった。
こうして俺はエルフ村で客人として迎え入れられ、しばらくこの村で歓待を受けることになり、俺は今日もママリスの屋敷にあてがわれた客室でふわふわの布団に包まれたまま惰眠をむさぼっている。
ぼんやりと目が覚めてきたものの、まだゆっくりとしていたい。ここは二度寝を楽しむことにしよう――と布団を頭まで被ったところで、部屋の扉から声が聞こえた。
「イズミ、おはよ。起きてる?」
布団の隙間から外を覗くと、扉からひょっこりと首を出しているララルナの姿が見えた。俺から料理の手ほどきを受けたのが面白かったらしく、最近はママリスに料理を教えてもらうために朝からこの屋敷に通っているのだ。
「おあよ……ララル……」
自分が思っていた以上の寝ぼけた声が漏れる。やっぱり身体はまだまだ睡眠を欲しているのだろう。
昨夜はヤクモに早う寝ろと言われながらも、ついつい夜ふかししてマンガを読んでいたからな……。そしてどういうわけか俺に付き合ってヤクモまで起きていたし。今、俺の足元では狐姿のヤクモが身じろぎすらせずに眠りこけている。
「も少しだけ、寝かせてくれ……」
俺はそれだけ伝えると、布団を被り二度寝を決め込むことにした。だが再びウトウトと眠りかけていたところで、小さく布団が開いてララルナが中へと潜りこんできた。
「にひひ……あったかい。私も寝る」
くすくすと笑いながら、ララルナが長くてほっそりとした手足を俺の体に巻き付かせる。薄い胸は俺の腹にぺったりとくっつき、長い耳は俺の胸の辺りをくすぐっている。すぐに布団の中が女の子の匂いってヤツで満たされてきた。
普段は言動が幼いせいでまったく意識することはないんだが、体は大人なのでこういった物理攻撃はさすがに効いてくる。俺は胸元に顔をうずめているララルナの肩を押し出した。
「おい、こらやめろ。もう起きるから離れてくれ」
「なんで? 一緒に寝よ……? 私も、眠たくなって、きた、むにゃ……」
すでに語尾が怪しくなってきている。そういえばララルナって【熟睡】のスキルを持ってるし、いつでもどこでも寝られるような子だったな。
しかしこんなところを人に見られるのはマズい。ララルナとは対照的に俺の眠気はどんどん覚めていく。
「俺を起こしにきたんじゃないのか? とにかくほれ、離れ――」
――と気配を感じて扉の方を見ると、満面の笑みを浮かべながらこちらを眺めているママリスと目が合った。
「あらあら~。そうねえ、ララちゃんもそろそろお年頃かしらね~? リギトト君には黙ってあげるからごゆっくりどうぞ~」
「あっ、えっ? ちょっ、ママリスさん!?」
そっと扉を閉めたママリスを追って、俺はベッドから飛び起きたのだった。
◇◇◇
なんやかんやと騒がしかった寝起きの騒動も収まり、屋敷の一室で朝食が始まった。俺とママリス、ララルナがテーブルを囲み、足元にはなんだかまだ寝足りない様子のヤクモ。モブググは夜勤で警備をしているらしく、まだ帰ってきていない。本当にごくろうさまです。
「このパンね、私がこねて焼いたの。むふー」
今朝の騒動を気にする素振りもなく、ドヤ顔でパンを俺の皿に乗せるララルナ。
パンはよくわからない草がたくさん混ざった緑色のパンで、このエルフ村独特の食べ物だ。屋敷に泊まった翌日から毎朝食べさせてもらっているが、今朝のパンはこれまでの物よりもいびつな形でところどころコゲていた。
「へえ、ララルナが? それじゃさっそく食ってみるか」
俺は受け取ったコゲ緑パンをひょいと口の中に入れた。いつもの草の苦味に加え焦げた苦味まで口の中に広がってくるが、食えないほどではない。
感想を聞きたそうに俺をじいっと見つめるララルナに「初めてにしてはなかなかやるじゃないか」と素直な感想を言ってやると、ムヒヒヒと変な声で得意げに笑った。
ちなみにぶっちゃけたことを言えば、そもそもこの緑パン自体、さほど美味しいものではない。とにかく苦いし硬いからな。味を比べるならツクモガミで買ったパンの方がずっと美味いことだろう。
しかし、だからと言ってここでツクモガミのパンを食べるのは、例えるなら海外旅行中なのに慣れ親しんだ世界規模のファストフード店で食べるようなものだと俺は思っている。
せっかく受け入れてもらえたエルフ村だし、俺は飽きるまではこのエルフ飯を堪能するつもりだ。
なお、元からこの世界の食い物には飽きていたヤクモは、今も無表情で緑のパンをもちゃもちゃと食べているよ。
そして今朝のテーブルには、そんな苦いパンの他に木のコップに注がれた白いミルクが置かれていた。昨日まではただの井戸水だったんだけどな。
「ママリスさん、これはなんのミルクなんですか?」
ママリスに尋ねながらさっそく飲んでみる。少し甘ったるく濃厚な口当たりだが、苦いパンに合わせて飲むなら丁度いい。思わず一気に飲み干してコップをテーブルに置くと、ママリスが手を合わせてにこにこと笑いながら答えた。
「あら、お気に召したのようでなによりだわ~。ご近所に羊を飼っているお家があって、今朝はそこでミルクを譲ってもらったのよ~」
へえ、羊を飼っている家もあるんだな。しかしそんなママリスの返答にララルナが首をかしげる。
「ミル婆の飼ってる羊、最近お乳の出が悪いって言ってたよ?」
「そ、それがね、また出るようになったんですって~」
「ふーん」
なぜか早口で答えるママリスと、なにも疑問に思わずに相槌を打ち、くぴくぴとミルクを飲むララルナ。
俺はなぜか目をそらしているママリスの顔を見つめる。困ったように眉尻を下げてはいるが、その顔はつやつやとしていて健康そのものだ。
……しかし昨日はそうではなかった。
昨日のママリスは「マッサージで血行がよくなりすぎたせいか、今日はお胸がすごく張るのよね~」と少し気だるそうにしていて、むしろマッサージをする前よりも疲れ果てた顔をしていたんだよな。
俺はふと、もうひとつのミルクの入手先を想像し――すぐにその考えを打ち消すと、ミルクをもう一杯おかわりしたのだった。初めて飲んだけど、美味いね羊のミルク。
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