242話 ツナナゲット

 俺の差し出したツナナゲットバーガーを食い入るように見つめ、ゴクリとツバを飲み込むリギトト。だが次の瞬間、ぐっと胸を張って威勢よく声を上げた。


「……はんっ! どうやら匂いだけは良いみてえだなぁ!? だが上っ面だけじゃあ、まだわからねえ。外見だけは無害を装い、こっちが心を許した途端に豹変するのが人族ってやつだからな。……俺が今から見極めてやるっ!」


 リギトトは俺からツナナゲットバーガーをかっさらうように掴み取ると、それをいろんな角度からじろじろと眺める。


 そして覚悟を決めるように、大きく口を広げて息を吸い込んだところで――ララルナがリギトトの口めがけてツナナゲットバーガーを押し込んだ。


「いいからさっさと食べて。父様が食べないと私たち食べられない」


「むぐおっ! ララちゃん、ふぉんなあ……。――むっ!? むぐ? はぐ、はぐっはぐっ、はぐはぐっ!」


 情けない顔でララルナを見つめていたリギトトが、突然口の中のツナナゲットバーガーを一心不乱に食べ始める。さほど大きくもないツナナゲットバーガーは、あっと言う間に彼の胃の中へと消えた。


 リギトトはふう、と軽く一息つき、指についたタルタルソースをぺろりと舐めると、俺にぐっと顔を近づけてきた。


「おい、なんだこりゃあ! 魚がふわっとしてだな、でもパリッとした歯ごたえがあって中がジュワッとしてだな……とにかくうめえ! こんなの今まで食ったことねえぞ! もう一個くれ!」


「あらあら~、リギトト君? それよりも先に言うことがあるんじゃないかしら~?」


 興奮気味に話しかけるリギトトの背中に、ママリスから声がかかる。微笑みながらもどこか迫力のある声色に、リギトトは我に返ったようにビクンと背筋を伸ばした。


「……はっ! そ、そうだ、そうだった。あまりの美味さに頭ん中がぜんぶすっ飛んでいっちまったぜ……。ええと……ララちゃんが言ったとおりにうめえ物が作れるってことは、ララちゃんの言っていたことが本当だったってことだ。つまり……お前はララちゃんを助けて、この村まで送り届けてくれたってことだよな……?」


「ええ、ええ。そういうことです」


 ようやくわかってくれたみたいで嬉しいよ。俺はほっと胸を撫で下ろし、肩から力が抜けていくのを感じた。だがリギトトは顔をこわばらせてわなわなと震えだすと、突然その場にしゃがみ込んだ。


 そして頭を振り上げ――ものすごい勢いで自分の顔面を床に叩きつけた。ゴンッと鈍い音がして、床が軽く震える。


「すまなかったー!!!!」


 大声で叫び、がばりと顔を上げたリギトトの額はパックリと割れ、傷口からはドクドクと血が流れている。ひえっ、どんだけ強く頭を叩きつけたんだよ……。


「俺は、俺は……大事なララちゃんを助けてくれた恩人になんてことを……! 俺がバカなばかりに、ララちゃんを……そしてお前を信じることができなかった。本当にっ、すまなっ、かった!」


 本当に、すまな、かったのリズムに合わせてゴン! ゴン! ゴン! と床に頭を叩きつけるリギトト。床には血が滝のように流れ落ち、汚れた床を見つめるママリスの笑みがどんどん深くなっているのがなにより怖い。


 俺はしゃがみ込んで、リギトトの肩に触れる。


「ええと、わかってくれたのならいいんです。ですからね、ほら、もう頭を打ち付けるのは止めてもらえると……」


 だがリギトトは首をブンブン横に振り、さらに血が辺りに飛び散る。ついにママリスの顔から笑顔が消えた。


「駄目だっ! こんなもんじゃ俺の気がすまねえ! ……そうだっ! 俺、今からちょっくら極刑に処されてくるわ! 悪いが目隠しして手足を縛って川まで運んでくれねえかな!?」


 良いことを思いついたとばかり血まみれの顔を輝かせると、床にごろんと寝転がり、大の字になるリギトト。アカン、もう俺の手には負えないよこの人。


 俺はちらっとララルナとママリスに顔を向ける。ママリスは軽くため息をつくとさとすように優しくリギトトに語りかけた。


「ねえリギトト君、イズミ君はわざわざララちゃんを助けて送り届けてくれた親切な人なのよ? そんな人が、ララちゃんのお父さんであるあなたが死ぬことを喜ぶと思うの~?」


「い、いや、しかしだなあ! このままだと俺の気が済まねえし!」


「あなたの自己満足に付き合わせるほうがよっぽど酷いんじゃないかしら~? ねえ、ララちゃん」


「ん。それに父様が死ぬのは私もイヤ。父様はイズミにちゃんと謝る。そしてイズミにお礼を言うといい」


「そ、そんなのことでいいのか……? なあ、人族……い、いやイズミよ。俺はどうしたらいいんだ?」


 情けない顔で俺を見上げるリギトト。


「いやいや、謝罪はもう十分ですから、マジで……。っていうか、辺り一面が血だらけでウチのヤクモもビビってるんで、そろそろ治療していいですか……?」


 さっきから黙っていると思いきや、ヤクモは台所の片隅で血から顔をそむけながら、ぺたりと腰を抜かしていた。これはもう問答無用で治療してしまおう。


「ヒール」


 俺はリギトトの額に向けてヒールを唱えた。かなり深い傷なので念入りに魔力を込める。そうして傷を治した後には、クリーンを唱えてリギトトの顔と床の血を洗浄した。相変わらず便利な魔法だな。


「おっ……おおっ? 痛くねえし血も消えた!? なんだこりゃあ!」


 ぺたぺたと自分の顔を触りながらリギトトが驚きに目を丸くしていると、ママリスがリギトトの顔を覗き込んだ。


「あらあら~? リギトト君、あなたのお顔の古傷、消えちゃってるわよ~?」


「えっ!」


 ハッと口を開け額を指で触るリギトト。たしかに彼の額から鼻にかけてついていた古傷が綺麗サッパリに消えている。どうやら回復ついでに一緒に消してしまったらしい。


 ママリスが近くの棚にあった手鏡でリギトトの顔を映してやると、リギトトは鏡を覗き込みながら、古傷のあった場所を何度もなぞり、目を細めて神妙な顔を浮かべた。


「あ、あの~。もしかして消しちゃ駄目な傷だったりしましたかね……?」


 ところ変われば常識も変わるからな。タトゥーみたいなオシャレポイントだったかもしれない。仮にそうなのだとしたら、たいへん申し訳ないんだが。しかしリギトトはゆっくりと首を横に振った。


「……いや、あれは俺が人族に騙された後悔と痛みが刻み込まれたものだ。お前がそれを払拭ふっしょくしてくれたのだから、古傷が消えることはむしろ喜ばしいことだろう」


 そう言って額をひと撫でしたリギトトがゆっくりと立ち上がる。その顔は古傷が消えたせいだろうか、さっきまでよりどこか野性味が抜け、落ち着いてるように見える。そして改めて俺に頭を下げた。


「イズミ……。本当にすまなかったな。俺の宝物であるララルナを助けてくれたお前を疑い、危害を加えようとするなんて、とんでもない過ちを犯すところだった。どうか俺を許してほしい。そしてララルナを助けてくれてありがとう」


「いやいや、本当にもう謝罪は十分なんで……。わかってくれればいいっすから」


 こういう場面はなんだか苦手だ。俺がぶんぶんと手を振って答えると、血みどろ現場に腰を抜かしていたヤクモが俺の足元にやってきてひと鳴きする。


「フニャンニャ」

『そうじゃそうじゃ、わかればよいのじゃ。わだかまりを捨て、仲良くするのが一番じゃな』


 一件落着とばかりにヤクモが満足げに頷くと、それを見てリギトトが首を傾げ、ママリスはありがたいものを見たように両手をあわせてにっこりと微笑む。そしてララルナがリギトトの袖をくいくいと引いた。


「父様、イズミが許してくれたなら、もう帰っていいよ」


「ええっ、そんな~。俺はララちゃんともっと一緒にいたいよ~!」


 さっきまでの真面目な顔もどこへやら、泣きそうな顔で訴えるリギトトを無視してララルナが俺に顔を向ける。


「それよりイズミ、私たちの分のハンバガ、早く、早く」


「ああ、そうだったな。それじゃあ残りの分、パンに挟むから待ってくれよな」


「私も、手伝う!」


 むんと両手を握りしめてララルナが声を上げた。そういや前も手伝いとかやりたがってたよな。まあ箱入り娘ならいい経験になるだろう。


 それから俺はララルナに手ほどきをしながらハンバーガーを作り、全員でテーブルで囲んで食べた。


 幸いなことにツナナゲットのハンバーガーは誰の口にも合ったようで、ママリスは一口食べるごとにぱちくりと目をまたたかせ、ララルナはもくもくと口を休めることなく食べていた。


 俺も久々にツナナゲットを食べたのだが、やっぱり魚の揚げ物とタルタルソースの組み合わせは絶品だね。ヤクモなんかはタルタルソースだけ舐めさせてくれとか言ってきたけど。


 そんな様子で早めの昼食は好評のうちに幕を閉じた。こうして俺はようやく落ち着いた気分でエルフ村のひとときを過ごすことができたのだった。

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