241話 反撃のレシピ
「おいおい、マジで? エルフって肉も食べられるんじゃなかったっけ?」
たしかに俺はエルフに草食イメージを持ってはいたけれど、ララルナは肉も魚も問題ないと言っていたはずだ。だがララルナはふるふると首を横に振る。
「私は食べられる。若い子は食べられる人多い。でも……昔は肉を食べなくても魚とお野菜で十分暮らしていけたから、父様みたいなおじさんは身体がお肉を受け付けない人も多いんだって。美味しいのにね、お肉」
リザードマンがやってきて食糧難が始まり、若い世代が肉食を始めたということか? それからアレだ、リギトトみたいにムキムキで若々しくてもララルナからするとおじさんなんだな……。
「肉は絶対に食べられないのか……?」
「んー……。父様、いつも私と同じテーブルでご飯を食べたがるのに、フナッチャのときだけは離れたところで食べるくらいには……嫌い?」
こてんと首を傾げながら語るララルナ。なにげにフナッチャが肉料理だと明らかになったわけだが……とにかくあの親バカが同席を避けるくらいのようだし、どうやら肉の匂いを嗅ぐことすら無理みたいだ。
さてどうしたものか。俺が考えを巡らせていると、リギトトが大声を上げて近づいてきた。
「おっ、おい、そこおっ! なにをコソコソ話してるんだよ!? ララちゃん、ララちゃーん!? 父様はまだコイツを信用していないんだからな! ほら、こっちに来なさい!」
必死の形相でおいでおいでと両手を振るリギトト。ララルナは面倒くさそうにため息をつき、俺から離れる間際に口を開いた。
「父様お肉嫌い。でも、イズミはすごい。だからきっと父様は涙を流しながらイズミに謝ることになるよ。楽しみだね? にひひ」
いたずらの成功を願うように、にちゃっと笑って離れていった。どうやらリギトトにも俺の料理が受け入れられると確信しているようだ。
その期待にプレッシャーを感じなくもないけれど、それ以上にやる気がモリっと湧いてくるね。そんな中、今度はヤクモの声が頭の中に響く。
『おーい、イズミー。ハンバーグがないとハンバーガーは作れないんじゃろ? どうするんじゃ。ここはやっぱりカップラーメンの出番かの? カップラーメンが嫌いな人類なぞおらぬことじゃし』
ヤクモのカップラーメンに対する信頼はデカすぎるとは思うが、まあ肉のようで肉でない謎の肉が入っているオリジナル味はともかく、シーフード味なら提供するのもアリかもしれない。……ん? シーフード、シーフードかあ……。
『よし、メニューを決めたぞ』
『なんじゃなんじゃ? ワシは青色のヤツがいいと思うぞ。カップウンドも捨てがたいのじゃが、あの繊細で落ち着いた味はあの筋肉エルフには合わないと思うのでのう』
『いや、ハンバーガーを作る』
『……は? はー!? なにを言っとるんじゃ!? 肉はダメだと聞いたところじゃろが!』
『ハンバーガーは肉だけじゃないからな。まあ黙ってみてな』
『むぐっ……。まぁお前がそういうなら何かあるのじゃろうが、最近ポカしたばかりじゃからなあ。ワシ、めちゃ不安じゃわ……』
牢屋でのことはもう忘れてほしい。俺はずっとニコニコしながら俺たちを見つめていたママリスに声をかけた。
「ママリスさん、台所を借りてもいいですか?」
◇◇◇
俺たちはママリスに案内され、ぞろぞろと台所へと向かう。モブググは畑の見回りをする仕事があるらしく、後ろ髪を引かれるように何度もこちらを振り返りながら部屋を出ていった。
やがて台所に到着。お屋敷だけあって台所もそれなりに広いようだが、俺とヤクモ、ララルナ、ママリス、リギトトと入るとさすがに少々狭く感じる。
せめてデカいリギトトだけでも出ていってくんないかなとチラっと横目で見ると、リギトトが腕を組んだままこちらを見下ろす。
「人族の食い物と言っても、さすがに土や石は食えねえからなあ。見張っておかねえと」
モブググも似たようなこと言っていたけど、この噂は一体なんなんだろうね。まあ見たいならどうぞお勝手にといったところだ。
俺はリギトトから目線を外すと、さっさとツクモガミで検索を開始することにした。
欲しいものは魚だ。しかしツクモガミでは肉や魚といった生モノは出品されてはいない。
ツクモガミはフリマサイトを内包しているようなので、出品されているのは傷みにくく、ある程度は保存の効きやすいものだけになっているからだ。
そうなってくると、ここはアレしかないだろう。長期保存に適した容器に密封し加熱殺菌されたモノ。前の世界では保存食として愛用されている、まさに文明の利器――缶詰だ。
缶詰って量が少ないし、そのくせ割高な気がするので俺はこれまで購入してこなかった。しかし今はさすがにそうも言っていられない。俺は「缶詰 ツナ」と検索ワードを打ち込んだ。
するとモニターにはずらーっとツナ缶が並ぶ。中には猫用のものまであった。今度ヤクモに人用と猫用で食べ比べしてもらおうかな。アイツなら猫用も喜んで食いそうな気がする。
どっちも食べられる者からすると、一体どっちがウマイと感じるのか興味があるんだよね――ってそれどころじゃなかった。俺はそこから適当に12缶セット1200Gのツナ缶をポチッと購入。
これで作れるはずなのだ。フィッシュバーガーっぽいモノがな。
◇◇◇
リギトトはララルナから収納魔法のことも聞いているだろうし、出し惜しみはしない。俺が調理台にツナ缶をいくつか並べていると、リギトトがドン引きしたように顔を引きつらせながら声をかけてきた。
「お、おい、その鉄の箱はなんだ? ま、まさか……それを食えってんじゃねえだろうな……。俺は人族じゃねえし、さすがに鉄は食えねえぞ……」
「人族だって鉄は食わないですって。ええと、これは……そう、人族の間で最近開発された保存用の容器です。この中に入れておくと長い間食べ物が腐らないんすよ」
とりあえずなんでも人族のテクノロジーってことにしてしまおう。視界の端ではママリスがによによと微笑んでいる姿が見えるが気にしない。だがそんな俺の言葉に、リギトトは片眉を上げながら近づいてくる。
「なんだと、腐らないようにする箱……? にわかには信じられねえな。おい、ちょっと開けてみせろ」
「いいっすよ。ほら」
俺はプルタブをひっぱりツナ缶を開封。パキャッと心地よい音が鳴り、エルフの三人とヤクモの耳が反応するようにピクンと動いた。
そういえば実家で飼っていた猫も缶詰を開けるとこういう反応をしたよなあ。そしてその後にすごい勢いで近づいてくるんだよね。なんだか懐かしいものを見た気分。
缶詰の中には油に浸かったツナがたっぷり入っており、ツナと油の匂いが辺りにふんわりと漂う。この匂いだけでアツアツの白米が何杯も食べられそう。
目を見開いて缶詰の中を凝視したリギトトがツバを飲み込む。
「ゴクリ……。これは魚の切り身なのか?」
「ええ、そうです。魚は食べられますよね?」
「魚は好物だ! ……あっ、いや、なんでもねえ。悪かったな、続けろ」
すごすごと引き下がっていくリギトト。代わりにヤクモが俺の足元をちょろちょろする。
『なんかいい匂いがするのじゃ。なあ、少し味見させてくれんか? なーなー?』
『はあ……それじゃあ蓋に付いたヤツならいいよ。缶で舌を切らないように気をつけな』
『うむっ!』
俺が蓋を差し出すと、そこにちょびっとこびりついたツナをヤクモがぺろりと舐めた。
『んまっ! うんまっ! なんじゃこれ! これが魚の味か!? めちゃうまっ!』
『ああ、魚だよ。どうやって作られてるのか知らないけど』
そういやツナって味付けされてるのかね。それすらもよく知らないわ。
『なあなあ、もうこれだけでいいんじゃないのか? これをあやつに差し出せば勝利確定じゃろ?』
まあたしかにリギトトも物欲しそうな顔をしていたし、それはそれでアリかもしれないが……。
『せっかくだし、作ってみるわ。ほら、もうすぐ油を使うから離れておきな』
俺は油を切ったツナを木製のボウルに落とすと、そこに卵と以前鍋料理でも使った豆腐を水で戻して投入。
さらにつなぎになる片栗粉とパン粉を混ぜてこねくりまわし、塩とコショウで味を整える。
この辺は【料理】スキルのおかげか、わりと適当でもしっくりくる感じの作業ができるのですごい楽だ。
そんな風にハンバーグと同じ要領で平べったいタネを作った後は、カセットコンロとフライパンを取り出し、サラダ油をタネの表面が浸かる程度に注いで火をかける。
やがて熱くなってきた油の中にタネをそっと置いて、表面をじっくり焼いていく。ジュワジュワという音と共に、ツナをさらに香ばしくした匂いが台所中に漂い始めた。最初に反応したのはママリスだ。
「あら~。すごくいい匂いね~。ねえねえ、イズミ君。これって私の分はあるのかしら~?」
「もちろん作ってますよ。ララルナの分も」
「わあい、イズミありがと」
わいわいと喜ぶ二人の隣では、仏頂面のリギトトが腕を組んでいた。だが興味を隠しきないのか、フライパンの中をチラチラと窺いながら鼻を大きく開けて匂いをヒクヒクと嗅いでいる。ゴリマッチョ風イケメンもそれでは台無しだ。
その隣の正統派美少女である娘も、同じように鼻をヒクヒクさせているのは残念の一言だけどな。やはり血は争えないらしい。
◇◇◇
そうしてツナを揚げ終わり、俺はハンバーガーのときと同じく割ったパンに乗せた。
これにはソースがまだかかっていないわけだが、魚系に合うソースといえばやはりアレだ。タルタルソースの出番である。
俺はツクモガミで購入したタルタルソースを揚げたツナにたっぷりとかけ、最後は【おやさい天国】で購入したキャベツを千切りにしてふんわりと乗せてパンで蓋をした。
フィッシュバーガーに極めて近い、ツナナゲットバーガーの完成だ。
俺はそれを皿ではなく、台所に置かれていた皿代わりに使われるという大きな葉っぱで包むと、そのまま手に持ってリギトトにぐっと差し出してみせた。
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