240話 証明

 顔を強張らせるリギトトに、ママリスは面白い冗談を聞いたようにくすくす笑いながら答えた。


「うふふふっ、リギトト君ったら何言ってるの~? この子はあなたが話も聞かずに牢屋に閉じ込めていたイズミ君じゃない~」


「んなっ!? ママリスさん、それってどういうことだよ!?」


「どうもこうもないわ~。どう考えても冤罪なんですもの、そりゃあ牢屋から逃がすわよね~」


「ちょ、ちょっと、ママリスさんっ! そういうの、本当にカンベンしてくれねえかな~! ママリスさんってまだまだ村に影響力があるんだからさあ、勝手なことをされると俺の族長の威厳ってヤツがだなあ……!」


「だから私は族長会議には参加しないし、隠居しているでしょう~? でもねえ

、私の目の届くところでこういうおイタをされちゃ、さすがに口出しせざるを得ないのよね~」


 変わらず笑みを浮かべるママリスに、リギトトはあんぐりと口を開け愕然とした表情を浮かべた。


「は、はあっ!? ……まさかママリスさんは、ララちゃんの言ったことを信じているのか!? 魔物のうじゃうじゃいる川向こうで人族に助けてもらって、美しい靴に不思議な寝台、美味いメシ。空飛ぶ絨毯に乗って川を渡り、レッサーガビアルを一撃で倒したって、あの夢みてえな話をよお!?」


「ええ、もちろん~。イズミ君ならやれちゃうんじゃないかな~って私は思ってるわよ? うふふっ」


 そこでママリスは俺の首元のヤクモを見つめながら微笑を浮かべ、ヤクモは視線をそらすように、そそくさと後ろを向いた。ヤクモよ、それって余計に疑われるだけだと思うぞ……。


「はあ~、人族にそんなのやれるわけねーだろうがよう……」


 呆れた顔で再びため息を吐くリギトト。よし、そろそろ俺からも話しかけてみよう。


「ええっと……。それじゃあ俺がララ……姫様を助けたことを証明できる何かをやってみせたら、族長さんにも信じてもらえますか……?」


 だがそんな俺の言葉にリギトトはギョッとした顔を浮かべ、すごい勢いで後ずさる。


「うわっ! 本当にエルフ語を流暢にしゃべりやがるぞ! な、なんて怪しいヤツなんだ……! おいっ、モブググ! なにぼうっと突っ立ってやがる、早く捕まえねえか!」


「い、いえ、俺としてもですね、その……イズミの身の潔白を証明する機会を与えてやっても良いのではと……」


 言いにくそうにモブググが口を開くと、その後にママリスが続く。


「リギトト君? あなたが信じられないのは、仕方ないかもしれないわ? でもイズミ君にも一度くらい機会を与えたっていいじゃない~? それともリギトト君はそんなこともさせてあげられないくらい、イズミ君……人族が怖いのかしら~? あらあら~ララちゃん、お父様かっこ悪いわね~?」


「ん」


 ララルナがこくりと頷く。愛娘のその姿にリギトトは絶望したように顔を歪めると、ギッと俺を睨みつけて怒鳴り声を上げた。


「おっ、俺はビビってなんかいねえ! よし、わかった。そういうことなら俺が試してやろうじゃねえか! どうせできやしねえんだ。ララちゃんの夢を壊しちまうのは胸が痛むが、これはララちゃんのためだもんな。ララちゃんのさらなる成長を願い、俺がひと肌脱いでやるぜっ!」


 おおっ、ついにリギトトが乗ってきた。ララルナとママリスのアシストに感謝だな。こうなってくると話は早い。


「わかりました。それじゃあ俺、今から絨毯で浮いてみせますね」


 これなら今すぐにだってやれる。一気に証明終了だ。


 ――しかし、俺がほっと肩の力を抜きながらストレージの中の絨毯を検索していると、リギトトは何言ってるんだとばかりに肩をすくめてみせた。


「おいおい、何言っているんだ? 宙を浮く? そんなのはどうだっていいんだよ。ララちゃんがなあ、夢で見たお前の話をしていたときにな、一番幸せそうな顔をしたのがいつだったかわかるか? ……それはな、見たこともない美味い料理を食べた話をしていたときだ。あの時のララちゃんの顔っていったらもう、蕩けるばかりのかわいい笑顔でなあ……! だったらよう……わかるだろ?」


 リギトトは俺に一歩近づくと、拳を握って高らかに叫んだ。


「お前が俺に信じてもらいてえなら、やることはひとつ! 俺を唸らせるほどの美味い料理を作ってみやがれい!」


「えぇ、料理ですか? でもそれって……」


 そんなのリギトトに不味いと言われれば、それで終わりじゃん? 向こうのさじ加減ひとつじゃないか。あまりに不平等な条件に俺が言いあぐねていると、リギトトは勝ち誇ったように口の端を吊り上げた。


「おうっ! どうだ、無理だろ? いま正直に謝るならララちゃんとママリスさんの顔を立てて村から追放だけで許してやる! ほらっ、無理だって言ってみろ!」


 えっマジで!? 謝ればこのまま無事に返してくれるのかよ。それはそれでアリなんじゃね?


 などと一瞬迷い――は、したんだが、すぐに俺を見つめるララルナの純粋な瞳に気づいた。……ああ、ダメだ。それはよくない、よくないよな。


 俺は前を見据えてぐっと胸を張ると、勝ち誇る大男に向かって言い放つ。


「いいですよ。料理で美味いって言わせてみせます」


 はんっ! やってやろうじゃねーか! そもそもお手製ハンバーガーにはそこそこ自信がある。なんといっても同じエルフのララルナとモブググからお墨付きがあるからな! きっとこのマッチョもお気に召すに違いないのだ。


「おおっ、言ったな!? よし、それじゃあやってみせろい! だが、俺が満足する料理でなかった場合……ララちゃんやママリスさんがなんと言おうが、もう絶対に許さねえからな!」


 リギトトが耳がしびれるほどの大音量で怒鳴りあげる。そして部屋の中がシンと静まり返った後、ララルナが俺に小走りで駆け寄り、こそこそと耳打ちをしてきた。


「父様、お肉食べられない。ハンバガ以外で美味しいの、食べさせないとダメだよ?」


 えっ、肉がダメなの? あんなムキムキマッチョなのに? ウソだと言ってよ。

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