244話 赤い実

 朝食の後はヤクモを引き連れ、ララルナと一緒にママリス屋敷を後にした。今日も昨日と同じく、ララルナに村を案内してもらう予定だ。


 エルフの村はこれまで見た村や町と違い、森の自然と住居が溶け込んでいるような光景がとても美しく、ついでに女性は美女だらけで見ていて飽きない。今日も散策が楽しみだよ。


 俺たちがママリス屋敷を出て道沿いに歩いていると、近所に住む耳の下がったエルフ男が声をかけてきた。


「姫様、おはようございます。ついでにイズミも」


「ん」

「ついでは余計だよ。おはようさん」


 俺の挨拶にニヤっと笑って返し、エルフ男は家の裏手にある畑へと歩いていった。彼は俺と軽口を交わす程度には仲良くなったご近所さんだが、彼に限らず俺はこの村の住人たちから思った以上に友好的に接してもらえている。


 どうやらエルフ族というものは、事前に聞いていたとおり気難しく排他的な気質のある種族なのは間違いなさそうだが、一度認めてもらうことができれば、警戒を解いてくれることもあるようだ。俺の場合は村人から可愛がられているララルナを助けたことが大きいのだろう。


 まあ、たまに遠くから指をさされて、うわ本当に耳が丸い……ってヒソヒソ言われたりもしているんだけどね。そこはご愛嬌ってことで。


 そんな俺だが、もう数日この村で過ごさせてもらった後、ライデルの町へと戻るつもりである。


 ママリスやリギトトからはいつまで居てくれてもいいとは言われているけれど、あまり長く滞在するとライデルの町のみんなも心配するかもしれないからな。一応ソードフロッグ狩りという依頼の途中だし。


 それにリザードマン絡みで、村もあまり穏やかとは言えない時期でもある。


 リザードマンは今の時期に産卵し、エサを求めてエルフ村の外に開拓した畑を執拗に狙ってくるのだそうだ。連中はとにかく数が多くて根絶やしにすることもできず、長年の対立が続いている。


 食料が不足しがちなこの時期に、観光気分で俺が長く留まっているのもよくないだろうからな。ママリスも「こんな時期じゃなければフナッチャを食べさせてあげたんだけど」と申し訳なさそうに言っていたよ。


「フニャ~」


 突然の気の抜けた鳴き声に足元を見ると、ヤクモが大きく口を広げてあくびを漏らしていた。俺は寝起きの騒動ですっかり目が覚めたが、ヤクモはまだまだ眠気が取れていないようだ。


『なあ、ヤクモ。お前まで俺に付き合って夜ふかしする必要はないんだからな?』


『はあ? なーんでお前に付き合ってワシが夜ふかしせないかんのじゃ。……昨夜はなー、例のツクモガミに空いたセキュリティホールからな、技能の神がマンガの感想を延々と言いに来よってのう。よっぽど気に入ったのか、黙っとれといっても黙らんし、そのせいでなかなか寝付けんかっただけじゃ』


『なんだ、技能の神とお話ししていたのか。マンガの話なら俺が聞いてやってもよかったのに』


『もちろんそう言ったわい。じゃがなー、お前と話せば、ふいにネタバレをされるかもしれんからイヤなんじゃと。なんか知らんけど髪を金色に染めたいとか言い出しおったし、お前一体あやつに何を読ませとるんじゃ……』


 ため息まじりに答えるヤクモ。金髪というのはきっとスーパーな人種のアレなんだろう。未だに姿を見たことはないけれど、どうやら技能の神は金髪じゃないようだ。どうでもいい情報を得てしまった。


『ネタバレを嫌うってことは、まだ読み終わってないのか。読み終わったらまた次のマンガをせびりにくるんだろうなあ……』


『くると思うぞい。……ふわぁ~眠う。まったく、セキュリティーホールを塞いでやりたくなるわい……』


『無痛でスキルのレベルアップできるのはありがたいし、できればやめてくれよな』


『わかっておるわい、ふわわ~』


 ヤクモが何度目かになるあくびをした。それをにこにこと微笑ましく見つめながら歩いていたララルナが、思い出したかのように前を指差す。


「あっ、イズミ。あの木の実は食べちゃダメだからね」


 ララルナが指し示す先はちょっとした林になっており、それらの木々の中にはひときわ存在感を放つ大きな木が一本生えていた。


 その枝には真っ赤な実が鈴なりになっており、地面のあちらこちらにも小さな実が転がっている。


「ん? あの赤い実か? 別に拾い食いするなんてするつもりはないけど、なんでダメなんだ?」


「とても甘くて美味しい実。だけど、よく茹でて毒を抜かないとお腹を下すし、酷い時は三日くらい寝込む。でも茹でると甘さがなくなるから、拾ってこっそり食べる子がたまにいる」


「ふーん。……ララルナも食べたことがあるのか?」


「わ、私はないよ……? あっ、どんぐり!」


 目を泳がせながら答えたララルナが、何かをごまかすように林の中へと入っていく。これ絶対に食べたことあるやつじゃん。


 そんなララルナについていき、林の中へと入る。


 ララルナはしゃがみ込むと、他の木の根本に落ちていたどんぐりを拾い始めた。ひとつひとつ摘みあげ、どんぐりをいろんな角度からじろじろと観察するララルナ。


 そしてその厳しい審査をくぐり抜けたエリートどんぐりが、ララルナのポッケの中へと入るのだ。ごまかすために始めたはずが、その顔は心底楽しそう。


 ……うーむ、にこにこと楽しそうにどんぐりを拾う二十歳前後(くらいに見える)の女性というのは、ギャップで頭が変になりそうだぜ。そんなララルナの横顔を眺めながら、俺はこっそりと足元の赤い実を拾う。


 つやつやとした赤い皮に包まれていて、まるでさくらんぼのようだ。味もさくらんぼと同じならいいんだけどね。そう願いながら、俺はその赤い実をひょいっと口に放り込んだ。


『アホッ、今の説明聞いておらんかったんかい!』


 ヤクモから念話が届くが、俺は無視して赤い実を味わう。もぐもぐっと――


 うわっ、うまっ! 本当にさくらんぼみたいだ。しかもあふれんばかりの甘みとそれにアクセントを添えるようなほのかな酸味。一度だけ食べたことのある一箱で万札が飛ぶという高級さくらんぼに勝るとも劣らない味だよ。


 俺は種をプッと吐き出すと、足元でやいやいとわめいているヤクモに答えてやる。


『ほら、こないだスキルを取っただろ? それを試そうと思っただけだって』


 するとヤクモがピタリと動きを止め、照れたように視線をそらした。


『……あっ、あー。そういうことか。なら先に言わんかい。めちゃビビったのじゃ』


 そもそもスキルを習得したときにコイツもいたはずなんだけどな。相変わらずすぐにテンパるやつである。


 俺が習得したスキルは【毒無効】。この前リギトトに料理を振る舞ったときに彼の肩に触れたのだが、その後にあのマッチョから【毒感知】というスキルを習得した。


 するとスキルコンボが発生し、【毒無効】というスキルが出てきたのだ。もともと【毒耐性】というスキルは持っていたので、それらから派生したのかもしれない。


 その時は【毒無効】があればバジリスク狩りで役に立つかなーくらいにしか思ってなかったんだが、赤い実を食べた今、【毒無効】のスキルが働いているのを身体で感じている。どうやらしっかり食べ物にも対応してくれているようだ。


 俺はせっせと自分のポッケにどんぐりを詰め込んでいくララルナを眺めながら、それを見習うように赤い実――ゲリリンの実をたくさんストレージに収納した。俺のおやつである。



 ◇◇◇



 ララルナがどんぐり集めに満足し、どんぐり林から抜け出た俺たちは、あちこちで畑仕事をしているエルフたちに挨拶しながら村の中を横断していく。


 そのときにようやく気づいたのだが、畑仕事をしているエルフは耳の垂れた――年老いたエルフが多い。


 それをララルナに尋ねてみたところ、年寄りエルフには村の中の畑が、若い連中には外の畑があてがわれているのだという。


 まあ外の畑にはリザードマンがやってくるみたいだからな。それも仕方ないのだろう。


 そういえば外の畑というのはまだ見せてもらっていない。でも危なそうだし、見学するのは止めたほうがいいよな――


 そんなことを考えていると、エルフの集団が険しい顔を浮かべながら走っていく姿が見えた。


 その先頭に立つのはハゲ頭のエルフ――グルタタである。先日の事件の反省の意味を込めて、頭をつるっと丸めたのだ。必死に謝ってもらったし、別にそんなことしなくてもよかったんだけどね。ちなみにツルピカでもイケメンである。


 ララルナがグルタタたちに駆け寄り、声をかけた。


「グルタタ、どうしたの?」


「むっ!? 姫様……と、イズミ殿! リザードマンが畑に現れたそうなのです!」


「なら私も、行く」


「おおっ、姫様の魔法があれば……! い、いや、姫様には客人をもてなしていただく大切なお役目があります! リザードマンは私たちにおまかせあれ!」


 一度は顔をほころばせたグルタタだったが、すぐに顔を引き締めて胸を張る。するとララルナが俺に顔を向けた。どんぐりを拾っていたときとは違い、その顔は真剣そのものだ。


「私も手伝ったほうが早く終わる。イズミ、いいよね?」


「おっ、おう。いいぞ!?」


 そんな顔をされちゃ断れるわけないよな。こうして俺たちはなし崩し的にリザードマンが襲っているという畑に向かって駆け出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る